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17話 食べてる途中に爆発しないか

 午前中の授業をすべて終えこれから昼食に入る。いつもは谷川なり誰かと一緒に食事を取ることが多いが――。


(朝のこともあるしちょっと面倒だな)


 朝の大騒ぎを思い出す。またあんなことになってはたまったものではないと春人は一人弁当袋を解いていく。


「美玖ー。ご飯食べよー」


 横の席の方から声が聞こえる。生徒は美玖のそばに寄ると背中から抱き着くようにもたれ掛かる。


「香奈重いー」


「重くないでしょ、失礼ね。美玖よりは絶対軽いよ」


「そっちこそ失礼!身長差があるんだからしょうがないでしょ」


「しーんーちょーうー?それだけじゃないでしょ」


 香奈は美玖の身体のある部分をじーと見つめる。


「本当にどうしてこうも違うんだか、不公平だよね」


「私に言われてもこればかりは仕方ないというか、それよりご飯でしょ?」


「あーそうだった、美玖の胸見てたってしょうがないね」


「胸とか言わないで本当に失礼」


 別に聞き耳を立てていたわけではない。席が隣なので嫌でも耳に届いてくる。


(なんか……別に俺悪くないけどすごい気まずい)


 女子のセクシャルな会話を聞いて居たたまれなく視線を外へ逸らす。春人も思春期の男子だ意識くらいはする。


「どこか行く?」


「ううん、ここでいいよ、美玖机半分使うね」


 香奈は美玖の前の席の椅子を引っ張ると向き合うように座る。


「やっとご飯~」


「香奈食べるの本当に好きだよね」


「私の一番の楽しみだし、これがないと生きてく意味もないからね」


「急に言葉に重みが出たね」


「本当のことだし、食事が私の生命線だから」


「それは香奈だけじゃないけどね」


 普段女子の会話なんて気にして聞くことがなかったのでなんだか新鮮である。ただやっぱり盗み聞きしてる感が否めず春人はずっと気まずい気持ちを抱えていた。


「美味しいご飯とスイーツとかもあれば私はそれで満足」


「香奈甘いの好きだったっけ?」


「え?好きだよ?言ったことなかったっけ?」


「なんか食い意地張ってるイメージが強いから勝手にご飯とかしか興味ないと思ってた」


「ひどっ!あたしだって女子だよ!甘いスイーツが好きな可憐な女の子なの!」


「そんなに好きだったんだ、春人君と気が合うかもね」


 いきなり自分の名前が飛び出して来て春人は口にしたご飯を吹き出しそうになる。


「春人君って……」


 香奈が隣にいる春人の方を見る。春人も名前を呼ばれたことで隣を窺っていたのでちょうど視線が重なる。すると香奈は人当たりがいい笑顔を作り軽快に笑う。


「あはは、百瀬朝は災難だったね」


「ん?あ、ああ、あれか。本当にな、悪かったな騒がしくして」


「全然。見てる分には面白かったし」


 再び声を出して笑う。水上香奈。なんというかその場を楽しませるようなムードメーカー的な雰囲気を醸し出している。実際明るい性格な香奈は女子のグループ内でそういった立ち位置に居た。


「というよりお二人仲いいよね?いつも一緒にいるよね?」


「いつもってわけではないけどな。確かに一緒に行動することは多いけど」


「しかも気づいたら名前呼び出し、ちょっと百瀬こっちで一緒に食べようよ。詳しい話聞かせて」


 香奈は春人に興味を持ったのか机の端を手で叩きながらこちらに促す。春人も結局こうなるのかと内心肩を落としながら思考する。


(名前呼びの説明はまあこの際いいとして。一緒にご飯とかいいの?)


 このまま了承してもいいものかと春人は何気なく美玖の方を見る。美玖はにこっと微笑みを浮かべ――。


「いいじゃん、一緒に食べようよ春人君」


 女子二人からのお誘い。春人に断る選択肢は無くなっていた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 机を持ち上げ美玖の机とくっつける。


「うんうん、いらっしゃーい」


「水上テンション高いよないつもこうなのか?」


「高いかな?自分じゃわかんないけど。あ、あたしも名前でいいよ、あたしも春人って呼ぶし」


「……そうか、了解だ」


 女子の距離の詰め方に春人は内心たじたじだった。


(琉莉の時もそうだったけど、やっぱり女子は名前で呼びたがるのか?)


 女子の生態について考えていると美玖がなぜか不満げにこちらを見ていた。


「ん?どうした美玖」


「春人君私の時は名前呼び拒否したのに香奈の時はすぐ許すんだ」


「あ、あー……まあ、もう呼ばれるようになったし、この際拒否する必要もないかなって」


「ふーーーーーん」


 じとーっと冷たい視線を飛ばしてくる。何か気に障ったかと春人の背中に冷や汗が流れる。


「あはは、本当に仲いいね二人。美玖もそんなに怒んなよ、そんなに嫉妬してると春人に嫌われるよ」


「嫉妬……?」


「え?違うの?」


 美玖と香奈はお互いきょとんとして固まる。


「嫉妬……これ嫉妬なんだ……」


 美玖が小声でぶつぶつと呟くがその声は春人には聞こえない。


「美玖大丈夫か?」


「え……あーうん、大丈夫大丈夫」


 春人の言葉に美玖は少し慌てたように早口になる。少々珍しい反応に春人は首を傾げる。


「美玖でも嫉妬とかするんだね」


「別に嫉妬じゃないし」


「えー嘘だー、それに美玖少し顔赤い――」


「香奈、早く食べないとお昼休み終わるよ?」


「あー!それはダメ!お弁当食べないと!」


 半ば強制的に話を終わらせる美玖。これまた珍しい行動だ。


「美玖本当に大丈夫か?」


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう春人君」


 だがそんな心配は無用だったらしい。にこっと笑ういつもの美玖の様子に春人は安心する。


「早く食べないとねー、よいしょっと!」


 香奈が机の上に布に包まれた広辞苑ほどの物体をどんっと置く。


「え?何それ?」


「何って、お弁当だけど」


「お弁当……」


 春人は香奈の言っていることが理解できず、お弁当らしい物体を目を丸くしながら見る。とてもじゃないがお弁当と言える大きさではない。


「最初は皆そんな反応だよね。香奈のお弁当大きすぎだから」


「毎回毎回そんな反応されるとあたしも傷つくけどねー」


「なんか……悪いな」


「いやいやいいって、傷つくなんて言ってみただけだし、別に気にしてないし」


 布の結び目を解き蓋を開けるとその壮大な迫力に春人は言葉を失う。


「ふふふーん、いただきます!」


 ご機嫌に弁当へと箸を運ぶ。大きさが大きさなだけ本当に全部食べれるのかと心配になる。


「大丈夫だよ春人君、これくらいいつも食べてるし」


「いつも食べてんのかこんなに」


「びっくりだよねー、本当にどこに入るんだろう」


 美玖と春人の視線が自然と香奈の腹部へ吸い込まれる。香奈はどちらかと言えば細くて小柄な方だ。そんな体にこの量が入るのかと思うと春人は少し怖くなってきた。


「食べてる途中爆発しないよな……」


「ぶふっ!」


 思ったことを何気なく口にしたら香奈が噴き出した。


「ちょっ……ちょっと春人止めてよ!食べてる時に笑かさないで」


「別に笑かすつもりじゃなかったけど」


 見ると美玖もなぜか声を殺して笑っている。そんなに壺にはまるようなことだったか……。


「ぷっ、ふふふ、香奈が爆発……」


「ちょっと止めてってば!」


 相当気に入ったのか二人はこのネタでしばらく笑っていた。


「あーもう春人が変なこと言うから」


「こんなに受けるとは思わなかったからな。そもそも笑かそうと思ってなかったし」


「なんかこんなに笑ったの久しぶりかも。あーお腹痛い」


 目元に浮かんだ涙を指で拭う美玖。


「話してみると春人って結構話しやすいよね」


「そうか?自分ではそういうのわからんけど。それを言うなら香奈だって話しやすいぞ」


「私は場を盛り上げるのがうまいってよく言われるからね。多分なんかオーラが違うんだね」


 香奈はわさっと自分の髪をかき上げ得意げに胸を張る。


「春人君無暗に香奈を褒めない方がいいよ」


「なんでだよ」


「すぐに調子に乗るから、そしてみんなに迷惑かけるから」


「ちょっと変なこと吹き込まないでよ!」


「間違ってはいないと思うけど」


「そりゃあたまには迷惑かけてる自覚はあるけど、ほんとたまにじゃん?」


「………」


「え?何その目……止めて!そんな冷たい目向けないで!」


 珍しく美玖が冷たい態度を取っている。そんなにひどい目にでもあったのか。

 なかなか見ることのない美玖の様子を春人は興味深そうに観察していた。


「あーもういいよあたしのことは、それより春人!」


「んおっ?なんだよ」


 いきなり顔を寄せて名前を呼んできたので春人は身体を仰け反る。


「美玖とはどういう関係なの?」


「どういうって……友達だが」


 最近こういった質問多いな。


「えー、もっとなんかあるでしょ?」


「いやないけど……何が聞きたいんだ?」


「二人の仲良くなったきっかけとか」


「きっかけか……」


 春人は少し難し気な顔を作る。


(そういえばきっかけとかってなんかあったか?)


 香奈の言葉で気づいたが春人も美玖と仲良くなったきっかけに思い当たりがなかった。


「美玖。きっかけて言うようなことあったか?」


 しばらく考えても思いつかず美玖へ問いかける。特に聞いても問題ないだろうと軽い気持ちで聞いてみたのだが美玖はぽかんとこちらを見返していた。


(え?何その反応?……聞いちゃまずかった?)


 春人は内心焦りだす。もしかして結構重要なことを忘れているのかもしれない。


「春人君覚えてないの?」


「え、いや……うん、ごめん」


「そうか……忘れちゃったか」


 美玖は視線を少し上げる。正面に座る香奈の頭より少し上に。一体何を考えているのか。その顔は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えない。

 しばらく遠くを見るように視線を固定していたが、その視線が春人へ向けられる。


「なら、思い出すまでこのことは秘密だよ」


「秘密……」


「そう、私たちの秘密」


 優しく微笑み浮かべる美玖。なにか大事なものを扱うように優しく言葉を紡ぐ。


「そう、か……わかった」


 思わず見惚れてしまい、なんとか掠れる声でそう返答する。しばらく意味もなく見つめ合っていると香奈が割り込んできた。


「ちょっっっっっとぉぉぉぉぉっ!なに!?何その意味深なやり取り!?」


「何でもないよ」


「何でもないわけないでしょ!ここまで見せつけといてそれで納得できないでしょ!」


「教えないよ、これは春人君との秘密だもん。ねえ」


 美玖は可愛らしく首を傾けながらこちらへ顔を向ける。


(止めてくれそんな……ねえ、とか可愛すぎる!)


 美玖の笑顔に当てられ春人は顔を伏せる。


「むー、とりあえず二人がただならぬ関係ということはわかった」


「わかんな。そんなんじゃないから」


「だってもうそうとしか言えないでしょ。ねえ美玖」


「さー」


「さーだって!もう答える気もないんだよこいつ!」


「わかった。わかったから落ち着けって」


「香奈お昼終わっちゃうよ?」


「え?あーぁっー!もう全然時間ないじゃん!早く食べないと」


 香奈は時間を確認して慌てて箸を動かす。巨大なお弁当箱の中身が徐々に無くなっていく。


「私たちも食べようか春人君」


「ああ、香奈の扱い本当にうまいな」


「そりゃあ、入学してからずっと一緒ならねー」


 弁当を食べながら春人は先ほどの美玖の言葉について考える。


(思い出すまで……ということはやっぱりなんか忘れてんのか?)


 先ほども思い出そうとしてわからなかったので正直お手上げ状態だった。春人が本格的に思考の海へ身を投げ出そうとしたとき元気な声が鼓膜を震わせ現実へ戻される。


「ごちそうさまでした!あー美味しかったー」


「もう食べたの?」


「うん食べたよ」


 春人は香奈の弁当箱を覗き込む。弁当いっぱいに詰まっていた食べ物は確かに綺麗になくなっていた。


「すごいなマジで」


 本当に全部食べたのかと驚きとともに賞賛を送る。


「それほどでも、でももう少し食べたかったかな」


「まだ食えるの!?」


「うん、いけるよ」


「……マジで爆発しない?」


 春人はすうと息を飲み香奈の腹部を見る。特に変化が見えない腹部に驚愕する。


「ぶふっ!だから止めてってそれ!」


「まだ引きずってたのか」


「ぷっ、ふふふ」


「こっちもか……」


 春人は美玖の方に視線を向ける。口を押さえて笑いを堪えている姿がそこにあった。

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