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27話 人に教えるのは自分が思っている以上に難しかったりする

「ほんとーーーにっすみませんでしたぁぁぁっ!」


 両手を床につき額も床に叩きつける勢いで下げる谷川の姿がそこにはあった。――いわゆる土下座だ。


「ほー」


 春人は感心したように息を吐く。土下座を見るのは初めてだった。確かにこれは謝られている感がすごい。

 実際謝られているのは春人ではないのだが。


「………」


 謝られている本人の香奈は両手を組んで谷川の前で仁王立ちしている。見下ろすその目は今も尚冷めきっていた。


「何が悪かったか本当にわかってんの?」


「はいっ!自分の軽率な発言で水上様を傷つけました!すみませんでしたっ!」


 腹から出てるいい声で谷川は謝罪を口にする。

 ここまで見ると誠意は伝わってくる。謝罪を受ける側がどう捉えるかだが――。


「……はー」


 香奈は大きくため息をついて組んでいた両手を解く。


「わかった。もういいよ。ちゃんと反省はしたみたいだし」


「いいのか?」


 谷川はひょこっと顔だけを上げる。絵面がシュールすぎて春人は噴き出しそうになるが何とか耐える。


「だからいいって。……あたしもちょっときつく当たりすぎた感はあるし……だからもういい」


 香奈は気まずげに頬を掻いてそっぽを向く。


 とりあえず和解できたようで春人はほっとする。


「落ち着いたところで勉強を再開していこうか」


 少し暗くなってしまった空気を変えるためにも春人は早速本来の目的のために率先する。


「うん、そうだね。ごめんね二人ともあたしが誘ったのに勉強全然進んでないね」


「別に気にしなくていいぞ。ほとんど谷川のせいだし」


「私も気にしてないからいいよ……ありがとね香奈」


「?なんでお礼?」


「ううん、なんでも」


 にこっと笑顔を向けてくる美玖に香奈は不思議そうに首を傾げる。

 そんな二人のやり取りを春人は微笑ましく思いながら机に向かって歩く。


 席に着くとペンを片手に教科書に視線を落とす。どこまでやったか探す様に目を動かして止める。

 春人が勉強を再開したことで他の三人も席に着き始める。


 テスト期間だからだろうか学校には部活もないのにちょくちょく生徒の声が聞こえてくる。静寂にたまに混ざる雑音を聞きながら春人は静かに右手を動かす。


「えー、なにこれわっかんなーい」


 香奈が頭を抱えて顔を上げる。すると教科書を手に持ち春人へと掲げる。


「春人これ、この問題どう解くの?」


「ん?……あー了解、これはな――」


 春人はすぐに問題文を理解し香奈へ解き方を丁寧に説明する。その間、ほー、んー、へーなどこくこくと首を縦に揺らしながら相槌を入れる香奈は小動物のようで見てて飽きなかった。

 しばらく説明していると理解したのか香奈はぱっと顔を輝かせる。


「おー!わかった!春人教えるのうまいね!」


「偶然得意な問題だっただけだって。特別うまいってわけじゃないぞ」


「それでもあたしから見たら十分上手だよ。ありがとね!」


 お礼を口にすると香奈は再び教科書に向き合う。

 先ほどと打って変わって勉強は至って順調に進んでいる。


 すると香奈がまた、うーんっと唸りだししばらく考えたすえ申し訳なさそうに春人へと声をかける。


「あのさ、ごめん春人この問題も教えて」


 両手を合わせてこちらを窺うような視線を向けている。そんな香奈に春人はおかしそうに笑う。


「そんな気にしなくていいって。そのための勉強会なんだし」


 そんな春人の返答に安心したのか香奈は「そっか」と笑い教科書を見せる。すると、その様子を見ていた美玖が口を開く。


「香奈?私も教えれるから教えるよ?」


 真っ直ぐに透き通る瞳が香奈を捉え、香奈はばつが悪そうに頬を掻く。


「美玖の教え方はなんというか……なんかこうふわふわしててわかんなくて」


 香奈はどう言えばいいか悩んだらしく両手を身体の前でわしゃわしゃと動かしてどうにか説明しようとしている。


「ふわふわ……」


 想像しづらい表現に春人は一度口に出してみるが全くわからなかった。

 そんな香奈に美玖は少し恥ずかし気に視線を泳がせ弁明する。


「た、確かに私は教えるの下手だけどこの前よりはちゃんとできるはず!」


 気合を入れるように胸の間で拳を握る。そんな美玖に香奈は疑わしい視線を向ける。


「ほんとー?前教えてもらったときとそんな時間経ってないけど」


「大丈夫!ほら見せて!」


 やる気は十分に伝わる美玖に香奈も「なら」と教科書の問題を指さす。

 うんうんっと頷きながら美玖は問題文を読み解く。


「これはね。こうこっちの数字をえいって持ってきて、こことここをとうっとしてえいってやれば……ほら解けた!」


 春人はノートを覗く。美玖の成績の良さは知っているので間違っているとは思っていないが案の定答えはあっている。だが今は問題の答えなどは重要ではなく――。


「うん、ごめん、わかんない」


 香奈が機械の音声のように感情なく淡々と言葉を発する。

 香奈の言葉を聞いて美玖は「なんで!?」と驚いたように目を丸くする。


「どうして!?なにが不満なの!?」


「いや不満とかじゃなくてなんて言うか………………うん、正直に言って美玖教えるの下手だよね」


 なにか言い方でも考えてたのか長いこと悩んでいる素振りを見せていたが香奈はそれを放棄してストレートに言葉を発する。


「うっ……」


 これには美玖もダメージを受けたのか小さく呻く。


 春人もどうしたものかと二人のやり取りを眺めていた。事前に美玖から聞いていたが想像以上にあれだった。


 谷川もなにか気の利いたことでも言おうとしているのか先ほどからおろおろと目がその辺を行ったり来たりしている。


「わかった。ちょっと待って香奈、もっとわかりやすいように説明するから」


 美玖は再び教科書を見ながら真剣に考えを巡らせる。それでもやはり美玖の説明は壊滅的で――。


「うん、やっぱりわからん」


 無慈悲にも香奈はきっぱりと切り捨てる。これには流石に美玖も肩を落とし落ち込んでいた。


(これは……どうしたものかな)


 落ち込む美玖を視線に捉えながら春人は悩まし気に眉を顰める。


(正直想像以上に教えるの下手だな)


 春人から見ても美玖の教え方は下手だった。香奈が理解できないだけということではない。

 考えたすえ春人は美玖へ声をかける。


「美玖よかったら練習してみるか?なんというか……教え方の」


 落ち込む美玖を放っておくこともできない。


「教え方の練習?そんなことできるの?」


「俺も初めてだけど、まあやらないよりいいだろ」


「……わかった。やる」


 言うと美玖は席を立ち谷川の方へと近づく。


「ごめんね谷川君少し席交換して?」


「え、は、はいっ、さ桜井のお願いなら、どど、どうぞっ」


 美玖がお願いすると谷川はきょどりながらも何とか受け応える。急いで席を立ちその場所を美玖へと譲る。


「ありがとね」


 美玖が微笑むと谷川は見事なまでに鼻の下を伸ばしデレデレと身をよじらせている。


(これほどまでに顔に出てるといっそ清々しいな)


 隠す気がないのか本人は隠してるつもりなのかはわからないが谷川はそのまま先ほど美玖が座っていた席へと移る。その際隣に来た顔が緩み切った谷川に香奈が引き気味に顔を引きつらせていたのは仕方ないだろう。


「それじゃあよろしくね春人君」


「ああ、早速だが実際に俺に教えるようにやってみてくれ」


 春人は教科書の問題から一つ選ぶと美玖へ指し示す。美玖はじーっと問題を見るとノートに式を書きながら説明を始める。


「えーと……この二つの式……まずはこれとこれをこっちに移動させて――」


「ちょっとストップ」


 美玖の説明が始まってすぐに春人が止めに入る。


「この問題まずどうしてこれを移動させるのかな?」


「どうしてって……え?そういうものでしょ?」


「確かに美玖のやり方はあってるけど、わからない人はこの段階でわかってないんだと思う。教えるのならなぜこの部分を動かす必要があるのかも教えないと」


「なぜ動かす必要があるのか……言葉にすると難しい」


 美玖は眉間に力を入れ、うーんっと教科書とにらめっこを始めた。


 美玖は理屈とかで理解せず感覚で理解するタイプなのだろう。だから感覚的に自分がわかっている部分が人に教えられない。いわゆる天才資質なのかもしれない。


「まあ、焦らずいこう。時間はまだたっぷり残ってるしな」


「うん、ありがとう春人君」


 美玖は少し照れくさそうに笑うとお礼を口にする。


 二人のそんなやり取りを香奈と谷川は何気なく眺めていた。

 香奈は正面の春人たちの邪魔にならないように小声で話す。


「面倒見いいね春人って」


「妹がいるからなそれでじゃないか?」


「いるっていっても同じ年でしょ?」


「それでも妹ってだけで面倒は見たがるものだろ。俺だったらあんな可愛い妹絶対構う」


「……あんたが言うと犯罪臭がしてなんかやだ」


「どういう意味だよそれ!」


 そのまんまの意味だがと言うように香奈は顔を顰める。説明する必要があるかと。


「あんたの普段の行いを思い出してみ。きっとわかるから」


 ため息とともに零れる香奈の言葉を聞き谷川は、むむっと顎に手を置き考える。


「普段の俺なんて非の打ち所の無い好青年だろどこに問題が」


 至って真面目にいうものだから香奈はあんぐりと口を開け呆れる。


「……谷川そういうとこだよ……」


 香奈はもうかけるべき言葉が見つからなかった。呆れからかわいそうなものを見る目へと変わっていく。


 そんな香奈の言葉も谷川はよくわかっていないらしく疑問符を頭に浮かべる。

 きっと谷川が理解する頃には学校生活などとうに終わってしまっているだろう。

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