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41話 幽霊との遭遇

 三階までの確認が終わり最後になる四階への階段を上る。


「やっと四階……ここで最後なんだな?」


 春人の声には張りがない。疲れているのが声から伝わってくる。


「そうだね。ここを見終わればもう終わりだよ。なに?こんだけで疲れたの春人」


「誰のせいだと思ってんだ」


 春人は軽く香奈を睨む。


 ここに来るまで本当に長かった。香奈が良かれと思って話し出した怪談話に怒った美玖を宥め、怒られ半べそになった香奈を慰める。これだけでも精神的にはもうキャパオーバーなのにちょっとした物音で怖がる美玖の面倒を見ていると香奈が冷やかしを入れてくる。


 正直もう帰って休みたかった。


「その件につきましては本当に反省しています」


「本当だろうな。これ以上余計なことすると置いてくからな」


「はい!わかりました!隊長!」


「お前本当にわかってんだろうな」


 春人は頬を引きつらせる。こんな感じなのだが香奈のお陰で場が和んだ場面も多少なりともあった。やり方がどうであれ美玖の恐怖の緩和にも貢献してくれているのは確かである。そのあたりの実績も考慮し春人はこれ以上の追及は止めにした。


「言ったでしょ春人君。調子に乗った香奈は迷惑をかけるって」


「なるほどな。こういうことか」


 実際に体験して理解する。美玖が強調して言っていたことにも納得である。

 二人から冷めた目を向けられ香奈は、うっとばつが悪そうに顔を逸らす。


「わかった!本当にわかったから!早く終わらせて帰ろ!ねっ!?」


 これ以上この話をされたくない香奈が春人の腕を引っ張り先へと進む。一応春人も美玖のためにさっさと終わらせたいとは思っているのでされるがままに香奈に連れてかれる。


「あっ、ちょっと待ってよっ」


 美玖も春人の腕にしがみついているので自然と引っ張られる。


 傍から見れば結構滑稽に映りそうな絵面だ。三人連なり一列になって歩いている。だがこの場に春人たち以外いないのでそんなことを気にする人間はいない。


「それにしても最初は少し不気味に思えたけどここまで来ると慣れてくるな。美玖も少しは落ち着いたか?」


「うーん、そうだね。最初よりかは怖くないかも」


「ごめんね美玖。こんなに怖がりなら誘わなかったんだけど」


「それはそうだけどここまでついてきたのは私だし気にしなくていいよ」


 普通に話せるくらいには美玖も慣れてきているようだ。表情も当初より柔らかくなったと思う。

 廊下の端までたどり着き春人は少し肩の力を抜く。


「ふー、これで終わりだなやっぱり何もなかったな」


「そだねー、元々ただの噂だしね。面白半分で誰かが流したんじゃないかな」


「まったくはた迷惑なことだな。それでここまで大事にさせられるなんて」


「ほんとにね。でもあたしは夜の学校は入れて楽しかったけど」


「まあ、気持ちはわかる」


 普段は入れない夜の学校はどこか非現実的で春人も多少浮かれていた。


「私はもうしばらくはいいかな夜の学校は」


 美玖は疲れたようにため息を零す。ずっと気を張っていたのだろう疲れるのも無理はない。


「そんじゃ帰るか――」


 ドサッ――。


 春人は後方から聞こえた物音に言葉を止める。美玖は「ひっ」と春人にしがみついてる腕に力を入れ、香奈も「な、なになにっ」と動揺している。


 周囲に緊張が走る。先ほどまでのまったりムードが一瞬で吹き飛んだ。

 春人は肩越しに後方を確認する。暗い廊下の先は闇に包まれ視認することができない。


「香奈、懐中電灯」


「え、あーうん」


 春人は香奈から懐中電灯を受け取り暗闇の先を照らそうとするが――。


「ちょっ、春人君なんで電気消すの?」


 突然暗くなった廊下に美玖が慌てる。それでも春人は何とか冷静さを保ちつつ口を動かす。


「俺じゃねえぞ。電池が切れたのか……」


「このタイミングで!?」


「あはは……急に雰囲気出てきたね」


 香奈も乾いた笑いを漏らす。今この場で余裕が残っている人間はいなかった。

 さっさと帰りたいところだがそのためには今物音がした方にある階段を下りる必要がある。


「……特に何も起きないな……一応気のせいだったってことは」


「皆聞いてるしそれはないと思う」


「だよなー。香奈、幽霊の噂ってどんなのだったっけ?」


「え、えーと……何か物音がしたと思ったら確か地面這うような音が聞こえてきて――」


 サーサーサーサー――。


「……そうそうこんなん」


 香奈の説明を代弁してくれたようにちょうどいいタイミングで音が聞こえてきた。


「まじかよ……」


「もー、やだやだやだぁ」


「あはは……これはちょっと……流石にあたしも……」


 春人の背中を冷や汗が流れ不快感を脳に伝える。傍らの美玖はかたかたと震え、香奈も顔面蒼白にして頬を引きつっている。


「これどうするの春人?」


「どうするって……戻るにはこの先に行く必要があるんだけど」


「むりむりむりむりむりっ」


「だよなー」


 美玖の怖がりようを見るにとてもじゃないがこれは無理だろう。春人は、ごくっと唾を飲み込み覚悟を決める。


(誰かがやる必要があるならやっぱり男の俺しかないよな)


 しがみついてきている美玖の手を取り香奈へと握らせる。


「え?春人君どうしたの?」


「いいか二人とも俺が今から廊下の先見てくるから合図をしたら全速力で横をすり抜けろ」


「え、何それ春人はどうすんの?」


「俺も逃げれそうなら逃げるけどとりあえず二人はここから逃げてくれ」


 自己犠牲ともいえる春人の言葉に美玖が食いつく。


「ちょっとそんなの駄目だよ!一人だけ置いてくなんて!」


「それでも他にいい案も思いつかないんだよ。それに美玖たちが逃げてくれれば助けも呼べるだろ?」


 春人は口角を上げる。自分は大丈夫だと美玖に示すように笑顔を作る。


(実際これしかないんだよなー。他にあればぜひ教えてくれよ……)


 内心春人も怖くて仕方ないがそんな姿見せるわけにはいかない。見せれば絶対美玖は動けなくなる。春人が気丈に振る舞っていれば美玖も多少なりとも心に余裕が生まれる。


「頼むぜ二人とも。できれば幽霊も逃げ出しそうな加賀美先輩連れてきてくれ。あの人なら笑うだけで幽霊も吹き飛びそうだ」


 冗談交じりに笑って見せる。おかげで春人も多少心が軽くなった。美玖たちもそんな春人に少し緊張が抜けていく。


「……わかった。絶対呼んでくる」


「おう頼んだぜ……それじゃあ行ってくる」


「うん……気を付けて」


 春人は頷くとゆっくりと歩み始める。一人になり暗闇に近づくにつれて身体が恐怖で震え始める。途中何か武器になりそうなものがないか視線を彷徨わせるが何もなかった。


(最悪はこの懐中電灯で殴り掛かれば……)


 そもそも幽霊に物理攻撃が効くのかは疑問だが何もしないよりましだろう。


「……ッ!」


 近づけばわかる。確かにそこには暗闇の中うごめく何かがいた。こんな夜の学校にいるものなんて幽霊以外なんだろうか。


 重い足を必死に動かし少しずつ近づいていく。緊張のせいか呼吸も早い。右手に持った懐中電灯を強く握り振りかぶる。


「ッ!……って、え?」


 振りかぶった腕が止まる。春人は目に映る幽霊にきょとんと目を丸くし瞬かせる。


 幽霊は春人たちと同じ学校の制服を着ていた。スカートをはいているのでおそらく女子なのだろう。そして春人が目を奪われているのは髪だ。ウエーブかかった髪はとても見覚えがあった。


「あの……くるみ先輩?」


 恐る恐る声をかける。すると幽霊はむくりと顔を上げる。


「んー?あーもも君。こんなところでどうしたのぉ?」


「それはこっちのセリフですが。先輩の持ち場ここじゃないですよね?」


「えーそんなことないよぉ。ここは私が任された場所だよぉ」


 先ほどまでの空気をぶち壊してくれる気が抜けた声を聞きながら春人は考える。


「そんなわけ……先輩他の人たちはどうしたんですか?」


 春人はくるみが一人でいることに気づく。今回は数人の班に分かれて調査をしている。一人でいるはずがない。


「んー?そういえば皆いないねぇ。迷子かなぁ?」


 周囲を見渡しそんなことを口にする。状況的に迷子はくるみの方に思えるのだが。


「それとなんでこんなとこで寝てるんですか?」


「ちょっと転んじゃってぇ。何もないとこで転ぶなんて恥ずかしいなぁ」


 春人は口を開けて黙り込む。何となくこの幽霊騒動の正体がわかってしまった。


「先輩ってよく転びますよね?初めて会った時もそうでしたし」


「そだねー、なんか転んじゃうんだよねぇ」


「廊下でもですか?あと部活が終わる頃にふらふら歩いて転んだりとかも」


「んー?うん、よく転ぶねぇ。部活が終わる頃もよく見周りで歩いてるから転んでるかもぉ」


「……ちなみに全然起き上がらないのは?」


「転びすぎて疲れちゃったからぁ。ちょっと休憩ぃ」


(あの物音は先輩が転んだ音と床で身動ぎしていた時の音だったのか)


 わかってしまえばなんてあほらしいのだろうか。春人は緊張の糸が完全に切れた。どさっとその場に腰を下ろす。


「んー?どうしのもも君」


「なんかもう気が抜けちゃって……とりあえず先輩でよかったです」


「なんかよくわからないけどぉ。私ももも君に会えてうれしいよぉ」


 話がかみ合ってないが春人には今はどうでもよかった。

 とりあえず何事もなかったことにほっとし大きく息を吐いた。

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