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25話 そんなんだからエロい目で見られるんだよ

 放課後になり生徒が帰っていった教室内に四人の生徒が残っていた。机を向き合わせながら教科書にノートを広げている。


「それじゃあ勉強始めようか」


 香奈はシャープペンを指先で器用に回しながら隣に座る美玖から順に春人、谷川へと視線を巡らせる。


「よーしっ、気合入れていこうぜっ!」


 それに応えるように谷川が拳を突き上げながら叫ぶ。


「気合の入れようはわかったからあんた絶対邪魔とかしないでよ」


「しねえよそんなこと。今日は勉強会なんだろ?」


「そう。静かにできるって言うから一緒に入れてあげたんだから大人しくしてること。わかった?」


 香奈は人差し指を立て谷川に言い聞かせる。そんな香奈の物言いに谷川は唇を尖らせる。


「そんな犬みたいに扱わなくても」


 不満を口にしていると美玖が話に割って入る。


「まあまあ、谷川君もわかってるみたいだし香奈もその辺で」


 苦笑いを浮かべる美玖に香奈もわかってるといった様子で肩を竦める。


「わかったよ。でもうるさくなり始めたら追い出すから」


 納得はしつつも一応の忠告も入れる。香奈が谷川に向かってのものだったが当の谷川は美玖へ熱い眼差しを送っていた。


「桜井……俺のために……」


 その目はとてもきらきらとしていて谷川じゃなければ素直に綺麗だと思えただろう。


「あんた本当にわかってるの?」


 香奈が疑うようにじとーっと視線を向ける。


「まあ香奈、こいつのこういったところはいつものことだから。今からそんな調子じゃ持たないぞ」


「それはそうだろうけどさ……」


「気持ちもわかるけどな。こいつが大人しくしてる想像がつかんし」


 先ほどからの香奈の谷川への対応からもわかるように春人も危惧はしている。日ごろからいろいろとうるさい谷川はクラスでもお調子者のレッテルが貼られている。そんな谷川に勉強会ほど似合わない言葉もない。


「あー春人だけだよあたしの味方は」


 ため息のように声を漏らしながら香奈は机に突っ伏す。まだ始まってもないのにお疲れのご様子だ。


「とりあえず始めようぜ。どうやってやってく?」


「うーん、各自自分の勉強進めてもらえればいいかな。わからないところがあれば各々わかる人に教えてもらうって形で」


 香奈が人差し指を顎に当てながら勉強会の方法について説明する。特に反対の言葉もなかったのでこの流れで勉強会が始まった。


 しばらく教室にペンとノートが擦れる音が響く。時折ノートをめくるぺらぺらといった音が変化をあたえてくれ心地よく聞こえてくる。ただでさえ少ない人数で教室が広く感じるのにここだけ別世界のように奇妙な感覚になる。


 どれほど教科書と向き合っていただろうか。隣に座る谷川が声を漏らす。


「ん~~~、百瀬、ここなんでこんな答えになるんだ?」


 谷川が教科書に書かれた問題をペン先でつつきながら春人に話しかける。春人は動かしていた手を止め隣へ顔を向ける。


「どれだ?――あー、これそもそも使ってる公式が違うんだよ。こっちの方を使わないと」


 春人は教科書を数ページ戻し書かれた公式を指さす。すると谷川ははっと納得したように口を開けるとノートに問題の答えを書き出した。


「おー!本当だ!解けたわ、流石百瀬!」


「これくらい普通だって、そこ勘違いしやすいところだからテストでは気を付けろよ」


「おう。サンキューな」


 お礼を言うと谷川は次の問題と向き合っていた。事前に心配していたよりもまじめに取り組んでいる谷川の姿に春人は感心する。それは香奈も一緒なのか驚いたように目を丸くしていた。


(思っていた以上にちゃんとやる気があったんだな)


 勉強会をやる前はちゃんと勉強するか疑っていたが、いざやり始めれば至って真剣である。疑いを持ってしまったことに申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。


(いつもふざけた態度ばかり取ってんのにちゃんとやるときはやるやつなんだな)


 谷川への評価を改めつつ自分も勉強に戻ろうと思った春人だがふとあることに気づく。


 サッサッサ――チラ。サッサッサ――チラ。


 ペンを動かしながら谷川の視線が時折前の方へ動く。

 いったいなにをチラチラと見ているのかと思ったが春人もすぐに気づく。

 谷川の正面。向かい合うように座っているのは美玖だ。


 谷川は問題を解きつつその合間に美玖の顔を盗み見ていた。わかってしまえば何とも不審な動きに見える。顔を動かさず目だけを限界まで上方向に動かす最低限の動きで周囲にバレないようにしている。


 それでもたまに身体がぴくっと跳ねたり鼻息が荒くなるタイミングがある。美玖の前に垂れてきた髪を耳に掛ける動作や首を左右に振って固まった身体をほぐそうとする動きにいちいち反応している。


 これには春人も言葉が出ず開いた口を閉じようともしないで軽蔑した視線を谷川へ送っていた。


(谷川……お前いよいよ危ないぞ)


 もはや不審者としか見えない友人になんと声をかけていいのかわからなかった。


 そんな冷めきった視線を向けている春人に香奈も気づく。視線の先を辿ればすぐにその理由と原因にもいきつく。春人よりも数段階レベルの上がった冷めきった目を谷川へと向ける。


「谷川何見てんの?」


「うえっえぇ!?な、なんだよ水上いきなり!」


 名前を呼ばれた谷川は動揺を露にし椅子から転げ落ちそうになる。その反応に香奈の考えが確信に変わったのか更に瞳の温度が下がり、すーっと目が細められる。


「あんた女子をいつもそんな目で見てんの?」


「べ、別に桜井のこと見てないだろっ」


「あたし美玖なんて一言も言ってないけど」


 あっと谷川は口を押さえる。自ら自白したところに香奈がさらに追撃する。


「いったい美玖のどこ見てそんなに鼻息荒くしてたのさ」


「し、仕方ないだろ……男だったら誰だって……なあ春人?」


 首をぐわんと回し春人へ縋るような目を向けてくる。


「やめろよお前。俺に話を振るな」


「何言ってんだよぉっ!親友があらぬ誤解を掛けられようとしてんだぞぉぉぉっ!」


「別に誤解じゃねえだろ」


 香奈と春人の意見は一致していた。谷川の自業自得なので庇う気もなかった。

 春人からの援護射撃がないと知ると見放され絶望したように目から光が失われていく。


 だがそんな誰からも見放され肩を落とし項垂れる谷川に救いの手が差し伸べられる。


「まあまあ二人とも、私は気にしてないよ」


 場の空気を変えるように優しい口調で美玖が口を開く。


「さ、さぐらい~~~」


 まさに天から下りてきた天使のような寛容さを見せる美玖。片や顔を涙と鼻水で汚し酷く小汚い判決間際の被告人のような谷川。とんでもなくカオスな絵面になっていた。


「ちょっと美玖ー、谷川に甘すぎ、そんなんだからエロい目で見られるんだよ」


「エロい目なんかしてねえって!なあ春人!」


(だから俺に振るなって。あと、お前すげえ血走った目してたからな?)


 谷川の言葉に同意はできないがせめてもの情けで口には出さないでおく。これ以上話がこじれては勉強どころではないだろう。


「まあえっちな目で見られるのはちょっと恥ずかしいけど、この前春人君もそんな目で見てたし別にそれはいいかな」


「ごほッ!ごほッ!――」


 何気なくこぼした美玖の言葉に周囲の空気が変わり春人は咳き込む。


「ちょっっっと何言ってんの美玖さん!?」


 春人の絶叫が教室に響く。


「だって春人君も見てたよね?ほら琉莉ちゃんも言ってたし」


「だからあれは違うって言っただろ!」


 以前誤解は解けたと思っていたが継続中だったらしい。慌ててまた美玖に弁明しようとするが鋭い視線が春人へ突き刺さる。


「ちょっと春人。なに?あんたも?」


 谷川に向けられていた冷え切った視線が今度は春人へ向けられた。


(うぅぅぅおぉぉぉ。これはきついぞ……)


 視線の圧に春人は縮こまる。もはや人と思われているかも怪しい目だ。冷や汗が出てきた春人の肩に手が載せられる。


「百瀬俺は信じてたぞ!」


 谷川がサムズアップと共に気持ちいいほどさわやかな笑顔を作っていた。仲間を見つけたような親近感満載の笑顔だ。


「お前は少し黙っててくれ話がこじれる」


 今は早いとこ二人の誤解を解かなければならない。春人は背筋を伸ばし息を肺いっぱいに吸うとその力強い瞳でまずは香奈を捉える。


「これは美玖の誤解だ。美玖と琉莉がじゃれ合ってたから仲いいなって見てただけなんだ」


 一度説明した美玖がこんななのでまずは香奈から誤解を解く。春人の言葉に香奈の冷たい瞳が少し和らぐ。


「……なるほど。そこに邪な考えはなかったと」


「ああ、全くない」


「美玖に琉莉可愛いなー俺も混ざりたいなーとか思わなかったと」


「お、もわなかった」


 一瞬言葉が詰まったが何とか言い切る。香奈の眉が少しぴくっと動いたが、はーっと息を吐くと普段の香奈がそこにいた。


「うん、わかったよ。あたしは実際見てないし春人がそう言うなら信じる。それに美玖も嫌がってないし」


 横目に美玖の顔を見て香奈は再び春人へ視線を戻す。


「ごめんね疑っちゃって」


「気にしなくていいぞ。気持ちはわかるしな」


 春人も友人がそんな目で見られていたら怒るだろう。少々いき過ぎたところはあるかもしれないが香奈の反応は間違ってない。


 話が丸く収まろうとしていたところで谷川もうんうんと頷きながら口を開く。


「よかったな百瀬、誤解が解けて」


「あっ、あんたは現行犯だから。まだ話終わってないから」


 睨みを利かせ香奈は谷川に視線を向ける。


「なんでだよ!もういいだろ!」


 折角落ち着きを取り戻しかけた教室が再度殺伐とした空気へと変わる。

 勉強は全く進んでいなかった。

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