49話 チーム戦なんだからな。俺たち二人の勝ちだよ
「はぁ、はぁ、ほんとうまいな会長」
「ねー、ごめんね春人君私全然動けてなくて」
「こんな足場じゃしょうがないよ。俺だってそうだし」
実際春人も大分足にきていた。慣れない砂場で無駄に力んでいた結果だ。
(でもちょっとわかってきてんだよな。足をもっと……指を、特に親指を意識して砂を捉えるような……)
春人は一度目を瞑り葵の体の動かし方を思い出す。春人と違って長い手足をバネのように使用していた。葵ほどの長さの手足は無いのでそこは別で補ってみる。
何となくのイメージを固め春人は構える。
ちょうど葵の打ったボールが飛んでくる。春人の右前方。最初は砂に足が取られ不格好にレシーブしてしまった位置だ。
足の指先で砂を捉えることを意識し春人は踏み出す。踏み出し時の加速をほとんど地面に逃がすこともなく春人は難なくボールに追いついた。
「とっ」
そのままボールは高く上がり美玖の真上で落下し始める。
「春人君!」
美玖から打ち上がってきたボールを春人は真っ直ぐ目で追う。タイミングを見計らい真上に飛び上がる。今日一番の最高到達点でボールを捉えた。
「――ッ!」
目を見開き驚く葵の横をすり抜けボールがコートに叩き込まれる。
「しッ!」
春人は今日初のスパイクを決めガッツポーズを作り喜びを表現する。それを見た美玖も笑顔を作り春人へ駆け寄る。
「すごい!すごいよ春人君!」
「やっとコツがわかってきたぞ。美玖こっから反撃だ」
春人は、にっと口角を上げる。美玖もつられて口角を上げお互いハイタッチを交わす。
「ほー……完璧なスパイクだったな。ジャンプからタイミングまですべてが文字通り完璧な」
「春人加賀美先輩の時もそうでしたけど後から急に動き良くなってましたからね」
「例の試合か?」
「はい。最初は手も足も出ないって感じだったのに最後には勝っちゃいましたから」
「なるほどな。確かにこれは加賀美が気に掛けるわけだ」
葵は正直疑問であった。いくら運動神経がいいとはいえインターハイに出た経験のある宏大に初心者の春人が勝ったのは何かの間違えではないかと思っていた。
だが実際に目にして考えを改める。
「油断してると負けるぞ香奈。改めて気を引き締めよう」
「はい会長!」
炎天下の中始まったビーチバレーは今が最も熱を発していた。コート内の誰もが遊びであることも忘れ本気で楽しんでいる。
結果を言えばこの後の試合展開は春人の独壇場であった。
砂場での身体の使い方のコツを掴んだ春人は尻上がりに調子を上げ得点を量産していった。縦横無尽にコート内を駆けまわり、最早つけ入る隙も無かった。
それでも得点に大きな差が出なかったのは葵がうまい具合に試合の流れを春人に渡さなかったからだろう。
春人の調子が乗り始めるとフェイントなどを駆使し春人の勢いを殺す。致命的な一発が来る前に受け流していったのだ。
だがそれももう終わる。春人は真上に上がったボールを完璧な打点で振り抜く。香奈と葵の間を縫ってボールはコートへ吸い込まれた。
バフっと砂が少し舞いボールも回転を止めた。
「うぉぉぉしゃあっ!」
「いえーい勝ったぁー!」
春人と美玖はその場で飛び跳ねる勢いで喜びどちらからともなくハイタッチで勝利を喜び合う。
はしゃぐ二人を見ながら葵は感嘆の声を漏らした。
「まさかここまでとはな。完敗だよ」
「うーーー、すみません会長。あたしがもう少し動けてたら」
「香奈はよくやってくれたさ。謝る必要はない。あっちが一枚上手だったんだ」
落ち込む香奈に葵が優しく声をかける。実際香奈は葵をしっかりサポートしていた。不慣れな場所とスポーツで十分な活躍だった。
「見事だったよ春人。流石は加賀美を倒しただけある」
「ありがとうございます。でも加賀美先輩の時は結構ハンデ貰ってたんで普通にやってたら勝ってませんよ」
「それでも勝ったことには変わりないだろう。加賀美も承知の上での試合だったんだ誇っていいことだぞ」
「んーまあ……そうですね、ありがとうございます」
葵の言葉に春人は戸惑いを見せるがすぐにその言葉を受け入れた。いつまでもこんな気持ちでは宏大にも申し訳ない。真剣に勝負をしたのだ。その結果は素直に受け入れるべきだ。
葵と話していると、てとてととゆっくりな足取りで近づいてくる影が二つあった。
「もも君すごーい。あおちゃんに勝っちゃったぁ」
「流石にいさん。私は信じてたよ。うん、さすおに」
「お前ただそれ言いたいだけだろ」
くるみと琉莉がそれぞれ春人に賞賛を口にする。
「美玖さんもお疲れ様。すごいうまかったよ」
「ありがとう琉莉ちゃん。でも私はもう春人君に頼りっぱなしだったし」
「いやそんなことなかったぞ。美玖がパスを毎回うまい具合に俺の方に飛ばしてくれたから俺も好きに動けたんだ。それにこれはチーム戦なんだからな。俺たち二人の勝ちだよ」
「……そうだね春人君!」
美玖は春人の言葉に目を丸くし驚くような反応を示していたがすぐに表情を明るくし花のような満面の笑顔を春人に向ける。
春人も思わず頬を緩め笑顔を返す。
勝者二人が勝利の喜びを再び分かち合っていると葵が口を開く。
「喜んでいるところ悪いがそろそろ片付けよう。これから夕飯の準備もあるからな」
「ご飯!あたしもうお腹ペコペコです。因みに献立は?」
「バーベキューだ。夏の海といえば鉄板だろ?」
「バーベキュー!やったー!バーベキュー!」
香奈が今日一番の喜びを見せる。やはり食べ物のこととなると反応が違う。
「あの会長、食材ってどれくらい用意してありますか?」
春人は恐る恐る訪ねる。香奈の食べっぷりを目の前で見ている人間としては食材の量は気になってしまう。普通の量では全く足りないだろう。
「安心してくれ。香奈がどれだけ食べてもなくならないくらいの量は用意してある」
抜かりはないと葵は少し口角を上げ得意げに微笑を浮かべる。香奈の大食いについてもしっかり把握していた。
「流石ですね」
「生徒会の仲間なのだからこれくらいはしっかり把握しているし準備も怠ってないさ。だから自分の分の肉がなくなる心配などすることはないぞ」
「それが聞けて安心しました」
春人は、ほっと胸を撫でおろす。ここまで来て醜く肉の奪い合いなどしたくはない。
「皆もお腹がすいたろう。早く片付けてご飯にしよう」
葵の言葉に皆動き出す。せっせと片付けを始める中、香奈が一番張り切り率先して片付けていた。




