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32話 テスト終了後の教室なんてどこもこんな感じでしょ

 張りつめた様な声を出すのも憚られる空気が教室内を支配する。今教室で視線が真っ直ぐ正面を向いている生徒はどこにもいない。全員が机に視線を落としている。だが五十分の静寂は突如終わりを迎えた。スピーカーから流れるチャイムが生徒たちのどこか硬かった表情を和らげる。


「はーい、しゅーりょー。答案用紙後ろから集めてー」


 教壇に立つ担任の声に少しずつ生徒たちの緊張が和らぐ。


「やっっっと終わったーーー!」


 そして一人の生徒の声が起爆剤となり一気に教室内が騒がしくなった。


「んー、テストもこれで全部終わったな」


 春人は腕を上げて伸びをしながら大きく息は吐き、周りの生徒たちの騒ぎように苦笑する。

 今日で夏休み前のテストは終わりになる。皆のテンションの爆上げ具合にも納得できる。


 担任の先生も少々呆れながら集まってきた答案用紙の枚数を数え終わると「特に話すこともないから今日はもうかいさーん」と何人が聞いていたかわからないがそのまま教室を出て行ってしまった。

 いいのか、と春人は思ったが教室の現状を見ても誰も気にするようなものはいなかった。


 さっさと教室を出て行く者。残って仲のいいメンバーで話している者様々である。

 春人も残る意味もなかったので前者の生徒に倣い席を立つ。


「それじゃあ、帰るわ美玖」


 隣の席に座る美玖に一応挨拶だけしておく。そのまま廊下に続く扉に向かおうとすると美玖に呼び止められる。


「あ、ちょっと春人君」


「ん?」


 歩みを止め振り返る。


「今日さ香奈とこの後遊びに行くんだけど春人君もどう?」


「え」


 予想外の言葉に春人は驚きで言葉を失う。しばらく固まっていると迷惑に感じているとでも思ったのか美玖が申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「用事でもあった?ならごめんね呼び止めて」


「いやそうじゃなくて……用事とかはない……俺も行っていいのか?」


 女子メンバーで遊びに行く中に混ざるのは春人にとってハードルが高かった。つい尻込みしてしまう。


 そんな春人の内心を見透かしたわけではないだろうが美玖がおかしそうに笑う。


「私が誘ってるのにダメなわけないでしょ」


「それはそうだが……」


「それとも私たちと遊ぶのいや?」


「まさか。嫌なんてことはないが多少は気にするよなやっぱり」


「気にするって?」


 言ってる意味がわからないと美玖が首を傾げる。


「ほら何て言うか……女子の集まりに男子が入るのって俺にとってはレベルが高い」


 なにか言ってて惨めになってくる。これが陰キャ精神なのかと春人は唇を噛む。

 そんな春人に美玖がぽかーんと口を開ける。


「今更?」


「え?」


「だって前に私とパンケーキ食べに行ったし、この前だって香奈を含めて一緒にご飯食べたでしょ?」


「確かにそうだが」


 それとはまた違うんだよと春人は内心で声を上げる。


(パンケーキの時は琉莉いたし、一緒にご飯も昼休みの昼食だからなー。ちょーーーと違うんだよなー)


 今回のことと同列に並べるのは春人としては疑問だった。だからといって春人も行きたくないというわけでもないわけで……。


「まあ、そうだよな。いいぞ」


 少々気後れするが春人は自身の心に素直になる。女子と遊びに行けるなら男子高校生としてはこんなに嬉しいことはないのだ。


 春人の返事に美玖は嬉しそうに表情を綻ばす。


「そっかー、ならよかった」


 春人も釣られ頬が緩む。この笑顔が見れただけでもう満足していた。


「美玖ー、お待たせー」


 話し込んでいると香奈が駆け寄ってくる。

 香奈は春人に視線を向けると何かを察したようにはっと目を開く。


「おう?春人も一緒に遊ぶの?」


「おお、美玖に誘われてな。いいか?」


「もちろんだよ!」


 香奈も特に不満もないのか笑顔で歓迎してくれる。これほど快く歓迎してくれると春人は先ほどまで考えていた懸念がバカらしくなってきた。


「なにを臆病になってたんだろうな」


「んー?どしたー?」


「香奈たちは優しいなって思って」


「お、おお?ほんとにどうした急に褒めるじゃん」


 意表をつかれた香奈が少し顔を赤くする。照れているのがその反応から見受けられる。そんな香奈は照れを誤魔化すように笑いながら言葉を続ける。


「なるほどねー。春人は天然たらしだね。これに美玖もやられたのか」


「ちょっと勝手に人を巻き込まないでよ」


 香奈の照れ隠しに巻き込まれ美玖が不服そうに顔を顰める。


「それでいったいどこに行くんだ?」


 遊びに誘われたがどこに行くかまではまだ聞いていない。女子はいったいどこで遊ぶのだろうかと少し返答に期待していた。


「あーとね、まだ決めてないんだ」


「そうなのか?」


「遊ぼうって言ったのも今日の朝急に香奈が言い出したことだからね。場所までは決めてないの」


「そういうわけで春人。どっかない?」


「どっかと言われてもな……」


 急な無茶ぶりに春人も困るが一応考える。


(三人で遊べる場所か……身体が動かせるようなところがいいのか……いや女子は汗かくのはいやかもな)


 女子と遊んだ記憶が皆無の春人にとって結構難しい内容だった。うーんっと眉間に皴を作りながら真剣な面持ちで考えを巡らせる。


「なら家に来たら?」


「うをぉっ!?」


 突然背後から聞こえた声に春人は声を上ずらせる。


「は?へ?……なんだよ琉莉。お前いつの間にいたんだ」


 春人が振り向くとそこには眠たげに目尻を下げた琉莉が立っていた。


「なんか遊ぶ場所まだ決めてないとか言ってたあたりから」


「声かけろよ」


「兄さんびっくりすると思って」


 ふふふと笑みを零す琉莉。そんな楽し気な琉莉に春人は奥歯を噛み不快感を露にする。


「それで?何の用だよ」


「一緒に帰ろうと呼びに来てあげた妹に対してひどい扱い」


「もう少し可愛げがあれば俺も態度は違うだろうけどな」


「こんなに可愛い妹を捕まえて他に何を望むと」


「可愛いか……ふっ」


「兄さんなんで今鼻で笑ったの?」


 美玖たちの手前琉莉のつっこみもいつものような過激さがない。学校で猫をかぶり続けている琉莉の弱点だ。その証拠に春人の背中で美玖たちに死角になってるところでは琉莉は悔しそうに顔を歪ませている。


「ほー……仲いいねお二人」


 絶賛口喧嘩を繰り広げている春人たちに香奈が感心したように目を丸くする。


「この状況のどこが仲いいように見えんだよ」


「えー仲いいでしょ。仲良さそうにじゃれ合って」


「これがじゃれ合ってると?」


「そうでしょ」


 確信にも近い自信満々に言い切る香奈。春人は琉莉と視線を合わせお互いに苦虫を噛んだように眉根を寄せる。


「いやない」


「ないよ」


 二人の声が重なる。息の合い具合に香奈がお腹を押さえて笑う。


「あははっ、ほら仲良し」


「だから違うって」


「そうだよ香奈さん。私たちは普通くらい」


「あははっ、普通ってなに?あははっ」


 なにか壺にでも入ったのか香奈が止まる様子はない。


「話が進まねえ」


 春人は爆笑している香奈を見てため息をつき、現状香奈よりも話が通じそうな美玖へ視線を向ける。


「それでどうする?俺が思いつく場所なんてボウリングとかなんだけど」


「え?春人君の家じゃないの?」


「……マジで?」


 まさか本気にしていたとはと春人は頭を押さえる。美玖の言葉を聞き琉莉が口角を少し引き上げる。


「ほら、美玖さんもそのつもりだよ」


「お前はまた余計なことを」


「優柔不断の兄さんのために言ってあげたんだからむしろ感謝してほしい。それとも家に招いて困ることでもあるの?」


「そんなことは特にないが」


「ならいいよね」


 何も問題ないだろうと念押ししてくる琉莉。そもそもなんでこんなに家に招き入れたいのかと春人は不審がるが琉莉の考えがわかるわけでもなく渋々春人も了承する。


「わかったよ。家来るかじゃあ」


「おーいいね!行こう行こう!」


 香奈が元気に拳を突き上げ場を盛り上げる。美玖と琉莉はのりのりで一緒に拳を上げていたが春人は弱々しく少し上げた。


(まさかこんなことになるとは……リビングでいいよな、もし部屋とか入りたいって言ったらどうしよう……掃除しとけばよかった)


 意気揚々と教室を出て行こうとする美玖たちの背中を追うようについていく。家に帰るのがこれほど憂鬱なことは初めてだった。

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