50話 恋バナという名の心理戦?
別荘に戻ってからはまずシャワーで汗を流すことにした。比較的時間のかからない男子の春人が先に使わせてもらい後から女子たちが入る。
今は春人はシャワーからあがり部屋のベッドで横になっていた。
「遊んだなー。こんなにはしゃいだのいつぶりだろう」
少し記憶を探ってみる。しかし少し考えたぐらいでは思い出せない。それくらい前の記憶なのだろう。春人は一度伸びをして一気に身体の力を抜く。
「ん~~~、はーーー、流石に疲れたな。皆まだ風呂だろうし少し休憩……」
春人は独り言を言いながら瞼が重たくなってきていることに気づいた。あーこれは寝ると思った頃には春人は夢の中に落ちていた。
別荘内の風呂は広い。ちょっとした旅館の浴場くらいの広さがあり五人くらいなら余裕で一緒に入れた。
「わー、琉莉肌白っ。すごー」
「ちょっと香奈さんあまりじろじろ見ないで」
「えーいいじゃんかー。うわー本当に真っ白。まさに美肌だよ美肌」
鏡の前で身体を洗っている琉莉の横で香奈が興奮気味に琉莉の身体を観察する。流石の琉莉もこうもじろじろと見られては文句も言いたくなる。
「うん、琉莉ちゃんの肌綺麗だよねぇ。さっきくっ付いてた時も気持ちよかったもん」
「先輩だって綺麗でしたよ。香奈さん、くるみ先輩のほっぺもちもちで気持ちいいですよ」
裸をジロジロと見られて落ち着かない琉莉はくるみを犠牲に香奈の意識を向かせようとする。
「えっ、まじで。先輩触っていいですか?」
「ん、いいよぉ」
香奈は琉莉から視線を外しくるみのそばに座る。そのままくるみのほっぺに人差し指を押し付ける。
「やわぁーーーめっちゃやわぁーーー!」
想像以上だったのか香奈は感動したように何度もくるみの頬をつつく。先輩に対する行動とは思えないがくるみもされるがまま大人しくしている。
そんなくるみを犠牲に安寧の地を取り戻した琉莉は、ふーっと息を吐き身体を洗うのを再開する。
「香奈元気だねー」
「ほんとだね。美玖さんも今日は楽しそうだったね」
「うん、すっごく楽しかった。琉莉ちゃんも楽しめた?」
「うん、私も楽しい」
琉莉は優し気に目を細めて見せる。その反応に美玖も笑顔を見せる。
(ふふ、楽しいに決まってるよ。こんなに可愛い子に囲まれてるんだから)
琉莉は笑顔の美玖を見ながら目の奥で不敵に笑う。
(やっぱり可愛いは正義だね。見てるだけで癒される)
こんなに幸せなことがあっていいのかと自分の幸運に感謝する。
「そうかーよかったー」
そんな琉莉の心の中など知らずに純真無垢な笑顔を作る美玖。琉莉は緩みそうになる顔を必死に耐えていた。
「皆楽しんでくれたみたいだな。主催として嬉しいよ」
「楽しくないわけないですよ。こんなに立派な別荘に海まであって最初からずっと楽しいです」
「はい、私も本当に楽しいです。会長ありがとうございます」
「言葉にしてもらえると余計に嬉しいな。こちらこそ楽しい時間を共有できたことに感謝するよ」
嬉しそうに表情を和らげる葵。皆今日の海には大満足していた。
だからだろうか……少しテンションが上がっていたのかもしれない――。
「そういえば皆好きな人とかいるー?あ、先輩たちもどうですかー?」
香奈が唐突にそんな質問を投げかけてきた。
「香奈どうしたのいきなり」
「だってなんか修学旅行みたいだし。修学旅行といえば恋バナでしょ」
「香奈好きだよねそういう話」
「むしろ美玖は好きじゃないの?」
「好きじゃないってことはないけど」
「だよねーだよねー美玖むっつりだし」
「ちょっと!?」
香奈の爆弾発言に美玖は眉根を寄せ思わず立ち上がる。抗議の言葉を発する前に他のところから声が飛んでくる。
「ほー、美玖はむっつりなのか」
「会長まで!?違います!信じないでください!」
「えーそんなことないよ。だって美玖あたしたちのちょっとえっちー話興味なさげな感じ出しながらしっかり聞いてるよね。ほらこの前の教室でも――うっ、みふはなしへ」
「この口どうしたら静かになるのかな」
美玖は香奈の頬を両手で掴み横へ引っ張る。面白いほど伸びる柔らかな頬に美玖は少し楽しくなっていた。美玖はそのまま香奈の頬をこねくり回す。
「うぅー、ちょっほみふあほばあいへ」
「えー?何言ってるかわからなーい」
そのまましばらく作り物っぽい笑みを顔に貼りつけながらこねくり回し香奈を開放した。
「うぅ……ほっぺこのまま伸びちゃったらどうしてくれる」
「バカなこと言い出す香奈が悪い。まったく先輩たちの前で」
「だってーほんとのことだしー」
「まだ言うか」
美玖は香奈へ両手を構えると香奈はすかさず頬を両手で守る。
「私はどんな美玖さんでも好きだよ」
「ちょっと琉莉ちゃん!?」
唐突に飛んできた琉莉の言葉に美玖は面白いように慌てる。
「うむ、別にいいではないかむっつりくらい。素直になれないところに可愛げがあって」
「うん、美玖ちゃん可愛いよぉ。だから恥ずかしがらなくていいんだよぉ」
先輩たちからの慰めなのか辱めなのかわからない言葉に美玖はあわあわと口を震わせながら顔を真っ赤にする。
「あははっ、美玖顔真っ赤――ぶふっ、鼻!鼻にお湯が!」
「うるさい。ほら恋バナしたいんでしょ恋バナ!」
美玖は、けらけら笑い出した香奈の顔にお湯をぶっかけると強引に話を逸らせる。
「う~鼻が痛い……そう恋バナ。好きな人いないんですか皆さん?」
「私はいないよ」
「うん私も」
「そうだな。私も今は心惹かれるような男性はいないな」
「好きな人ぉ?あおちゃんとかぁ?」
「いやそうじゃなくて……え、話終わっちゃうじゃないですか」
「そう言う香奈はどうなの」
「あたし?あたしもいないけど」
「ちょっと」
言い出しておいてそれかと美玖はジト目を向ける。
「だって恋とかよくわかんないし。わかんないからこうして聞いてんじゃん」
香奈は頬を膨らまし、ぶーぶー文句を言っている。すると何か閃いたのか、はっと目を開き、にひひと笑う。
「ならこうしましょう。皆さん春人のことどう思ってますか?」
「ちょっと、なんで春人君が出てくるの」
「今一番身近な男子だから?」
「そんな疑問形で答えられても」
本当にただの思い付きだろう。それ以上は特に考えてないように見える。
「それじゃあ琉莉どうよ」
「それを私に聞くの香奈さん」
なぜ妹の自分に聞くのか、そんな表情を作る琉莉。
「まあ仲良さそうだし?どんな答えが返ってきても驚かないかなって」
「……普通だよ。家族として好きくらいはあるかもだけどそれだけ」
「まあそんな感じだよねー。それじゃあ次はー……くるみ先輩どうですか?」
香奈はくるりと皆の顔を見渡しくるみへ視線を止める。
「もも君のことぉ?好きだよぉ」
くるみの返答に面白いように周りが反応する。驚き目を丸くした顔を向け固まる。
「え、好きなんですか?でもさっきいないって」
「私いないなんて言ってないよぉ」
香奈は咄嗟に先ほどの言葉を思い出そうとする。確かにいないとは口にしていない。
この言葉に香奈の目の色が変わる。
「そうなんですか!?どこが!どこが好きなんですか!?」
前のめりに興奮する香奈に皆苦笑いを浮かべるがその質問は気になっていた。
「そうだねぇ……咄嗟に助けてくれる優しいところとかぁ。意外とがっちりしてる身体とかぁ……いろいろぉ?」
「お、おー恋バナっぽい!こういうの聞きたかったのあたしは!」
バシャバシャと水面を叩きながらどんどんテンションが上がっていく香奈に誰も付いていけなくなっていた。
「え、え、先輩告白とかしないんですか?」
「告白ぅ?なんでぇ?」
「だって好きなんですよね?二人とも仲いいですし春人も先輩なら付き合うかも」
「んー?」
「え?えーと……」
くるみが首を傾げ香奈を見つめる。何言っているのかわからないといったように見つめられ香奈も困惑する。
するとそんな不思議な空気を壊すように静かに笑い声が響く。
「あはは、くるみちなみに香奈のことは好きか?」
「んー、好きだよぉ」
「美玖に琉莉のことは?」
「うん、みんな好きぃ」
目をとろんとさせ笑顔を作るくるみ。葵はおかしそうにまた笑い皆に説明する。
「こういうことだ。くるみの好きは皆平等に感じている好きだよ」
「え、いわゆるラブじゃなくてライクってことですか?」
「そういうことだ」
葵の言葉を聞くと香奈は目に見えて落胆の表情を作る。
「なんだー、折角恋バナできると思ってたのにー」
「まあそうがっかりするな。私は楽しかったぞ」
「確かに楽しかったですけど……ちなみに会長は春人のことどう思ってます?」
この流れで香奈は葵にも聞いてみる。葵は一瞬きょとんと目を丸くし語りだす。
「私か?とても真面目で優しい好青年といった感じだな。責任感も強くこの前の幽霊騒動でもよく働いてくれた。彼さえよければ是非生徒会に入ってもらいたいくらいには私は気に入っている」
「お、おお……会長がそこまで言うのって珍しいですね」
「私は正当な評価をしているだけだよ。それくらいのことを彼はしてくれたのだから」
葵は話し終わると目を瞑る。何かを思い出しているのかその表情は少し笑って見えた。
「へーすごい高評価。春人もやるねー。それじゃあ、お待ちかね!美玖どうなの!?」
香奈はマイクを握る様に指を曲げ美玖へと手を突き出す。
「え……そうだね……すごく優しいいい人だと思うよ」
「えーもっとあるでしょもっと」
「なんで私だけそんな食い気味なの?」
「だっていっつも二人ともイチャイチャイチャイチャしてるのにそんだけとかないでしょ」
「別にそんなイチャイチャしてないと思うけど」
大げさだと美玖は言うが香奈は、いーっと奥歯を噛みしめ不満いっぱいの表情を作る。
「本気で言ってんの?あーんな特別感出してんのに」
「特別感?」
「例えば春人がここに急に入ってきます」
「何言ってるの香奈?」
「いいから聞いて。扉を開けて春人が入ってくる。さあ美玖はどうする!?」
「どうって……怒る?」
質問の意図がわからず美玖はただ疑問符を浮かべながら答える。
「そうだね怒るね。その後はどうする?」
「えー……理由を聞いて許す?」
面倒くさくなってきたが香奈が納得するまで一応付き合う美玖。
「許すんだ」
「だって春人君だし。何か理由があるかなって」
「うんうんなるほど。それじゃあここに谷川が入ってきたらどうする?」
「え、やだ」
美玖が真顔になり即答する。この反応に香奈はおかしそうに笑い出す。
「ちょっ、なんでそんな食い気味に。ふふふっ……ああ、谷川かわいそう」
「香奈が言ったんでしょ。それに谷川君だからとかじゃないし」
「でも春人との反応が全然違ったね」
「そ、それは……」
美玖は少し動揺する。自分も無意識だったのだ。
そしてここまで態度に出してしまった自分にも驚いていた。
「ここまでを踏まえもう一度聞きます。美玖春人のことどう思ってるの?」
美玖は一度よく考える。今の自分の気持ちを。いつもなら会話の流れを自分のものにしうまいこと誤魔化すところだが……。
美玖はくるみと葵の言葉を思い出す。春人に対する気持ちと評価を。正直よく見ていると思っていた。それ故に美玖も思う。自分だって春人のことはよくわかっていると。二人以上にわかっていると。
気づけば口が動いていた。
「……春人君はすごく優しい。ちょっとしたことにも気にかけてくれていつも私を助けてくれる。運動してる時も活き活きとしててかっこいいし、たまに子供っぽく笑うところはすごく可愛い。昔から変わらないそんな春人君が私は……」
何か決定的な言葉を口にしようとしたところで美玖は我に返る。口を大きく開けゆっくりと閉じていく。
静かな浴室でポツンと水滴が水面に穂波を作ると美玖はがばっと立ち上がる。
「私もうあがります!」
浴槽からあがり美玖は逃げるように脱衣所に向かっていく。取り残された女子たちはしばらく呆然と美玖が出て行った扉を見ていたが葵が口を開いたことで皆の金縛りも解ける。
「うむ、少し揶揄いすぎたのではないか香奈」
「揶揄ったつもりはなかったんですけどね……」
「一応後でフォローを入れておこう……しかし美玖の言葉には少しどきどきしたな」
「はい、美玖さん可愛かったです」
葵の言葉に反応した琉莉は恍惚の表情を浮かべている。本当に美玖のことが大好きである。
「しばらく時間をおいてからと思ったがどうせずっと一緒なのだ。後々気まずくなるよりは着替えながら話した方が気も紛れるだろう」
葵は言うと湯船からあがる。水滴が身体の曲線に沿って流れ落ちていく。
「ならあたしもあがろうかな。美玖と話したいし」
「なら私も」
「皆あがるならあがるぅ」




