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26話 友達のために怒れる人を嫌いになんてならない

 しばらく香奈による谷川の尋問が続いていたので一旦休憩を入れ飲み物を買いに春人は美玖と教室を出た。


 ただここで春人は少し疑問に思う。


(いつもなら何かしら会話が始まるんだけど……美玖なんか考えてる?)


 廊下をしばらく歩いても美玖が口を開くことはない。横目に窺うと口をきゅっと結び何やら難し気な顔をしている。


 だがこのまま黙っているのもおかしいと感じた春人は隣に並ぶ美玖へ話しかける。


「香奈のやつやけに谷川に突っかかってたな」


 先ほどまでの香奈を思い出しながら春人は続ける。


「谷川の自業自得ではあるけどなんからしくなかったというか」


 普段は天真爛漫に笑顔を見せている香奈があそこまで怒った態度を表しているのは珍しい。

 春人の言葉を聞くと美玖が困ったように苦笑する。


「うーん、それはたぶん私のせいだと思う」


「美玖のせいって……なんで?」


 言ってる意味が理解できず春人は聞き返す。そんな春人に美玖は苦笑いをより引きつらせる。


「何て言いますか。ほら私ってさ、その……目立つでしょ?」


 眉尻を下げながら言い淀む美玖。だがそれで春人も言いたいことは伝わった。


「ああなるほど。“学校一可愛い女の子”だもんな」


 あえて強調して言ってみると美玖は少しむっと唇を尖らせる。


「ちょっとわざとやってるでしょ。私も気にはするからね」


「すまんすまん。それで、目立つからどうしたんだ?」


 軽く揶揄い場の空気を多少やわらげたところで春人は話を戻す。美玖は長い髪を揺らし一度春人にジト目を向けると気を取り直したように口を開く。


「高校に入学してからね、香奈は一番仲のいい友達なの。学校では一番話すしよく一緒にもいる。だから香奈には私のことですごく振り回しちゃったと思う」


 過去の記憶を思い出そうとするように美玖の目が少し細められる。


「香奈と話してると知らない男子がいきなり話に割り込んできたり、変な視線を向けられることもいっぱいあった。たぶんたくさん嫌な思いさせちゃったと思うんだ」


 “学校一可愛い女の子”それは美玖に対する学校の全生徒の共通認識だ。春人から見てもそれは変わらない。そんな美玖と少しでもお近づきになりたいと思う生徒は多い。

 美玖の話を聞く限り半ば強引に詰め寄ってきた生徒も多かっただろう。


 話している美玖の顔を春人は横目に窺う。真っ直ぐに正面を見ている横顔はいつもと変わらず凛としているように思えたが、だからこそいつも通りなところが今は無理をしているようにも思えた。


「香奈が私のために怒ってくれるのは私のせいなの。私が怒らないから、代わりに香奈が怒ってくれる。私が気にしてないって言ってもね」


 そこまで口にすると美玖は立ち止まる。春人も数歩歩いたところで止まると美玖は真っ直ぐに春人の目を見る。

 どこまでも真剣な眼差しに春人も自然と吸い寄せられる。


「だからね、香奈のこと嫌ったり嫌になったりしないでほしい。ただ友達想いのいい子なの」


 強く思いが込められているのか言葉にも熱がこもる。美玖がここまでいろいろと話をしてくれたのは初めてかもしれない。


(なんか思い詰めてると思ったらそういうことか)


 春人もその思いは伝わった。


「嫌いとかならないから。そもそも友達のために怒れる人を嫌う理由がないしな」


 春人は微笑みを浮かべる。お互いが友達のために必死になる姿はとても美しく思えた。そんな二人を誰が悪く思えるだろうか。


 春人の言葉に美玖は一瞬目を大きく開くと胸元で力強く握られていた右手を下ろす。どこかほっと安堵した美玖は小さく呟く。


「うん、そうだよね。春人君ならそう言うよね」


 声は春人には届かない自分に聞かせるように呟いた。

 そして美玖は満面の笑みを作ると今度ははっきりと口にする。


「ありがとね春人君」


「お礼なんていいって。俺だってきっと同じだから」


 仲のいい友達が誤解で嫌われそうになったら春人だって庇うだろう。それと同じことだ。


 それでも美玖は感謝の気持ちが溢れてくるのか嬉しそうににこにことし身体もゆらゆら左右に揺れている。


「あとは谷川君にもそれとなくフォロー入れとかないとね」


「ああ……いや、谷川の場合はあいつも悪いしそれを自覚もしてたみたいだからいいんじゃないか?」


「そうかな?」


「ああ、それにあいつは女子としゃべれてたぶん喜んでるから」


「そ、そうかな?」


 美玖がなんとも反応に困ったように苦笑する。それでも否定が返ってこなかったのは普段の谷川の醜態を目にしているからだろうか。


 そうこうしている内に春人たちは自販機までたどり着く。


「なににしようかなー……なんとなくコーヒーかな」


「私は甘いのにしよう。頭使うだろうし」


 美玖はミルクティーとココアの間で指を彷徨わせ、悩んだすえココアのボタンを押す。がこんっと落ちてきた缶を取り出し春人に場所を譲る。


「ココアもいいな」


 美玖が手に持ったココアの缶を見ながら春人は呟く。


 勉強するので頭をすっきりさせたいと思いコーヒーを選んだがいざ目の前で買われるとなぜか無性にココアが飲みたくなってきた。


 そんな優柔不断な春人へ美玖が声をかける。


「よかったら一口あげようか?」


「え、いや。いいよ流石に悪いし」


 春人の優柔不断さに付き合わせるわけにもいかず断るが美玖はくすすとおかしそうに笑う。


「いいよ一口くらい。それに春人君甘いの好きでしょ?」


「好きだけどさ」


「なら遠慮しないでいいよ。それでも悪いって思うならさっきのお礼ってことで」


「お礼って……俺何かしたっけ?」


「香奈のこと嫌いにならないでいてくれたお礼。いいでしょ?」


 首を可愛らしくこてっと傾ける美玖。春人は頭を掻きながら視線を少し逸らす。


(お礼を言われるようなことじゃなかったんだけどな。でも断るのもなー)


 春人は逸らした視線を戻す。あどけなさが残る美玖の顔からは先ほどと同じように嬉しさが溢れている。ここで断るのは逆に申し訳ない。


 春人は自販機にお金を投入すると指は迷うことなくコーヒーのボタンへと吸い寄せられる。


「それなら遠慮なく一口もらうよ」


「うん!」


 春人の言葉を聞くとまた嬉しそうに声を弾ませる。あまりの喜びように春人は苦笑し「戻るか」と教室の方へ足を向ける。


 教室に戻る際は行きと違いご機嫌な美玖がずっと言葉を続けている。驚くほどあっという間に教室につき扉を開く。

 最初に目に入ってきた光景に春人は「ん?」と首を傾げる。


「お前何してんの?」


「も、百瀬!おせえよ!さっさと帰って来いよ!」


 香奈と向かい合っていた谷川が春人を見るなり声を張る。挙動不審な彼に春人は眉を顰める。


「なんで膝抱えて震えてんだよ……そんなに香奈の説教怖かったのか?」


 冗談交じりにそういじると今度は香奈がむっとした表情で声を上げる。


「ちょっとあたしを何だと思ってんの。これは二人が出てって勝手にこうなったの」


「なんだそれ?谷川お前ついにおかしくなったのか?」


「ついにってなんだよっ。俺はいつも通りだぞっ」


「うん、いつも通りおかしいよねあんた」


「水上も俺のことなんだと思ってんだ!」


 香奈と言い合いを始める谷川。先ほどまでのおどおどした様子は消え去っていた。

 そこでふと春人は疑問を口にする。


「そういえば普通に女子としゃべれてんな。いつもはきょどって話に入っても来ないのに」


 普段の谷川ならこんなに女子と会話ができる状態ではない。見た目に反して恥ずかしがり屋で小心者の谷川は女子を前にすると挙動不審になる。――春人たちが教室に戻ってきたときの姿がまんまいつもの谷川だ。


「あーそれは」


 谷川は一瞬美玖の方に視線を向けるとさっとすぐに外す。


「桜井が近くにいるから他の女子はなんか気にせず話せるというか…………そう!あれだ!より高価なものの前では他は霞む的な!いやー納得だわー」


 わからなかったことが理解できたとすっきりしたような顔を作りながら腕を組みうんうんと頷く谷川。


 そんな谷川へ春人は引きつった顔を向ける。


(いやお前……それを口に出すか普通……そんなことしたら――)


 春人はこの後に発生するであろうことを懸念しなにか対策を講じようとしたがそれは遅かった。


「どういう意味よそれっ!」


 顔を真っ赤にし鬼のような形相の香奈が机を叩き立ち上がる。それを目にして「をお!?なんだよ!?」と谷川は身構える。

 なぜ怒っているのかわからないと言った様子の谷川に春人は呆れて目を細める。


「こいつマジで言ってんのか」


「うーん、流石にちょっとねー」


 隣にいる美玖も困ったように苦笑いを浮かべている。


 結局また香奈による説教が始まり谷川が泣いて謝りだすまで続いた。

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