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38話 幽霊騒動解決のための人選

 生徒会室の前まで来て春人は扉を凝視する。


「うーん、何だろう教室と同じ扉なのにすごい圧のようなものを感じる」


 顎に手を当て目を細める。


「何だろうな……存在感的な?なにかオーラがある」


 いろいろ言ってはいるが単に入りにくいのだ。生徒が職員室に入るのと似たような感覚だ。人によってはこっちの方が入りにくいかもしれない。

 数十秒こうして悩んだ挙句春人は意を決して扉をたたく。


 コンコン――。


 するとしばらくして女子の声が返ってくる。


「はーいどうぞ」


 春人は一度身なりと息を整えると取っ手に手を掛ける。


「失礼します」


 ゆっくりと扉を開け中の様子を窺いながら中に入る。


「あ、春人いらっしゃい」


 ちょうど近くにいた香奈が声をかけてくる。


「ちゃんと来たね偉いぞ」


「お前教室から逃げたろ。ちょっと前までいたはずなのに」


「教室で教えたらつまらないかと思って。どきどきわくわくを感じながら来てほしいなって」


「そんな気遣いいらんかったわ。わくわくじゃなくてビクビクしながら来たんだぞこっちわ」


 いったい何の話なのかと春人は不安はあったが決してわくわくすることなどなかった。そんな春人に香奈は、あははっと笑い出す。


「笑ってんじゃねえよ。――それでいったい何の用なんだよ。それに生徒会ってこんなにいんの?」


 春人は周囲を見渡す。ぱっと数えても十人以上はいる。


「あー、違う違う。この人たちも春人と一緒で集まってもらったの。説明はそろそろ会長からあるから待ってて」


 ここに居る全員が生徒会役員というわけではないらしい。春人と同じ境遇の人間が何人かいるみたいだ。


 だとしてもいよいよよくわからない。集まった人間に統一性は見られない。学年に性別もバラバラ、部活動参加の有無も春人は考えたがたまにグラウンドで部活に励むのを見たことがある生徒の姿もあったので春人との共通点が無くなる。


 そこで一人春人にとってとても親しみ深い人物を見つける。


「こんにちは加賀美先輩」


「ん?おお!百瀬じゃないか!」


 がたいのいい広い背中で一目でわかった。男子バスケ部の部長にしてエースの加賀美宏大がいた。


「元気にしてたか百瀬」


「はい、とりあえず風邪なんかは引いてないです」


「うむ、そいつは何よりだ」


 深く頷くと盛大に笑って見せる。相変わらず豪快な人だ。

 すると宏大の後ろからひょいっと顔を覗かせる人物がいた。


「あー、百瀬久しぶりね」


「えーと、芦屋先輩ですよね」


「そうそう、ちゃんと挨拶するのは初めてよね。芦屋彩香よ。よろしくね」


「百瀬春人です。こちらこそよろしくお願いします」


 お互いに挨拶を済ませていると春人の横にいた香奈が彩香に話しかける。


「芦屋先輩も呼ばれてたんですね」


「そうよ。やっぱり内容的に運動部が声かけられるみたいね。ほら何かあっても逃げれそうだし」


 彩香が笑いながら冗談でも言うように口にするが春人としては聞き逃せなかった。


「え?逃げれそうって……おい香奈、マジで何すんだよこれ」


 不穏な言葉を聞いて流石に内容を聞いておきたくなる。焦りを見せる春人を見て香奈はただ悪戯を楽しむ子供のような笑みを作る。


「なに、香奈教えてないの?」


「はい、そっちの方が面白いかなって」


「あんたも変わんないわねほんと。まあそういうことなら百瀬も楽しみにしときなさい。どうせすぐわかるのだから」


 呆れたように香奈を見る彩香。だがすぐに表情を変え春人に含みのある笑みを向ける。


「楽しみにって……全然楽しいことに思えないんですけど」


 不安が増し恐々としていると宏大が背中はバシッと叩いてくる。


「心配するな百瀬。お前なら何があっても大丈夫だろ。はははっ!」


「その何かが心配なんですが」


 こんな感じで言葉を交わしていると凛とした声が生徒会室に静かに響き渡る。


「全員集まったみたいだな」


 生徒会室に集まっている生徒の視線が集まる。サラサラとした黒髪をなびかせながら生徒会長、喜多村葵が口を開く。


「まずは感謝を。急な召集にも関わらずこうして集まってくれてありがとう」


 短く頭を下げてから上げる。たったそれだけの動作なのになぜか絵になり目を奪われる。


「君たちも忙しい身だ。早速本題に入ろう。事前に話はいってると思うが最近学校で噂になっている幽霊騒動は知っているな」


 思いもよらない単語が出てきて春人は目を丸くし驚愕する。


(幽霊?って、香奈が言ってたやつか)


 一瞬なんことかと思ったが数日前の会話から話が繋がる。


「その噂が大きくなりすぎてな。一部の部活から怖いので何とかしてほしいと相談を受けた。本来なら生徒会だけで解決するのだがこの学校は非常に広い。とてもじゃないが我々だけでは手が回らないのだ」


 葵は一度生徒たちを見渡す。


「君たちの力を貸してほしい。今日の夜学校を一斉に見回る。もしこれで何もなければ生徒達も少しは安心してくれるだろう。噂は噂でしかなかったとな」


 ここで葵は口を閉じる。なぜ集められたのか春人も内容は理解した。だがいくつか疑問もある。

 すると集められた生徒の中から声が上がる。


「会長質問してもいいですか?」


「ああ、構わんよ」


「こんな正体もわからないものの調査を生徒がやるのはどうなんですか?警備員とかにやってもらった方がいいのでは?」


 質問をした男子生徒は会長が相手でも堂々としていた。特徴的な丸眼鏡を指でくいっと上げる仕草はその生徒の見た目も相まってとても様になっている。そしてその疑問は春人も持っていたところだ。


「当然の質問だな。確かにこんなこと生徒がやるようなことではない。ただ警備員にも限度がある。先ほども言ったようにこの学校は広い、警備員を増やすような費用もないため学校側も我々生徒会でどうにかならないかと言ってきたのだ。まあ、ほとんど丸投げだな」


 答え終わると葵も少し困ったように肩を竦める。


「……なるほど一応理解しました。でも幽霊など得体の知れないもの僕は信じていませんがもし何かあったらどうするんですか?」


「この噂が流れ出してもう一か月ほどが経つ。この期間に襲われたなどの報告もないし毎日見回っている警備員でさえそんなものは見ていない。私は正直この噂自体を疑っている。今回は学校をしっかり調査したという実績が欲しいのだ。怖がる生徒を安心させるためにな。だが君が言う通り安全の保障はできない。無理強いするつもりもないからもし駄目なら後で私にでも言いに来てくれ、もちろん責めたりはしないこの場に集まってくれただけで感謝しているのだからな」


 最後に凛としていた表情を和らげ微笑みを浮かべる葵。今の言葉に偽りはないと証明しているようだ。これには質問してきた生徒もこれ以上の言葉は不要だと思ったのか口を閉じる。


「他に質問があれば遠慮なく言ってくれ。少しでも君たちの不安を取り除きたい」


 あくまで生徒を一番とした考えなのか葵の言葉には何か引きつけられる重みを感じる。

 すると今度は彩香が声を上げた。


「それじゃ、葵いい?」


「ああ、もちろんだよ彩香。何でも聞いてくれ」


「今回の人選について聞いていい?まあある程度動けそうな人が集まってるのはわかるけど」


 彩香はくるっと視線を回す。比較的運動部の生徒が多い印象だ。


「流石だな。君の言う通り運動部、そしてある程度の影響力があるものを集めさせてもらった」


「影響力?」


 なぜ、と彩香が首を傾げる。


「今回は生徒に安心してもらうのが第一の目的だ。君のように女子バスケ部の部長の言葉から安全だと聞かされれば少しは説得力も生まれるだろう」


「あー、なるほどね。道理で有名どころが集まってるわけだ」


 彩香が納得したように再度周りを見渡す。集められているのは各部活の部長や委員会の委員長といった何かしらの肩書を持った生徒だ。そんな人たちが太鼓判を押してくれるなら生徒も安全だろう。


 ただそうなると――。


「え、俺は?」


 春人は無意識に言葉をこぼす。部長でもなければ委員長でもない。そもそも肩書などない春人が呼ばれた疑問が生まれる。

 そしてその声は少し静かになっていた生徒会室ではよく聞き取れた。当然葵の耳にも届く。


「百瀬、君は例外だ」


「例外?それはまた――」


 なぜだと聞こうとしたとき生徒会室を揺らすほどの大声が春人の言葉を遮る。


「はははっ!俺がお前を推薦したからな百瀬!」


 宏大の高笑いに顔を顰めながら春人は言葉を返す。


「推薦ってなんでまた俺を」


「お前のすごさは俺がよく知っているからな!なにがあっても百瀬ならなんとかするだろう!」


 宏大の言葉には百瀬に対する尊敬の念が込められていた。それはとても光栄なことなのだが――。


(この人はまたとんでもないことしてくれたな)


 春人にとっては余計なお世話だった。


(何してくれてんの!?俺めちゃくちゃ浮いてんですけど!?)


 人選を聞いた後だとなおさらだ。周りの生徒に比べ春人は実績などもなく只々肩身が狭い。

 小さく背中を丸めていると一人の男子生徒が春人に近づいてくる。


「君が加賀美が言ってた百瀬なのか」


「え、はい、多分そうですが……」


「そうか……一つ聞きたいんだけど、加賀美にバスケで勝ったって本当か?」


「え?」


 予想外の質問に春人は素っ頓狂な声を上げる。


「えーと……確かにこの前少し試合して勝ちましたが」


「っ!そうか、本当なんだな」


 目を大きく開き驚愕する男子生徒。いったいなんなのかと春人は首を傾げる。


「悪いないきなりこんなこと聞いて。つい気になってな一年がバスケで加賀美に勝ったって。二、三年で噂になってたんだ」


「そ、そんなことが」


 これには春人も驚く。全くそんな噂周囲では聞かなかった。

 話しかけてきた男子生徒は「そうか……」と何か考える素振りを見せ春人に視線を巡らせる。


「百瀬は部活には所属していないらしいな。どうだ、うちのテニス部に来ないか?加賀美に勝つほどの運動神経だテニスもうまくなると思うんだけど」


「えーとそれは……」


 まさかこのタイミングで部活の勧誘をされるとは春人も思わなかった。そして気づく。周囲が少し騒がしい。


「あれが百瀬?加賀美が言ってた」


「バスケ初心者で勝ったんでしょ?へーすごーい」


 今集まっているのはほとんどが二、三年の生徒だ。男子生徒の話は本当なのだろう。春人の知らないところで結構な噂になっていたらしい。


 困っている春人の背中を宏大がバシッと叩く。自然に背筋が伸びる。


「はははっ!そうだこいつが俺に勝った百瀬だ!すごいだろう!ただな岩村、百瀬は今はどこの部活にも入る気はないらしいぞ」


「そうなのか?」


 春人を勧誘した生徒は岩村というらしい。岩村は意外といった様子で目を丸くする。


「ああ、だから百瀬を勧誘したって無駄だぞ。なにせ俺が毎週勧誘していても駄目だったんだからな!はははっ!」


 宏大は岩村だけでなく周囲の生徒にも聞かせるように声を張る。ここには運動部の部長クラスの人間が集まっている。岩村と同じで勧誘しに来る可能性もあったが宏大がうまいこと釘をさす。こうなっては無暗に春人に話しかけには来ないだろう。


 春人は宏大を見る。どこまで考えててやったのかはわからないがこれには感謝しかない。

 遅かれ早かれ噂が流れていたのなら宏大のように教室に勧誘しに来ていた生徒もいたかもしれない。その可能性を今大きく削ってくれたのだ。


「ありがとうございます加賀美先輩」


「ん、何のことだ百瀬」


 春人は素直に感謝を口にする。宏大は含みのある笑みを作りあくまで白を切るつもりだ。

 岩村も宏大の言葉に肩を竦める。


「そうか。それなら仕方ないな。まあ、気が変わったらテニス部に遊びに来てくれ歓迎するから」


 そう言って岩村は立ち去って行く。


「話はいいか岩村」


「ああ、悪いな生徒会長。関係ない話しちまって」


「君たちの時間を使わせてもらっているのだ。多少のことは目を瞑るさ。だができれば後にしてもらいたいな。部活の勧誘などこんなところですることでもないだろう」


「あはは、違いない」


 多少脱線したが話を戻すと再び葵が口を開く。


「まあ、そういうわけで君たちの人選の理由は先ほど言った通りだ。百瀬も上級生には名が知れている。今回の条件に問題なく合っている。期待しているぞ」


 最後は春人に向けられての言葉だった。思わず顔が引きつってしまう。

 その後は質問も出てくることはなく、時間と集合場所の連絡を終え解散となった。


「ふー……」


 春人は小さく息を吐く。思った以上に疲れてしまった。


(生徒会からこんな依頼受けるなんて、それに……俺そんな有名になってたのかぁ)


 知らないところで自分の噂が広まる気持ちがわかった。優越感的なものもあるが嫌悪感的なものもある。


(美玖もこんなこと思ったりしてんのかな)


 身近にいる少女の顔が思い浮かぶ。“学校一可愛い女の子”と噂になっている美玖。春人でこの騒がれようだ。美玖は比べ物にならないだろう。


「春人おつかれー」


 春人は思考の海から浮き上がる。


「おつかれ、じゃあねえよ。こんな大事なこと最初に言っとけ」


「あはは、びっくりしたでしょ。あたしも春人が噂になってるって知ったときは嘘だーって思ったもん」


「いやそっちじゃねえよ。てかそっちも知ってたのかよ」


「そりゃね、生徒会の一員だし」


 黙っていたことは悪いと思っていないのか香奈は楽しそうに笑っている。こうなると春人には手に負えない。


「もも君有名人だったんだねぇ」


 いつの間にいたのかのんびりとした声でくるみが声をかけてくる。


「先輩……いたんですか?」


 春人は生徒会室にきて何度目かの驚きを示す。今の今まで存在に気づかなかった。


「むむ、ずっといたのに。もも君ひどいぃ」


 不満げに頬を膨らます。人形のように可愛らしい彼女がやると怒っているのに可愛いとしか思えない。つい春人も頬が緩む。


「もも君なに笑ってるの?先輩は怒ってるんだよぉ」


「すみません、反応が可愛らしくて」


「可愛いぃ?」


「はい」


「そうかぁ、なら許すぅ」


「え?くるみ先輩ちょろすぎませんか?」


 一瞬で篭絡されたくるみに香奈がつっこむ。


「ちょろくないよぉ。私はそんなに安い女じゃないからねぇ」


「えー本当ですか?」


「うん、見ててぇ」


 すーっとゆったりとした動作でくるみは春人の前に出る。


「もも君私を可愛がってぇ」


「いきなりなんですか先輩」


 くるみの突拍子もない発言に春人は困ったように眉を顰める。


「私がちょろくないことを証明するの。もも君に可愛がられて何ともなかったら私の勝ちぃ」


「別にいいですけど……セクハラで訴えたりしないですよね?」


「そんなことしないよぉ。ほら、どんっとおいでぇ」


 春人を迎え入れるように両手を広げるくるみ。


(なにこれ……胸に飛び込めばいいの?)


 くるみの体勢的にそう読み取れる。それでも流石に春人も理性が仕事をする。


(いやいやいや、ダメでしょ。流石にそれは……ねー?)


 自分に問いかけるように頭の中で整理する。ここでそんな真似しようものなら今後の学校生活は間違いなく終わる。不名誉なレッテルを貼られ生きにくい人生を送ることになる。春人も流石にそれは困る。


「えーと……可愛いですよ先輩」


「うん、ありがとぉ……他にはぁ?」


「他?他かー……髪もすごい綺麗ですよね。睫毛も長くて色白の肌とかまるでお人形のようです」


「えへへぇ、そんな照れるよぉもも君」


「………」


「……他はぁ?」


「ほかぁっ!?終わりじゃないんですか!?」


「うん、もっと可愛がってよぉ」


 嬉しそうに笑顔を作るくるみ。なにか趣旨が変わってきている気がする。そもそもこれは誰が勝敗の判断をするのか。そのあたりも決めてなかったので終わりが見えない。


 褒めるというのも結構恥ずかしい、できれば春人もこれ以上続けたくはない。しばらく無言で考えを巡らせていた春人はゆっくりと右手を動かす。


「もも君?ん……」


 動かした右手をくるみの頭に載せる。優しく痛くしないようにゆっくりと撫でる。

 頭を撫でるなんて安直かもしれないと春人も思ったがくるみは満更でもないらしい。「ほへー」と目を細めながら心地よさそうに口から声を漏らしていた。


 しばらく撫でまわし春人は手をどかす。


「どうでしょうか先輩?」


「うん、よかったよぉ。流石もも君だねぇ」


 満足したのかにこにこと笑みを零しながら香奈の方へと振り向く。


「どう?私はちょろくなかったでしょ?」


「え?つっこんでほしいんですか?なんでそんな誇らしげなんです?」


 何を言っているのだと香奈はくるみの顔を凝視する。ちょろいかどうかならどう見てもちょろ過ぎる反応だったと思う。


「あたしちょっと心配です。その内先輩変な男に捕まりそうで」


「変な男ぉ?」


「そうですよ。いいですか先輩。世の中まともな男なんて極わずかです。先輩みたいなぼーっとしてる世間知らずっぽい女の子なんていい獲物です!」


 人差し指を立てくるみに諭すように説明を始める。世の中の男たちが聞いたら怒るだろうかそれとも気まずげに黙り込んでしまうだろうか。


「へーそうなのぉ?香奈ちゃんは物知りだねぇ」


「なので先輩今みたいなこと絶対他でやっちゃいけませんよ。男はすぐ勘違いするので先輩襲われちゃいますよ」


「そうだったんだぁ。もも君も私を襲うのぉ?」


「え、いえ、そんなことしませんが」


 とんでもないことを聞いてくる人だ。本人を前にして自分を襲うかなんて聞かれても春人も困る。


「どうしてぇ?」


「どうして?どうしてって……」


「香奈ちゃん言ってたよぉ。男の子はすぐに襲ってくるってぇ」


「いや、それは香奈の話が大げさなだけです。そんな男そうそういません」


「ちょっとあたしが嘘ついてるみたいじゃん」


「嘘だろ。夜に遊び歩いてるパリピどもでももう少し理知的だわ」


 春人もパリピがどうなのか詳しくは知らないが恐らく間違ってはいないだろう。もし違っていたらそんな者どもを野放しにしてる世界が間違っている。


「結局何が本当なのぉ?」


 くるみがはっきりとしない春人たちの話に難し気に眉間を寄せる。


「先輩俺がいい見本です。先輩のこと襲ったりしてないでしょ?」


「確かにぃ」


「先輩春人が例外なんです。こいつはただのヘタレなんです」


「おいこら。お前を襲ってやろうか」


 人のことをヘタレ呼びする香奈に春人はチンピラのようにガンを飛ばす。


「聞きましたか先輩!これです!これが男の本性です!」


「おーなるほどぉ、香奈ちゃん襲われちゃうのかぁ。襲われるってどんな風にぃ?」


「え……どんな風にってそりゃあ……」


 今まで威勢よく騒がしくしていた香奈が急激に言葉の温度を下げる。

 もじもじと艶めかしく身体を動かしながら言い淀む。


「それはその……春人あたしに何するつもりよ!」


「恥ずかしいなら最初からこんな話すんなよ」


 最後は照れ隠しからか春人に理不尽にあたる。くるみに力説しているのでこういった話には慣れているのかと思ったが意外とピュアだったようだ。


「は、恥ずかしくないし!これくらいどうってこと――」


「君たち生徒会室でなんて話をしているんだ」


 香奈が顔を真っ赤にして声を荒げていると呆れたようにため息をつく葵がやってきた。


「別にそういったことに興味津々な年ごろなのは理解してるからするなとは言わないが場所は考えてくれ」


「か、会長誤解です!あたしはくるみ先輩を男の魔の手から守ろうと思って!」


「話は大方聞こえていたから君を猥談好きな女子なんて思ってはないさ。それでも多少の偏見があるようだな。香奈の言う通りなら世の中の女性は安心して外も歩けんぞ」


「そ、そうですが……」


「香奈もなにか理由があってそんなことを言っているのだろう。だが一度自分の考えを捨て全体を見てみるといい。周りが見えていない状態では偏った考えになりかねんからな」


 間違った考えと言いながらも相手の考え全てを否定せず新たな考え方のヒントを与え手を差し伸べる。

 これが上に立つ者の手本となる姿か。


「う……はい、わかりました」


 香奈も会長の言葉には大人しい。春人が同じことを言ってもこうはいかないだろう。

 理解を示した香奈に葵は頷くと今度は春人へ視線を向ける。


「君には苦労を掛けたな。今回の召集に本来君を呼ぶつもりはなかったのだがな。熱心な推薦者がいたのと人員も欲しかったので急遽倉橋先生に頼ませてもらった」


 今回の成り行きをわざわざ説明してくれる葵。因みに倉橋とは春人たちの担任の先生だ。


「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。まあ最初はなんで呼ばれたかわからず恐々としていましたが」


「倉橋先生から説明はなかったのか?」


「会長に聞けと言って出て行ったもので」


「あの人は……優秀な方なのではあるが適当なところはもう少し直してほしいな」


 葵は額に手を当て困ったようにため息をつく。言い方的に過去に何かあったのだろうか。


「そうなると君は理由もわからずにこの場にいたのか。本当に申し訳ないことをした。本来ならこんな依頼本人の意志で参加するか決めてもらうというのに。……今からでも嫌なら遠慮なく言って欲しい。私たちの落ち度だ」


 どこまでも真っ直ぐな人だ。春人のことを第一に考えてくれているのが痛いほどわかる。


「大丈夫ですよ。もう参加することは決めてますので。それにこんなこと人数が多いに越したことないでしょうし」


 今更止めるなんて選択肢は考えていなかった。春人の言葉に葵は驚いたように目を丸くするがすぐに凛としたいつもの表情に戻る。


「……そうか。君は本当に誠実な人間だな。責任感もあってとても好ましく思うよ」


「会長にそう言ってもらえるなんて光栄です」


 ここまで褒められることなどなかなかないので背中がむず痒い。それでももちろん褒められて悪い気はしない。春人のやる気は少し上がっていた。


「それでは頼む。期待しているぞ」


 葵は右手を春人に差し出す。それだけでどんな意図なのかは春人でも理解できた。春人も右手を差し出し握手を交わす。


「なんか春人が大人な対応してる。春人地味に礼儀正しいよね」


「社会で生きていくにはこれくらいできんと苦労するからな」


「なんで苦労人感出してんのさ」


 とりあえず生徒会室に呼ばれた理由は納得だ。春人としても得るものがあった。お礼というわけではないが期待には応えようと思う。夏休み前のイベントとしても春人は少し心躍らせていた。だって夜の学校なんてわくわくするだろう。


「……それで香奈ちゃんどう襲われるのぉ?」

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