35話 なんかサラリーマンの闇を感じる
人生ゲームのターンが進み今は美玖の番となっていた。
「回すね。えいっ……五だね。えーと……結婚。あっ結婚だ」
「おー、美玖おめでとっ!」
「おめでとう美玖さん」
「うん、おめでとう」
祝福の拍手を美玖へ送る。皆から祝られて美玖は照れくさそうに頬を掻く。
「ちょっとこれ恥ずかしいねなんか」
あははっと苦笑する美玖は少し顔を染めていた。
「そうか最初に結婚するのは美玖なのか。因みに結婚相手は?」
「そ、そんなのいないって」
「えーそれじゃあつまらんな。……ここに一人男がいるけどどうよ」
香奈が視線を動かし美玖へ促す。ここにいる男など春人しかいないわけで……。
「え?春人君?」
「そうそう、どうですー?今ならお買い得だよ」
「なに人を安売りしようとしてんだ」
「そうだよ香奈さん。私の兄さんだよ」
珍しく琉莉に肩入れされ春人は感激のあまり声を漏らす。
「琉莉お前」
「兄さんじゃ美玖さんに釣り合わないよ。美玖さんに失礼」
「そうだろうと思ったわ!お前が一番失礼だからな!」
一瞬の感慨も消え去る春人。だが美玖から思いがけない言葉が飛んでくる。
「え?私は全然いいよ?」
「んー?」
皆の視線が美玖へ集まる。一身に視線が集まるが美玖は動じない。
「え?それどういう意味?」
「そのまんまだよ。私は相手が春人君でも全然大丈夫」
「まっ!?」
あまりの衝撃に言葉が出ない。琉莉と香奈も驚いたように目を大きく開けている。
「あの、えーと」
混乱と動揺が入り混じって春人は頭が働かない。なんと答えていいかもわからず只々言葉にならない声が口から洩れる。心臓も痛いくらい鼓動を早くしており最早自分でも制御ができないほどだ。
顔の筋肉も強張り表情が全く変わらないまま美玖を見続ける。その美玖はにこっと笑顔を返すものだから春人はどんどんヒットポイントを削られていく。
自分の勘違いだという思いが徐々に確信へと塗り替えられる。まさか本当にと春人も思い始めたとき美玖の小さな口が動き出す。
「嘘だよ春人君」
「…………」
固まっていた時間が少しずつ動き出す。春人は息を吸うのも忘れていたのか、一気に肺に空気が流れ込む。そして最初に声を上げたのは香奈だった。
「ちょっと美玖!冗談きついよ!」
この場の全員が思い込んでしまう空気になっていた。それほど皆美玖に飲まれていた。
「あはは、ごめんね」
「ごめんじゃないよ!ほんとに信じちゃったよ私!」
(そうだぞ。もっと言ってやれ)
言葉がまだ出ないので春人は心の中で香奈に加勢する。ほんとーーーに心臓に悪い。
「うーん、そんなにか。私の演技力もなかなか」
「褒めてんじゃないからね!」
噛みつく勢いで美玖に詰め寄る香奈を綺麗に受け流す。そんな二人を見て春人も大分落ち着いてきた。
「本当に毎回毎回飽きないな」
「ふふふ、私の楽しみだもん。春人君と面と向かって話せる貴重な時間だし」
「別にいつも面と向かって話してるだろ」
いったい彼女は何をしたいのか。春人の頭ではいくら考えてもその答えは出てこなかった。
「え、なに?毎回こんなことやってんの?」
春人たちの話を聞いていた香奈が口を開け呆れたように二人を見る。
「そうだねー毎回って言っちゃうと少し多そうに聞こえるけど大体あってるかな」
「あんたらどんな関係なの……」
変なものでも見るように香奈が目を細める。だが香奈の気持ちもわかる。正直春人もよくわかっていないので肩を竦めるしかない。
「まあ、それはそうとご祝儀ちょうだい」
美玖は香奈の視線を気にも留めず両手を開いて皆に催促する。香奈はため息をつきつつも美玖へ紙幣を渡す。春人と琉莉からも受け取り最後に車へ青色のピンを立てた。これが人生ゲーム内での男役になる。
「なんか人生ゲームやってるって感じ出てきたね」
「俺は初っ端から感じ始めてたけどな。借金から始まる人生とかリアルでなんかやだ」
ここからは一周する間に全員が結婚マスに止まり結婚を済ませた。
現時点での状況は――。
・春人
職業…フリーター
家族…二人
保険類…生命保険、株券
残金…一万ドル
・美玖
職業…タレント
家族…二人
保険類…自動車保険、生命保険、株券
残金…八万二千ドル
・琉莉
職業…政治家
家族…二人
保険類…自動車保険、生命保険、株券
残金…四万五千ドル
・香奈
職業…プログラマー
家族…二人
保険類…自動車保険、生命保険、株券
残金…二万三千ドル
「大分お金に差が出てきたねー」
「うん、美玖さんお金持ち。それに比べて……」
「んだよ。こっち見んな」
「甲斐性なしはモテないよ」
ムカッとくるが琉莉の言うこともわかる。流石にこのままではまずいと春人も思っていた。
「と言ってもな……やっぱり職業の差はでかいな」
「春人マックスで貰えてもあたしより給料ないもんね。かわいそー」
「せめて言葉と表情を合わせような」
かわいそうと言いながらも香奈の顔は小ばかにするようににやにやと笑っていた。
「そんじゃあもっと差を付けちゃうよ。春人には負けれん」
意気込み香奈はルーレットを勢いよく回す。表示された数字に従い駒を動かして香奈はマスの内容を読み上げる。
「なになにー。ハネムーンに行く。二万ドル払う。なんでよ!」
一瞬にして残金ビリに躍り出た。そんな香奈を見て春人は口角を上げる。
「人を馬鹿にするからばちが当たったんだよ」
「くっ、現実だとハネムーンなんて憧れるけど今は殺意しか覚えん」
悔し気に拳を握り締め机をたたく。
「次私ね。えいっ……五か。えーと……男女の双子が生まれる皆からお祝いで二千ドルずつ貰うだって。はい、香奈ちょうだい」
「鬼かあんた!?あたしもう残り千ドルなんだけど!」
「こればかりはしょうがないよ。ルールだし」
お金を巡っていい争いが始まる。これも成長してからわかる人生ゲームの楽しさの一つだろうか。現実でこんな言い争いをしたら間違いなく友達の縁を切られそうだが。
そうこうしている間に順番は巡り美玖があるマスに止まる。
「家を買う。早い者勝ちだって、これどこでもいいの?」
「早い者勝ちって言ってるしいいんじゃないか?」
「なら私これがいい小さくてかわいい」
美玖が選んだのはボード内にある一番小さな家だ。選び方がなんとも美玖らしい。
「二万五千ドルで買えるんだ……マジでこのゲーム価格基準バグってないか?」
「うん、私の給料一回分で家買える」
進めるにつれてつっこみどころが増えてくがきりがないのでこの辺で終わらせる。美玖が買った家に旗を立て順番を回す。数ターンが過ぎたところで春人が待ちに待ったエリアが見えてきた。
「ふっ、ついに来たぞ。転職ランクアップエリア」
春人が言っているのは文字通り転職と今の職業をランクアップできるエリアだ。ずっとフリーターで頑張ってきた春人にとって心躍る場所だ。
「俺もついにフリーターとはおさらばだ」
「あたしももう少し給料多い職業に転職しようかな。貯金がやばいし」
皆思い思いに今後の人生を考えている。
最初にエリアに入るのは琉莉だ。
「じゃあ回すね……四……先生になれる。給料一万二せ、パス」
給料の額を読み終わる前に琉莉はマスから視線を外す。
「お前いくら何でも露骨すぎだろ」
「お金は大事だよ兄さん。兄さんなら身をもって知ってるでしょ?」
「うっ、確かにその通りだ」
実際お金がなくてこの人生ゲーム大分苦労した。まさかゲームでお金の大切さを再確認させられるとは思わなかった。
「んじゃあ俺だ。よっと……八だな、一、二、……タレントになれる。ん?タレントって美玖だよな?これどうなるんだっけ?」
すでに就いてる職業がある場合どうなるのか。春人は説明書に視線を巡らせる。
「……これ早い者勝ちみたいだな。俺タレントになれんわ」
「まあ、兄さんにタレントなんて似合わないしよかったよ」
「いいだろうがゲーム内だけでも夢見て」
「ごめんね春人君私が取っちゃってて」
「謝ることじゃないからいいぞ。早い者勝ちならしょうがない」
春人があとからタレントのマスに止まったのだから美玖のせいではない。それでも少しは勿体ないと思い気落ちする。
「次はあたしだね。ここで良い職就くよ!」
「もうフラグにしか聞こえんのだよな」
「そこうるさいよ!いくよーーーそれっ……二、あ、まだ足りないや」
香奈のマスから二個進んだだけでは転職のエリアには届かない。「次だね次ー」と口ずさみながら駒を進める。
「えーと……今の職業が自分に会ってないと気づきフリーターになる……どうなってんのさ!」
これには春人含め皆失笑している。本当に期待を裏切らない。
「仲間だな香奈」
「いやだー!フリーターなんてやだー!」
「流石だよ香奈さん。次も期待してる」
「変な期待しないで!もう絶対いい職業に就いてやる!」
やけくそ気味に声を荒げる香奈。気合だけはこの場の誰よりも持っていた。
「私だね次は……六だね。うーと……プログラマーになれるか。うーん、私もこのままでいいかな」
美玖も転職は選ばないらしい。このターン大きな変化は香奈が職を失ったくらいで他の動きはなかった。
順番は琉莉に移る。
「私の番……八……あ、給料日」
琉莉が小さく声を零す。給料日まで進んだということは――。
「もうランクアップもないな」
「むっ、残念」
少しすねたように唇を尖らせる琉莉。マスの処理を終わらせ春人はルーレットに手を伸ばす。
「次こそ転職だ。ほっ……五……なんだ?活躍が認められランクアップ。フリーターならサラリーマンになる、よっしゃあぁぁぁっ」
春人は拳を握り喜びをかみしめる。これが職に就いた喜びかと。
「やっと俺もちゃんとした職に就いたぞ。これで安心だな」
「兄さんにしては頑張ったんじゃないかな」
「褒めるならちゃんと褒めてくれていいんだぞ」
「よかったね春人君就職できて」
「あーっ、あたしだけフリーターっ!」
皆の祝福や絶叫を聞きながら春人はうきうきとサラリーマンの内容について調べる。
「いったいいくらもらえるんだろうなー……給料八千ドル……え?八千ドル?」
春人は内容の理解が追い付かず目が点になる。
「下手したらフリーターより少ないんだけど」
「でも安定してもらえるんだよね?フリーターよりはいいんじゃない?」
「まあ、確かに……なんかサラリーマンの闇を感じる」
「安定はしてるけど低月給。おまけにサービス残業当たり前のブラックてきな?」
「やめろ。現実の未来まで暗くなるわ」
琉莉の言葉が心に突き刺さる。現実でもこんなことになるのかと思うと気が滅入る。
「春人が職に就いたのにあたしがフリーターは納得できない。ここであたしも就職してみせる」
「だからフラグ――」
「うるさいっ、回すよ……八……医者になれる。給料二万五千ドル!?なる!あたし医者になります!」
大きく手を上げ宣言する。そのまま給料日マスまで進み給料を受け取る。
「わー、すごい、すごいよ美玖!」
「ふふふ、よかったね香奈。いい職業に就けて」
「うん!医者なんてもう勝ち組でしょ。あたしの人生勝った!」
医者という職業がえらく気にいったらしい。香奈は機嫌よく鼻歌を口ずさみ始めた。
「次私いくね……一か……あれこれ」
美玖は駒を動かしていた手を止める。驚いたように目を開けていた。
「タレントのマスってことは私ランクアップできる?」
「おっ、すごっよく止まったな」
春人は思わず声が漏れる。就てる職業のマスにまた止まるなどそうそうないだろう。
マスの内容に従い美玖のタレントがランクアップした。給料はなんとルーレットの出た数×一万ドルだ。
「一が出ても俺より多い……」
「格差社会だね兄さん」
同情するような視線が妹から向けられる。
「あはは、運が良かったね」
落ち込んでいる春人を見て美玖は頬を掻き苦笑する。こればかりはゲームなので仕方ない。
「私の番。兄さんの仇は討ってあげる」
「いや仇って誰だよ」
くるくるとルーレットが回り数を示す。
「二だね……選挙に立候補二万ドル払う。政治家なら更に三万ドル払う……なんでこんなピンポイントで」
マスを睨むように琉莉は目を細める。政治家の琉莉が一番損をするマスだ。
「ついてないね琉莉」
「政治家だから多く払うなんて不公平」
「まあねーでもしょうがないって」
むくれる琉莉をあやすように香奈がよしよしと頭を撫でる。
「さて俺か……十だ。えーとまず給料を貰ってっと……おお、ロトくじに当たる。八万ドル貰う!?」
思わず声が大きくなる。だがそれも仕方ない。春人の給料の十倍の金額だ。
「マジか。やった」
思わぬ収入で懐が大分潤った。
「よかったね春人。ずっとフリーターで頑張ってたご褒美じゃない」
「自分は医者になったからってなんか余裕だな」
「まあねー。さてさて次はどんなマスに止まるかなー……一かー………………」
視線を固定したまま香奈の動きが完全に止まる。どうしたと皆が不審に思う。
「なんだよ?いったいどんなマスに止まったんだ?」
香奈のマスに目をやる。そこに書いてあった内容は――。
「えーと、職を捨て旅に出る……フリーターになる。うわぁ……」
何とも残酷なマスに止まった。美玖と琉莉も言葉が出ず黙り込んでいる。しばらくの沈黙ののち、香奈がうがーっと両手を上げる。
「何してんの人生ゲームのあたしぃっ!」
頭を抱えわーわーっと喚く香奈。
「旅ってなに!?医者の仕事捨ててまですることか!」
激しくそうつっこむとそのまま机に突っ伏す。一瞬にして天国と地獄を体験した香奈。
「う~あんまりだよ~」
「えーと……香奈元気出して、ね」
あまりにひどい有様に美玖もかける言葉に困る。
これが人生ゲームでよかった。現実なら目も当てられない。




