36話 ギャンブラー香奈
人生ゲームもそろそろ終盤だ。ここで今の状況を整理すると――。
・春人
職業…サラリーマン
家族…三人
保険類…自動車保険、生命保険、火災保険、株券×三
家…なし
残金…九万四千ドル
・美玖
職業…タレント(ランクアップ)
家族…五人
保険類…自動車保険、生命保険、火災保険、株券×三
家…あり(二万五千ドル)
残金…二十万七千ドル
・琉莉
職業…政治家
家族…二人
保険類…自動車保険、生命保険、火災保険、株券×三
家…あり(四万ドル)
残金…十三万二千ドル
・香奈
職業…フリーター
家族…三人
保険類…自動車保険、生命保険、火災保険、株券×三
家…あり(二万ドル)
残金…三万二千ドル
お金は大分大きな差が出てしまっている。香奈と美玖では十七万ドルほどの差が生まれている。それでもまだ逆転のチャンスがあるのが人生ゲームの楽しいところで――。
「ギャンブルエリア来たぞー!」
香奈は雄叫びを上げる。人生ゲームで逆転が狙える数少ないエリアだ。
「昔はギャンブルって聞いてもいまいちピンとこなかったけどちょっとわくわくするな」
「おーいいね春人。一緒にお金増やして美玖を倒そう!」
「このゲームって倒す倒される考え方であってるんだっけ?」
「どうだろう。直接美玖さんを狙えるようなゲームじゃないし」
人生ゲームの仕様上誰かを妨害するようなマスは少ない。いかに多くのお金を集めるゲームでそのほとんどが運要素だ。いったい香奈は何をするつもりなのか。
「とりあえずどっちに行くか選べるんだ。もちろんギャンブルコース!」
香奈は迷いなくギャンブルができる方を選ぶ。もう片方は普通のマスが並んでいる。
「えーと……ここから先は一マスずつしか進めないんだ。よしっ、さっそくやってくよ!」
香奈は一万ドルを取り出しボードの上に置く。そのあとルーレットの数字の一か所、三にピンを立てた。ルーレットを回したときにこの数が出れば掛け金の十倍が返ってくる。
「右隣の人に回してもらうのか。春人頼んだよ」
「俺かよ。責任重大だな」
「もしこれで外れたらしばらく春人のこと無視するかもしれない」
「すんげえ精神的に来るからなんとか当てなきゃな」
春人はルーレットに指をかけ勢いよく回した。
(といってもなー、十分の一だろ。そんなうまいこといかんわな)
くるくる回るルーレットの勢いが徐々に失われていく。肉眼でも数字がはっきり見えるくらいまでゆっくりになっていき止まった数字は――。
三だった。
「やった!やった!三だやったー!」
「マジかよ」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ香奈の横で春人は目と口を大きく開けて驚愕していた。
「わーすごい香奈当たっちゃった」
「香奈さん強運」
二人も春人ほどではないが驚いているようだ。お金の処理を済まし香奈の手に十万ドルの紙幣が握られる。
「おーーーっ。これが十万ドル。輝いて見える」
「気のせいだろ」
「ちょっと、余韻に浸らせてよ」
春人のつっこみを聞いて香奈はキッと視線を向ける。ギャンブルの初勝利に大金を手に入れた喜びをもっと噛み締めたいらしい。
「香奈はしばらくそっちで騒いでなよ。次私だね。どうしよう……私は普通の方に行こうかな」
「ギャンブルコースにしないのか?」
「うーん、面白そうではあるけどやっぱり怖いしお金も困ってないからね」
そう言って美玖は普通のコースに駒を進める。なんとも健全な考えだ。こういうタイプは現実でもギャンブルにはまったりしないだろう。
「えーと……消費税がアップ。全員銀行に五千ドル払う。あっごめん皆」
全員を巻き込むタイプのマスに止まり美玖が謝罪を口にする。
「ふっふっふっ、そんなの気にしなくていいよ美玖。なにせ今のあたしには十万ドルがあるんだし」
十万ドルの紙幣をパタパタと手で扇ぎながら憎たらしく笑みを作る香奈。見本のような調子の乗りようだ。
「次は私の番。私も普通のコースでいいかな」
「え、琉莉ギャンブルの方行かないの?」
「行かないけど……なんで兄さん?」
「お前だったら絶対ギャンブルを楽しむかと」
「うふふ、そんなやだよ兄さん。私がそんなことするわけないでしょ」
上品に笑う琉莉。自分の家で忘れていたが今の琉莉は学校での猫を被った琉莉だ。ギャンブルなんてやるはずがない。
(さっきからちょくちょく素が出かかってるのは気づいてんのかこいつ)
琉莉もゲームだからと気が緩んでいるのかもしれない。さきほどからボロが出かかっている。
「それじゃあ回すよ……七……男の子が生まれる皆から二千ドル貰う。子供ができました」
「おーおめでとう!持ってけい!」
気前よくお金を差し出す香奈。本当にこれでもかというくらいにテンションが上がってきている。
春人も琉莉にお金を渡しルーレットに手を掛ける。
「んじゃあ俺な。俺はギャンブルコース選ぶわ」
初めから決めていたので春人は迷いなく駒を進める。
「いらっしゃーい春人」
「おう、俺も稼がせてもらうぜ」
春人は香奈より一万ドル多い二万ドルをボードの上に置く。選ぶ数字は七だ。
「やっぱりラッキーセブンっていうからな。そんじゃ琉莉ルーレット任せた」
右隣にいる琉莉に春人の命運がかかる。
「任せて兄さん。私が兄さんを天国に送ってあげる」
「いい意味の天国だよな?」
春人の言葉を最後まで聞かずルーレットを回しだす。勢いも次第に弱くなり出てきた数字は――。
一。
「………」
全く惜しくもない数字に春人は視線を琉莉へ向ける。同じタイミングで琉莉もこちらに顔を上げ、小首をかしげ両手を合わせる。
「ごめんね」
何とも可愛らしいごめんねだ。学校の男子が見たら失神するものが表れそうだが春人にそんなものが効くわけもない。
「可愛く言っても誤魔化されないからな俺は」
「ここは嘘でも優しく許すよとか言うところだよ」
「言わんわ。第一別に怒ってない。こんなの確率的に外れる方がでかいんだからな」
こんなことで怒るほど春人は小さい人間ではなかった。大人っぽく余裕のふるまいを見せようとする。
「なーんだ、春人はずれちゃったんだ。残念だったねー。ぷぷっ」
こちらの様子を見ていた香奈がにやにやと笑みを作っている。
(やっぱりムカつくかも)
大人の余裕などどうでもよくなるほど香奈は調子に乗っていた。
そしてその香奈に順番が回る。
「次のギャンブルはっと……二か所にピン立てて自分で回してどっちか当たったら五倍か。ほー、じゃあマックス金額の五万で!」
香奈は気合と共に五万ドルをボードに叩きつけた。そしてピンを二と三に置く。
「五万いくの?マジで?」
香奈の残金の半分くらいの金額だ。それなのに香奈は全く動揺もなく楽し気に笑っている。
「こういうのは勢いが大事だからね。それじゃーあー……それっ!」
香奈の指に弾かれたルーレットが勢いよく回転する。ゆっくりと勢いを弱めていき出てきた数字は――。
二。
「~~~っ!うっし!うっし!やったーっ!」
両手を上げて身体全体で喜びを表現する香奈。流石に春人たちも言葉が出ない。
「やった、やった、二十五まーん」
嬉しそうにリズムを刻みながら口ずさむ。そしてここで金額差が逆転する。
「これであたしは三十万ドル以上。美玖あんたの天下もここまでだよ!」
「別に天下を取ってたわけじゃ……」
立ち上がった香奈がピシッと美玖を指さす。美玖も困ったように苦笑する。
「でもすごいよな。こんな当たるもんか?」
「普通当たらないと思う。本当に香奈さんの運だね」
連続で大金を手に入れた香奈に春人と琉莉は羨望に近い眼差しを送る。その視線に目ざとく気付いた香奈がふんっと胸を張る。これでもかというほどのドヤ顔だ。
「それじゃあ私回しちゃうね……四っと……お宝発見。鑑定でルーレットを回して一か八なら十二万ドル貰う。なんかすごいマス止まっちゃった」
美玖があははっと困ったように頬を掻く。ギャンブルマス以外なら一番の高額マスじゃないだろうか。
「へーすげえな。メリットしかないし早速回したら?」
「そうだね。それじゃあ、えいっ……八、あっ、八だ!」
やったーっと嬉しそうに笑顔を振りまく美玖。
「おー美玖もやるねー、でもあたしの二十五万には届かないなー」
「ほんとに清々しいくらいの調子の乗りようだな」
絵に描いたように鼻が伸びている香奈は最早笑ってしまうほどだ。こんな調子でこの先持つのか心配になる。
「前に言ったでしょ。香奈すぐに調子に乗るって」
「あー、言ってたな確かに」
教室で一緒に昼食を取った時の言葉を思い出す。確かにそんなことを言っていた。それに今の香奈を見てればその言葉にも納得だ。
「流石美玖さん私もお金貰う」
調子に乗った香奈を余所に琉莉が淡々とルーレットを回す。
くるくる回ったルーレットが示した数字は六。
「いーち、にーい……ナンバーズが当たり四万五千ドル貰う。両隣に五千ドルずつ配る。……ふんっ」
琉莉はボードから顔を上げるとどうだと言わんばかりに鼻を鳴らす。まさか宣言通りお金を貰えるマスに止まるとは。
「これはお裾分け、はい美玖さんと兄さん」
琉莉の両隣。つまり美玖と春人だ。
「ありがとね琉莉ちゃん」
「悪いな貰っちゃって」
「気にしなくていい。兄さんは後で現金で返してくれれば」
「なんでだよ!五千ドル現金とか返せるか!」
三人でわーわー盛り上がってると香奈が、ふふふっと低く笑う。
「流石だね琉莉それでもあたしにはまだ届かないよ!」
にひっと白い歯を見せる。三人に立ちふさがる様に立つ香奈は魔王のような風格を醸し出していた。
「このまま香奈にいい格好させるのもなんか癪だな。俺もギャンブルコース来たんだから何か当てたい」
春人は手持ちのお金と相談し三万ドルをボードに置きピンを五と九に立てる。
「んー?いいのー春人?マックス金額じゃなくて」
「流石に無計画にそこまで出せんな」
挑発するように声をかけてくる香奈に春人はこれも考えがあってのことだと流す。
ルーレットに手をかけ今度は丁寧に回してみる。コロコロと小気味よい音を立てるルーレットが止まり出た数字は四だ。
「またはずれか」
春人はため息とともに肩を落とす。ここまでなにも成果は出ていない。
そんな春人を見て香奈がケラケラ笑う。
「まあまあ元気だしなよ春人。まだ次があるって」
「慰めてんのかバカにしてんのかはっきりしてくれ」
じとーっと目を向けるが香奈はおかしそうに笑うばかりだ。
「よーし、あたしが春人の仇を取ってやろう」
腕をまくるような仕草を取り駒を進める。
「んーと……まずは一万ドル払ってールーレットを三回回して同じ数字が二回出たら十万ドル。三回なら五十万ドルか。面白そう!」
琉莉の目が輝く。この短時間でもう立派なギャンブラーの顔になっていた。
「とりあえず回せばいいんだねーはいっと……二だね。次は……五だ」
「これで五十万はなくなったのか」
「そうだね。でもまだ十万が残ってる、よっと!」
掛け声に気合を乗せ香奈はルーレットを回す。ルーレットが示した最後の数字は――。
「……十か。ちぇーはずれちゃった」
ここでお金が動くことはなく香奈の連勝も止まった。
「まあ仕方ない。でもこれで大分潤ったよ!」
獲得した紙幣で扇を作り自分に風を送る様に仰ぐ。気持ちはどこかの令嬢気分だろうか。
そんな香奈を見て美玖も顔を引き締める。
「大分追い付かれちゃったからね。私もなにかいいマス止まらないとねっ」
ルーレットを回す手に力が入る。示された数字の数駒を進めていく。
「――四、五……ん?なにこれ?」
美玖が目を丸くし首を傾げる。美玖が止まった場所は他のマスとは違う青色に塗りつぶされたマスだった。そして何より印象的なのが大きく記されている言葉だ。
「しかえし?誰かから十万ドル貰うか一回休みにする」
内容を読み上げると美玖は顔を上げ香奈へにこりと笑顔を向ける。向けられた香奈は何かを察したのか顔を強張らせ引きつっている。
「香奈。十万ドルちょうだい」
両手を差し出す美玖。その満面の笑みの裏には確かに悪魔が潜んでいた。
「あー!わかってた!なんか笑顔向けてきたからわかってたけど!美玖の鬼!」
「しょうがないよルールなんだから。ほーら香奈、お・か・ね」
「くーっ!この金の亡者めぇっ!」
香奈は手にした十万ドル紙幣を美玖へ差し出す。美玖は「ありがとねー」とにこにこと貰った紙幣を指に挟んで揺らしている。
「私もそのマス止まりたい」
琉莉は美玖の雄姿を見て感化されたのか静かに口を動かさす。
「琉莉止まってもいいけどあたしは選ばないで――」
「えい」
香奈の言葉を聞かずにルーレットを回す。出た数字に従い駒を進め――。
「違うマスだ」
琉莉のつぶやきに香奈はほっと胸を撫でおろす。
「えーと……子供が留学する。子供がいれば三万ドル払い子供を車から降ろす。……さっき子供生まれたばかりなのに」
なにか切なげに言葉を並べる琉莉。絶対わざとやってるのだろうが感情移入してしまうから止めてほしい。悲し気な琉莉の言葉を聞いて本気にしたのか美玖が少し慌てたようにキョロキョロとしだしたので春人は急いで先に進める。
「俺の番な。二回か三回同じ数字だったな」
「ふふ、春人の運で当たるかな」
「むしろここまで当たってなかったんだから当たるんじゃないか」
春人は口角を上げ含みのある笑みを作る。それっぽい雰囲気を作り春人はルーレットを回す。一回目は四、二回目は二、ここまでは被らない。
「最後だな……四。二個被り十万だ」
得意げににっと笑う春人。その顔を見て香奈は悔し気に顔を顰める。
「おのれ~。春人のくせに」
「散々バカにしてくれたがこれで少しは追いついたぞ」
といっても今まで駆けた金額を差し引いたらほとんど増えてはないのだが……。だがそんなことは春人にとっては関係ない。今この状況が少し心高ぶらせるものがあった。強敵に立ち向かうような構図が春人の男心をくすぐっていた。
「ふん。そっから追いつくなんて絶対無理だよ。また引き剥がしてあげる!」
「はっ、ここからが本当の勝負だろ。後で負けて泣いても知らねえぞ」
急に白熱しだした二人のやり取りを美玖が呆然と眺めている。
「どうしたんだろう二人とも急に盛り上がって」
「香奈さんは素かもだけど兄さんは子供だからしょうがないよ」
「えーと、そうなの?」
「うん。あまり詮索したら悪いよ美玖さん」
琉莉は諭すように言うがどこか混ざりたそうなうずうずと身体が動いていた。こういった展開は琉莉も好きなところである。
「なら春人、負けた方が明日アイスおごりね!」
「おう、望むところだ」
香奈はルーレットに手を掛ける。くるっと捻りルーレットが回りだす。止まった数字を確認し駒を動かしていく。
「ここだね!なになに……ゴッホの絵を買い二十万ドル払う!……え?」
勢いに任せ読み上げるが香奈は最後に気が抜けるような声を漏らす。しばらく静寂が場を支配するが――。
「二十万?……二十万……二十万ー!?はーーーッ!?」
香奈の絶叫が空気を変える。
「二十万って何それ!バカじゃないのゲームの中のあたし!」
いろいろと喚き散らすが結果は変わらない。こうなっては香奈の勝利など絶望的だろう。
「あっけなく終わっちゃったな。あ、アイスごちそう様でーす」
最早勝負はついたと春人は勝利宣言を上げる。それを聞いても現実を受け入れられないのか「嘘でしょーなんでー」と香奈は頭を抱えてしばらく机に額をこすりつけている。
人生ゲームは終わってみれば美玖の圧勝だった。




