45話 会長は冗談も通じるみたいだ
海へ向かう電車の中で琉莉とくるみが初めて対面する。
「おー、君がもも君の妹かぁ。小さくて可愛いねぇ」
「初めまして花守先輩。百瀬琉莉です」
ほわほわしたくるみに琉莉が学校での猫を被った対応をする。
「うん、はじめまして琉莉ちゃん。私はくるみでいいよぉ」
「はい、それではくるみ先輩と呼ばせてもらいます」
「先輩もなくていいんだよぉ」
「えーと……流石にそれは」
マイペースなくるみに琉莉は少し困ったように苦笑いを浮かべる。
「うーん、皆そんな反応をするぅ。なんでだろうかぁ」
「それは……たぶん先輩だからだと思いますよ」
「私はそんなこと気にしないのにぃ。もっとフレンドリーでいいよぉ。ほら琉莉ちゃんもぉ」
「えーと……」
会話のペースが完全にくるみに持っていかれている。自分のペースで話を進めるのがうまい琉莉にしては珍しい光景だ。
「それにしても会長すごいですね。あたし別荘持ってる人なんて初めて会いましたよ」
「御祖父様のものだがな。たまにこうして使わせてもらっている。御祖父様も私が使いたいと言うと喜んでくれるのでな」
「ほわー、なんか別世界の話みたい」
香奈は葵の話を聞き強い衝撃を受ける。自分の価値観が少し揺らぐくらいには衝撃的な会話だった。
「ふふふ、ほんとだね。会長は御祖父さんと仲がいいんですか?」
「そうだな、昔からとても可愛がってもらっているよ。たまにいき過ぎているところもあって母様に怒られているがな」
美玖の質問に葵は昔のことを思い出したのか楽しそうに笑顔を作る。それを見て美玖は少し驚く。
「会長もそんな風に笑われるんですね」
「ん?おかしいか?」
「いえ、とても素敵だと思います」
美玖は柔らかく笑顔を作る。それに対して葵は一瞬きょとんと固まるがすぐに笑みを見せる。
「素敵か。ありがとう美玖。それに君の笑顔だってとても可愛らしいぞ。流石は噂になるだけはある」
「あはは、そうですかね。自分じゃやっぱりあまりわかりませんね」
傍から見れば大きな変化はなかったが美玖の笑みが少し硬くなる。これを葵は見逃さなかった。
「……噂のことはあまり好ましくは思っていないか?」
「え……いえ、確かに言われてて恥ずかしいって気持ちはありますけど皆楽しんで言ってるだけでしょうし」
「君がどう思うかだよ。他人の考えなど二の次だ。噂など人が娯楽気分に楽しむものだが当事者が楽しめるかは別だ。君は違うらしい」
「それは……」
美玖は言い淀む。言われていることはほとんど図星なのだろう。それ故に言葉が出せないでいる。そんな美玖に葵は少し声の質を柔らかくする。
「すまないな。会長という仕事柄どうも話しの方向が堅苦しくなってしまう。この話は止めよう」
「いえ、こちらこそすみません。気に掛けてくれたのに」
「君が謝る必要はない。無暗に噂のことを口にした私が悪い。だがもし困ったらいつでも相談してほしい。必ず力になろう」
「……はい。ありがとうございます」
葵の力強い言葉と瞳に一瞬美玖は見惚れて固まってしまう。その辺の人間が同じ言葉を口にしても薄っぺらく聞こえるが葵だと重みが違う。
美玖もそれを感じ取れたのだろう。先ほどの柔らかい笑顔に嬉しさを混ぜた様な少し子供っぽい笑顔を見せる。
「うむ、やはりいい笑顔だ」
美玖の反応に一度頷くと葵は周りを見渡した。
「一応事前に説明したがこの場で確認しておこう。私たちがこれから向かう海は喜多村家の所有している土地にある。つまりプライベートビーチというものだ」
「そこも驚きですよね。プライベートビーチって本当にあるんですね」
「まあ、あまり聞かんだろうな。私もこの話をすると大抵香奈のような反応が返ってくる。話を戻すがだから他の目を気にする必要はない。皆それぞれ自由に楽しんでほしい」
葵の言葉にそれぞれ反応を返す。その顔は誰もが胸躍らせるような楽しみでならないといった様子だった。
「あとは部屋割りの話もしておくか。とりあえず春人は一人部屋を使ってもらう。皆で遊びに来ているのに申し訳ないが」
「いえ、これが普通だと思いますよ。なにせ男俺だけですし」
今回の参加者で男は春人しかいない。男として喜ばしいシチュエーションだろう。春人も少しドキドキしていた。
「春人よかったねー、ハーレムだよハーレム」
「ほんとにな。まさかこんな経験ができるとは思わなかったぞ」
「でも兄さん間違っても変なことしちゃだめだよ。夜中に美玖さんの寝室忍び込むとか」
「やめろそういうの。会長たちもいるのに変な風に思われるだろ」
美玖たちだけならともかく今日は葵やくるみもいる。いつもの冗談が通じない可能性を考え春人は少し過敏になっていた。
「ほう、春人は美玖の部屋に忍び込むのか」
「会長!?」
まさかの葵がこの話に乗っかってくる。一番こういったノリに無縁そうな人が話に入ってきて春人も戸惑う。
「んー?もも君美玖ちゃんと同じ部屋がいいのぉ?あおちゃん今から部屋変えてあげるぅ?」
「そうだな、美玖がいいのであれば変えるのは問題ないが」
「いや問題だらけですよね!?男女同じ部屋ですよ!?」
「えー?何か問題あるぅ?」
くるみの口調からとぼけた様に聞こえるが春人は知っている。この人は本気で言っている。
「私は一緒でも大丈夫ですよ」
「美玖ぅっ!?」
美玖の追撃に春人の声が裏返る。これには皆笑ってしまう。
「春人顔真っ赤ー」
「うるせえしょうがないだろう」
香奈がにやにやと揶揄ってくるので春人は軽く睨んでおく。
「冗談はここまでにしておこう。それで部屋割りなのだが、まず一人部屋に春人。あと残っているのが一人部屋と二人部屋が二つなんだ。普通に分けるとなると私とくるみ、あとの三人の内一人が別になるがもちろん私たちが別れても構わない」
どうする?とこちらに投げかけてくる葵。普通なら葵が言ったように先輩組と残りといった分け方だろう。残った三人がどう考えるかだが。
「かいちょー、部屋ってベッドですか?」
「ああ、各部屋人数分のベッドが置いてある」
「うーん、あたし別に三人同じ部屋でベッド一緒でもいいけど……どう?」
香奈がそう言って美玖たちに視線を向ける。
「私もそれでいいよ。みんな一緒の方が楽しい」
「うん、私も香奈さんの案に賛成」
特に反対するものはいなかった。本人たちがいいのなら葵も文句はない。
「そうか。なら部屋割りは今言った通りでいこう……春人、お互い合意の上なら私は目を瞑ろう」
「何を言ってんですか会長!?」
先ほどの話を引っ張られ春人は狼狽する。
その反応を見て葵は少し口角を上げて笑みを作る。
お堅いイメージが先行していたが結構こういった冗談も通じる人みたいだ。
海に着くまで電車の中では笑いが絶えることはなかった。




