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30話 普段なら喜ぶ体育の授業も時に億劫に感じる

「あ~~~~~~」


 教室に着くなり春人は机に突っ伏し盛大にため息を漏らす。全身の力は脱力しもう動く気力もないといった感じだ。


「どうしたの春人君?」


 春人の疲れ切った様子に隣に座る美玖が不思議そうに視線を送る。


「ああ、ちょっと迷子のお守……?してたら疲れて」


「迷子?子供の面倒見てあげたの?えらいね春人君」


「ははは、まあ、そんなとこ」


 おそらく美玖の想像とは違うが説明する気力もない春人は渇いた笑いを漏らす。


 くるみと出会ったあとことごとく道を間違えるものだから春人は仕方なく一緒に登校することに決めた。だがそれがあまかった。少し目を離すと全く違う道に進もうとし何もない場所で何度も転びかける。


 ずっと気を張った状態でいつもの数倍の時間を掛けて春人は学校に登校した。

 今はそんな精神をすり減らした春人がやっと休める時間だ。


(もうこのまま一時間目寝てたい)


 そうでもしなければ回復できないとゲル状になりそうな勢いでだらける。


「おう?春人朝からお疲れだね」


 瞼を瞑ろうとしたところでまた別の声が聞こえてくる。


「……香奈か。どうした?」


「いや、どうしたはこっちのセリフだけど。なんでそんな疲れ切ってんの?」


「疲れて口も動かしたくないから悪いが美玖に聞いてくれ」


 申し訳ない――という気持ちも出てこないくらい春人は疲れていた。右手だけは軽く上げて美玖へと促す。


「なんなんいったい?」


「なんか迷子を助けたらしいよ。えらいよね」


「へー、そんなことが。やるねー春人。それにしても疲れすぎてる気がするけど」


 感心したような視線を向ける香奈はもはや微動だにしない春人の腕を楽し気に突く。だが何の反応も示さない春人に次第に飽きてきて香奈の興味は違う話題に移る。


「そういえば聞いたあの噂?」


「噂って?」


 美玖が何のことかと問い返すと香奈が両手を胸辺りまで上げてぶらんと手首の力を抜く。


「出るらしいよ~。夜になると」


「出るって……え、まさか幽霊?」


「そっ、二年生の先輩が見たんだって、なんでも部活で遅くなって帰ろうとしたところに廊下の奥から物音がするらしいの」


 香奈は雰囲気を出すために少し声量を押さえ気持ち低い声を出す。


「サーサーサーサー。何かを引きずるような音がこっちに近づいてくるの。先輩たちは怖くてその場から動けず音だけが次第に大きくなる。そして見たの――地面を這うこの世のものとは思えない何かを!」


 言葉と同時に香奈は大きく腕を上げて美玖を驚かす。

 だが美玖は至って驚いた様子はなく腕を上げる香奈をただ見上げている。


「あれ?怖くなかった?」


 反応の薄さに香奈は拍子抜けしてしまう。傍から見ると両手を上げた何とも間抜けな姿を晒していた。まるでアライグマの威嚇のポーズだ。


「……怖くない」


「んー、おっかしいなー。さっき他の子にやったときは結構評判良かったのに」


 不満げに腕を組んで頬を膨らます香奈。そんな香奈を見ても美玖には目立った反応がない。

 首だけ曲げて様子を見ていた春人は少々不思議に思う。


(なんか美玖の様子がおかしいような……気のせいか?)


 普段ならもう少し話に合わせて盛り上がってそうだが……表情も何となく強張っているように見えなくもない。

 観察を続けていると美玖が先ほどの幽霊について質問する。


「それでその幽霊はどうなったの?」


「えーとね。先輩たちその場で気絶しちゃったらしくてどうなったかはわからないって」


「そうなんだ」


「最初はただの見間違えって話だったんだけど、その後も何人かの生徒が見てるみたいでもう今はその噂で学校中持ちきりだよ」


「その割には私知らなかったけど」


「主に二年の先輩でだね。これから広まっていくよ」


「学校中とは?」


 大げさに話を盛っていた香奈にジト目を向ける美玖。


「なんで香奈はその話知ってたの?」


「私は生徒会の人間だからね。こういう話はすぐに耳に入るの。幽霊出るからなんとかしてって」


「それって生徒会の仕事?」


「学校や生徒たちのために動くのが生徒会ならそうなるのかな?」


 香奈もあまりわかっていないのか頭に疑問符を浮かべている。普段生徒会が何をしているのかなんて知らないがそんな除霊みたいな依頼までくるとは……結構ブラックな仕事なのかもしれない。


「他にも、旧校舎にはいつも鍵がかかってる女子トイレがあるとか、第二実験室の人体模型の足がよく取れてるとか」


「後半の整備不良だろ」


「お、春人復活?」


 しばらくぼーっとしてたお陰で大分体調も回復した。上体を起こして、んーっと背伸びする。


「大分よくなったわ。これなら一時間目から大丈夫そう」


 首を左右に振り首筋の筋肉も伸ばす春人。そんな春人に美玖が声をかける。


「それならよかったね。でも早くしないと間に合わないかも」


「間に合わないって何がだ?」


「一時間目体育だよ」


 きょとんと固まる春人。教室に来たときはそんな余裕もなかったが確かに美玖をはじめ周りには体操服を着た生徒しかいない。


「まじか……」


 落胆の声が漏れだす。折角一時間目から頑張れそうだったのによりにもよって体育とは……。


「………」


 一瞬休もうかと考えたが春人は静かに席を立つ。自分でも休む理由があまりにもばかばかしいと思い、重たい足を懸命に動かしながら春人は更衣室へと向かった。

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