2話 悪友谷川修也
「ひどい目にあった」
授業が終わり休み時間となり春人は自分の机に突っ伏していた。先ほどの授業の疲れがどっと襲ってきた。
「授業はいいんだけど桜井がな」
授業での疲れと言っても授業内容に問題はなく、桜井美玖からの精神的な疲れが春人を悩ませていた。
一度身体を起こして伸びをする。緊張して強張っていた筋肉を無理やり弛緩させる。すると、一人の生徒が春人に声を掛ける。
「おう、百瀬さっきの授業良かったぞ」
「谷川……なんだ?バカにしに来たのか?」
「いやいやいや、そんなくだらないことに時間を割かないって」
「は?じゃあ何しに来たんだよ」
谷川の挑発的な言い方にイラっとし春人は少し眉根に皴が寄るが、次の瞬間谷川が春人の机に手を置き顔を近づける。
「お前また授業中桜井と話してただろ!なんて羨ましい!」
「……はー、何だまたその話か」
「何だとはなんだ!入学早々桜井の隣の席に座れたからっていい気になるなよ!」
「なってねえよ。うるさいな」
疲れているところに面倒な奴が来て春人は大きくため息をつく。
このいきなり絡んできてテンションが高いのは春人の友人――いや、悪友の谷川修也。高校に入学してから一番よく話すクラスメイトだ。背が高く目つきが鋭いからよく怖がられたりするが気はとてもいいやつでもある。ただ、この面倒な絡み方が玉に瑕だ。
「一体何の話をしてたんだよ」
「別に大した話じゃないって、教科書忘れたらしいから見せてただけ」
「あー!俺も学校一可愛い女の子と教科書見せ合いたいぃっ!」
頭を両手で押さえ天井に吠える谷川を春人は冷めた目で見ていた。
学校一可愛い女の子――これが桜井美玖の学校での共通認識だ。横を通り過ぎれば無意識に目で追ってしまう容姿。どんな生徒とも分け隔てなく接する彼女をどこの誰かは知らないが学校一可愛いと言い出したのが事の始まりらしい。
春人もそこには同意はできる。できるのだが――。
「そんないいもんかねえ。おかげでお前みたいのに絡まれるし」
「それくらいどうした!勝ち組の考えだぞそれは!」
血走った眼で春人を睨む。谷川がやるとその見た目も相まってとんでもない迫力だ。子供のみならず大人でも泣いて逃げ出すのではないだろうか。
「第一なんで百瀬なんかと仲がいいんだ桜井は」
「なんかとはなんだ。一応お前の友達でもある人間だぞ」
とは言うものの谷川の言いたいこともわかる。なぜ春人にこうも絡んでくるのかは春人自身もわかっていないからだ。
(特になんかしたわけでもないよな……最初からあんな感じだし)
入学してからの記憶を遡る。入学初日、美玖は隣に座る春人にこれからよろしく、とどこにでもありふれている挨拶をしてきた。春人もそれに倣い何の面白みもない挨拶をただ返した。
本当にこれだけだ。それなのにその日からなぜかよく話す様になった。別にそれくらいなら普通だろうと春人も思う。入学して最初に話しかけた子と仲良くなってそのままグループとして固定される。どこにでもある流れなのだが相手があの桜井美玖だ。学校で一番可愛い女の子とまで言われる子がどうして春人に構ってくるのか……。
春人は少々思索に耽ていたが谷川の声で中断させられる。
「その友達としてお願い!今度俺も話に入れてくれ!」
谷川は机に手を置き頭を下げる。
「いや、勝手入ってこればいいだろ」
「お、お前、俺がいきなり話に入って、へ、変に思われたらどうすんだよ?」
「お前って意外と小心者だよな」
もじもじと身体を動かす気持ち悪い谷川を一瞥し春人は隣の席を見る。美玖は今は席を外しており空席だ。
(嘘さえ付かなければ普通にいいやつなんだろうな)
別に悪いやつってわけでもないが皆が思っているような好印象ではない。それでも嫌悪しているわけでもない。何かあれば揶揄ってくる美玖のイメージが春人には色濃く残るのだ。だからといって美玖が春人を嫌って揶揄っているといった雰囲気でもない。それが春人が彼女との距離感を掴めない要因にもなっていた。
(一体何を考えているんだか。女心ってやつなのか?そうなるともうお手上げだけど)
わからないことをいつまでも考えても仕方ないと春人は顔を正面戻す。
「なあなあなあー、普通に声かけてもおかしくないかな?こう、さり気なく挨拶とかしたらそこから話せたりするかな?」
「あー!うっさいな!おまえもう席戻れよ!」