43話 桜井美玖の独白②
香奈に急に呼ばれた幽霊騒動の調査が終わり私は緊張で疲れた体を湯船に沈めて全身を脱力させた。
「ふー……」
疲れがお湯に溶けだしているような心地よい感覚に私は思わず息が漏れた。こんなに疲れたのはいつぶりだろうか。身体ではなく心を磨り減らすような疲れはもしかしたら初めてかもしれない。
でもこんな疲れ今はどうだっていい。
「………」
やらかした!やらかした!やらかしたぁぁぁっ!
羞恥で熱くなった顔を思いっきりお湯に沈ませた。そのまま数秒苦しくなるまで潜ってからまた勢いよく浮上する。
「ぷはっ!……はー、はー、はー……」
息を整えている間に少しは冷静さが戻ってきた気がする。湯船の縁に頭を乗せ天井を見上げる。天井にはいくつかの水滴が張り付いておりその一つが私のおでこに落下した。
「あうっ……」
なにかバカにされているような気がしてさらに気が滅入りそうになる。
「あー、やっちゃったなー。怖いの苦手だけど流石にあれは怖がり過ぎだよね」
自分でも思う。この年になって幽霊が怖いなんて。しかも怖がり方が異常だ。腰まで抜かしちゃうなんて……しかも春人君の前で……。
「はーーー、もうほんとに最悪……」
こんなに素を出してしまうとは思わなかった。それもこれも全部――。
「香奈め……幽霊なら最初にそう言ってよー。だったら私だって……」
行かなかったかな?そもそも行くか迷ってて春人君が来るって聞いてから決めたのに……どっちにしろ行ってた気がする。
湯船に口まで沈めブクブクと泡を立てる。なんか猛烈に自分の単純さが恥ずかしくなってきた。春人君がいるから私も行くって小学生みたいだ。
でも仕方ないじゃんか。明日から夏休みでしばらく会えないと思ってたらこんな連絡……行かないわけないよ。
それでも悪いことばかりではない。思い出すとつい頬が緩んでいく。
「ずっと一緒にいてくれたなー。ずっと……」
ずっとそばにいた。というかしがみついていた。春人君の体温が直に感じられる距離までくっ付いてとても暖かくて落ち着いた。もう一生離れたくないと思ってしまうくらい心休まれた。
幽霊の調査なんて怖いことじゃなかったらもっと楽しめたのにそれこそ春人君ともっと……。
「待った。何考えてるの私」
両手で顔を挟むとすごく熱を感じた。
お湯で火照っただけじゃない気がする。もっと別のせいで体が熱い。体の外からじゃなく中から熱くなるようなそんな感覚だ。
「……違うこと考えよう」
これ以上はなんか駄目な気がする。人としてもましてや女の子として。
でも今思い出してしまうのはほとんど先ほどの学校での出来事ばかりだ。その中にまたあった……私が後悔してしまうことが。
「本気で怒っちゃったなーそういえば……香奈ちょっと泣いてたし……」
でもそもそもあんなの香奈が悪いじゃん。私怖いって言ってるになんであそこで怖い話持ち込むかな!
香奈の性格はわかってる。きっと本人が言ってたように場を和ませようとしたのだろう。それでもやり方はどうかしているとは思うけど。
だとしても春人君の前で怒っちゃうのはやりすぎだった……。怒ってる姿なんて見せたくなかった。だって絶対可愛くないもん。怒ってるところなんて……。
「はー……」
またため息が漏れてしまう。こんなにため息ばかりしてたら幸せがどこかに行ってしまわないか心配になる。
その原因が香奈だとするとやっぱりこれは香奈の自業自得だろう。悪いと思ったのは訂正させてもらう。
「ダメだねこんなんじゃ。ネガティブなことばかり考えてないでもっと楽しいこと考えよう」
ぱんぱんと頬を叩いて気持ちを切り替える。
なんといっても明日からは夏休みなんだから楽しいことがたくさんできる。
お祭りに行きたいし花火も見たい。海だって行きたいけど遠ければプールだっていい。やりたいことなんていくらでも出てくる。
「……春人君誘ったら来てくれたりするかな?連絡するのはいいって言ってたけど」
教室で夏休み中も連絡していいと言われたときは正直飛び跳ねたいくらいには嬉しかった。だって明日からの夏休み、もしかしたら一回も会えないかもって思っていたし、連絡とっていいのなら遊ぶ約束だっていくらでもできるチャンスがある。
「ふふふ、楽しみだなー夏休み」
さっきまでの憂鬱とした気持ちが吹き飛んでしまうくらい今は気分がいい。春人君との夏休み……考えただけで胸が躍ってしまう。
「……暑いな……もうあがろう」
流石にお湯につかりすぎた。ぼーっとする頭を揺らしながら湯船から立ち上がる。
お風呂に入る前とは嘘のように私の頭の中は明日からの夏休みのことでいっぱいになっていた。




