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33話 男子の家に来たらやることは一つでしょ

 春人の家は学校から徒歩でいける範囲にある一軒家だ。二階建ての家は壁も綺麗で最近の家といったデザインから新築なのが見受けられる。


「ここが春人と琉莉の家かー。立派な家だね」


「同級生に家を褒められるとは思わなかったな」


「でも本当にいいと思うよ」


「言葉を疑ってるわけじゃないよ。ただこんな会話するなんて思わんだろ」


 香奈は「あはは、確かに」と笑いながら興味深そうに家を眺めていた。


「暑いしささっと入ろうか。ほら、皆入って」


 春人は玄関の鍵を開けると皆を家の中に招き入れる。「お邪魔します」と美玖と香奈が入り後ろから琉莉も続く。靴を脱ぎ綺麗に並べて置く二人を春人はリビングまで案内する。


「今エアコン入れたからしばらく暑いの我慢してくれ」


「うん、ありがとう春人君」


「いやーほんと外暑かったねー」


 足を揃えて行儀よくソファに座る美玖と手で顔を仰ぎながら制服のシャツの首元をパタパタとさせ足を投げ出す香奈。なんとも対極的な二人だ。


「お茶用意するから待ってて」


「あ、お構いなく」


「兄さん私も手伝う」


 キッチンへと向かう春人へ美玖がそう声をかけ、とことこと琉莉がついていく。


「さて……それでなんのつもりだ?」


 二人から死角となったところで春人は琉莉へ訝し気な視線を送る。


「はて?何のことやら」


「とぼけんな。そもそもお前が一緒に帰ろうって教室に来た時からおかしいと思ってんだよこっちは。絶対普段やらんことだしな」


 一緒に帰りたいなんてそんな可愛いことを言ってくる妹ではない。何か裏があると春人は思っていた。


「一緒に帰るとかは確かにその場の思い付きだけどね。なんかお兄が面白そうな話してる気がして来てみたら案の定って感じ」


「気がしてってエスパーかよお前」


「面白そうなことには鼻が利くからね。より面白くなりそうな方に誘導してみた」


「それでなんで家なんだよ。他になかったのか」


「その他にが思い浮かばなかったお兄に言われたくないね。それにねお兄、これはお兄にも嬉しいシチュエーションのはずだよ」


 にひっと悪そうな笑みを作りながら琉莉は得意げに胸を張る。


「美玖さんが家にいるんだよ?それだけでいろいろ捗らない?」


「捗るって何がだよ」


「え?それ言わせる?妹にそれ言わせる?」


「……いやいい。ろくでもないこと考えてるってことはわかった」


 にやにやとこちらを見てくる琉莉を見てればいやでも理解できる。


 お茶の用意もでき春人はリビングへと戻る。それぞれに配り終わると琉莉を含め机を囲って座る。お茶を口にふくみ喉を潤わせ春人は口を開く。


「それで何するかだな。家に来たはいいけど結局これが問題なんだけど」


「はい!はーい!」


「どうした香奈?」


「春人の部屋見たい!」


「却下」


 何を言い出すかと思えば春人が懸念していたことを早速言い出した。問答無用で切り捨てる。


「そんな食い気味に言わなくても」


「誰かは言い出しそうだと思ってたからな。早めに潰しておかないと」


「そんなこと言って見られて困るようなものでもあるのかなー?」


 楽しそうに顔を寄せてくる香奈。揶揄って面白がっているのがよくわかる。


「美玖も見たいよね春人の部屋」


「うーん、見たいことは見たいけど無理やりはちょっと、私も急に自分の部屋見たいって言われたら困るし」


「ほれ見ろ。美玖を見習って大人しくしてろ」


 常識的な美玖に救われて春人はほっと胸を撫でおろす。これで美玖までみたいなど言い出したら流石に止められる気がしなかった。


「ちぇー、折角だから春人の性癖でも暴いてやろうと思ったのに」


「お前何気に怖いこと考えてんな」


「ん?その反応やっぱり見られて困るものでもあると」


 再び身を乗り出し春人へ顔を寄せる。本当に楽しそうに目をキラキラと輝かせてる。


「期待してるとこ悪いけど兄さんそういうの持ってないよ」


「え、そうなの」


「うん、ごめんねつまらない兄さんで」


「おい待て、なんでお前が知ってんだ」


「兄妹だし」


「その一言で納得できると思うなよ。お前また人の部屋勝手に入ったな」


「勝手にじゃないよ。いつもお母さんに言うし。兄さんの部屋掃除してあげるって言えばお母さんもえらいねって言ってくれる」


「こぉぉぉわっ!お前ほんとこわっ!母さんも母さんだけど!」


 私欲のために春人の部屋に入るのにしっかりとした理由を付け自分の評価まで上げる。恐ろしすぎる琉莉に春人は恐怖を覚える。


「だからね。兄さんの部屋いくら探してもないんだよ香奈さん」


「なーんだ、現役男子高校生としてどうなの春人」


「なんで俺が悪いみたいに言われてんだよ。俺に非はないからな」


「でも男子ならそういうの持ってて普通じゃないの?」


「俺たちのことなんだと思ってんだよ。どっちかというと持ってる方が少ないんじゃないか?」


「そうなの?いつも教室で馬鹿みたいに話してるの聞くから誰でも持ってると思ってた」


 意外といった様子で香奈が目を瞬かせる。


(そういう話やっぱり女子にも聞こえてるんだな……今後は注意しよう)


 周りを気にせず話しているものもいれば、教室の隅で小さく集まってこっそり話しているものもいる。春人は後者だ。今後はもっと慎重になろうと思う。


「となるとどうしようか。一番の目的がいきなりなくなったよ」


「そんなの初っ端からなくなって正解だ」


「ごめんね香奈さん。兄さんのせいで」


「ううん、いいんだよ。半分冗談だし」


「このままじゃ悪いしこれ」


 琉莉が背後から板状のものを取り出すと机に置く。


「これは?」


「兄さんの昔のアルバム」


「ちょっっっと待てぇぇぇっ!」


 出されたアルバムを掴み取ろうとし琉莉にひょいっと避けられる。


「お前いつの間にそんなもん用意した」


「家に帰ってきてすぐ。必要になると思って」


「無駄なところで気が利くな!もっと他に気を回してくれ!」


 当然のように言う琉莉に春人は頭が痛くなってきた。次から次へと問題を持ってくる。

 そしてこんな面白そうなものが出てきたら食いつかないわけがない。


「え!見たい!見せて見せて!」


「これはちょっと見たいかも」


 香奈に美玖までもが興味津々に琉莉が持つアルバムに目を奪われている。


「ほら兄さん皆期待してるよ」


 この空気を壊す気かと脅すように琉莉が視線を向けてくる。春人は頬を引きつかせ諦めたようにため息をつく。


「わかったよ。見ればいいだろ」


「おお!いいの春人?」


「もう止めるのも疲れた。見られてもそんな困らんし……多分」


 言いながら少し不安になる。どんな写真が入っているか詳しく覚えてはいない。


「というか琉莉もいいのか?俺のアルバムとはいえ少なからずお前も映ってるだろ。見られて困るのがあるかもしれんぞ」


「ん?そういうのは事前に抜いといたから大丈夫だよ」


「ほんっとにぬかりねえな」


 最早感心するレベルである。


「さてさてー、本人の許可も下りたところで見ていこうか」


 うきうきと香奈が早速アルバムのページをめくる。最初のページに入っていたのは春人が赤ん坊のころの写真だ。


「わー可愛いぃ!春人可愛いぃ!」


「ほんと春人君可愛い。見て。手すごく小さい」


 楽しそうにきゃーきゃーと盛り上がる女子たち。そんな女子二人を見ている春人の心境はというと――。


(やめて!はずい!すごい恥ずかしいんだけどぉっ!)


 恥かしさで身悶えていた。赤ん坊のころの写真を見た感想なんてどこも同じだろうがいざ自分の立場となると恥ずかしさがこみ上げてくる。


「これとかも見てよ。春人顔めっちゃ汚してる」


「ご飯食べてるのかな?あー可愛いなー」


 春人の内心など知る由もない二人から着実にダメージが蓄積されていく。なんとかこの恥ずかしさに耐えていると隣から肩を突かれる。振り向くとなんとも憎たらしくにやーーーっと笑みを作る妹の顔があった。


(くっそ腹立つなこいつ)


 この状況を今一番楽しんでいるのは間違いなく琉莉だろう。春人が恥ずかしさで苦しんでいる姿を見て愉悦を感じている。


「あ、これ」


 ふと美玖が声を漏らす。一枚の写真になぜか興味を惹かれているらしい。

 いったい何を見つけたのかとアルバムを覗き込むと春人は目を見開き動きを止める。


 見ている写真はごく普通の写真だ。中学くらいの少年たちが集まっている写真。皆同じ服を着ている。


「これって部活の写真?サッカーボールがあるし春人君サッカー部だった?」


「……ああ、そうだな。中学の時のだな」


 春人は無意識に胸を押さえる。鼓動が無駄に早くなっているのが手に伝わる。


(落ち着け美玖たちの前だぞ)


 自分に言い聞かせるように春人は何度も繰り返す。


「そうなんだ春人君運動神経いいしきっとうまかったん――」


「美玖さんこっちも見て」


 美玖の言葉を遮るように琉莉が割り込む。別の写真を指さしながら言葉を続ける。


「この兄さんかき氷食べ過ぎて頭痛くなってるの」


「あはは、ほんとだ。春人すごい顔してる」


「ふふふ、ほんとだね」


 美玖たちの興味が別の写真に移った。琉莉の行動を不審に思った様子もない。春人はほっとしソファの背もたれに身体を預ける。汗もかいていたのか背中に汗で服が張り付く嫌な感触が伝わってくる。


 不快感に少し眉を歪ませていると琉莉が耳元に顔を寄せてくる。


「あの……ごめんお兄見落としてた」


 琉莉は眉尻を下げてすごく申し訳なさそうにしている。先ほどとは打って変わってしおらしい態度に春人はつい苦笑する。


「気にしなくていいぞ。むしろ話逸らしてくれて助かった」


「うん。それでもごめん」


 随分と気にしているらしい。琉莉としても想定外だったのだろう。


「俺の問題だしな。こんなの誰も悪いわけじゃないよ」


 アルバムを出してきたのは琉莉だがだからといって春人にそこを責める気はない。もちろん何も知らない美玖に悪気があるわけもない。全部春人の問題なのだ。


 それでも浮かない顔をしている琉莉を春人は優しく頭を撫でてやる。


「ちょっと子ども扱い……」


「やめるか?」


「……いやいい」


 借りてきた猫のようにおとなしい琉莉に春人の顔も緩む。不服そうに唇を尖らせてはいるが満更ではない様子だ。


 そしてそんな微笑ましい兄妹のやり取りをじーっと見ているものがいた。


「やっぱり仲いいじゃん」


 ジト目で春人たちを観察する香奈。美玖もにこにこと笑みを作っている。


「琉莉ちゃんお兄ちゃん大好きだよね。なんだか見てるこっちまで幸せになっちゃう」


 揶揄うなどそんな悪気の無い誠実な言葉だ。美玖からは琉莉がそんな風に見えているのだろう。


「え……や、え……」


 珍しく琉莉が人前で動揺を見せる。顔も茹だったように赤くなり口を震わせる。


「あ、や、お兄どいてっ!」


「ぶふっ!?」


 琉莉の拳が春人の顎を直撃する。いい感じにクリーンヒットした一撃に春人は後方へと倒れ込む。ついでのように頭も床にしたたかに打ち一瞬意識が飛びかける。


「いっつぅぅぅっ……お前なにしやがる」


「う、うっ、うるさいっ!ばかっ兄さんのバカッ!」


 赤くなった顔を手で隠しながら春人に罵声を浴びせる。だがいつものような覇気はない。照れ隠しに言っていることが丸わかりだ。


「照れてる琉莉可愛いっ!ほらほら撫でてあげるからおいで!」


「いい放っといて」


 両手を広げて迎え入れようとする香奈に琉莉はいつも通りの口調で拒否する。


「ちぇー、やっぱりお兄ちゃんのなでなでじゃないとだめなのか」


「……ッ!」


 少し治まってきていたが再び顔が赤くなっていく。見られないように顔を逸らせると床に仰向けになっている春人と目が合う。


 キッと睨まれるがそんな顔されても困る。


「落ち着け妹よ。よかったじゃないか新しい属性がついて」


 ブラコン属性を獲得した琉莉に春人が温かく見守る様に視線を向ける。


「う~覚えてろお兄ぃ」


 歯を食いしばり悔し気に小さく呟く。しばらくこのネタで琉莉はいじられることになった。

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