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165話 もしそうなったら……とても幸せだと思う

 外が暗くなってきたところでハロウィンパーティーはお開きとなった。


 帰るにあたり春人は両手を拘束する手錠を力づくで破壊するかどうにかして開錠できないか選択に迫られていたが葵が安全ピンの針を使い難なく開錠してくれた。こんなに簡単に外してくれるのなら最初から外してほしかったがこの際贅沢なことは言うまい。


 余ったお菓子は持って帰るつもりだったが案の定、香奈がいつものように大食いしてしまったことと甘いものなら春人も相当食べるのでほとんど二人で平らげてしまった。当然琉莉の持ってきたお菓子も全部食べられてしまい持って帰ろうと企てていた本人は少ししょんぼりとしていた。


 いろいろとあったが初めてのハロウィンパーティーは大成功だったのではないだろうか。


 皆笑いが絶えず楽しそうに騒いでいたのだから。学生時代の思い出の一つとして決して忘れることはないだろう。


「~~~♪」


 ――帰り道。楽し気に鼻歌なんかを口ずさみながら美玖は春人の隣を歩く。その後ろでは同じく楽しそうにしている香奈が琉莉へしゃべり掛けてその都度相槌を打ったりしていた。


「ご機嫌だな美玖」


「うん。すごく楽しかったからね~。はる君も楽しかったでしょ?」


「あぁ、俺もすごい楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」


「ふふふ、いえいえ~」


 満面の笑みを作る美玖の肩が春人に触れる。些細な動きで触れるほどに今の二人は密着していた。後ろにいる二人の手前、美玖がそれ以上の接触をしてくることはないがせめてこれくらいはと肩を寄せてくる。


「あと何回こんなことができるんだろうな」


 ふと春人がそんな言葉をこぼす。ほとんど無意識でこぼれた言葉だ。春人自身も少し驚いたがそれくらいに今日が楽しかったのだろう。気づかぬうちにこの楽しい時間が終わってほしくないと願っている。


 そんな春人の内心に気づいたのかはわからないが美玖は春人の顔を見ると笑顔の質を変えた。


「いくらでもできるよ。学校生活は始まったばかりだよ」


「高校の三年間ってあっという間って言うぞ?それに先輩たちは一つ上だ。もっと短くなる」


「でも高校卒業したからってできないわけじゃないでしょ?」


 春人は一瞬惚けて口を開ける。


「そうか……そうだよな。なんかこんなこと高校生くらいでしかできないと思ってた」


「むしろ大人になってからの方がいろいろできたりするかもよ?」


「確かに」


 大人――成人になれば仕事だってしているわけで自分で使えるお金は今の数倍にもなるだろう。行動範囲だって制限がないし、やれることなんて学生時代とは比べ物にならない。

 そう思うと大人になるのも悪くないように思える。


「みんな卒業した後も集まったりしてくれるかな」


「そこは何ともいえないけど。仕事とかで忙しい人もいそうだし、それに……家族とか、結婚してる人もいるかもだし?」


「あー……結婚か……」


 急に現実味が出てきた。大人になればそういうこともある。新しい家族、幸せな家庭を築く。そんな人も時間が経てば増えてくるだろう。


 寂しいような喜ばしいような……今の春人ではとても処理しきれない感情に少ししんみりとしていた。

その横で美玖が「結婚……うん、結婚……」となにやらずっと繰り返し呟いている。


「どうした?――って、えー……」


 不審に思い美玖の顔を窺うとやたら幸せそうな表情を作っていた。ふにゃふにゃと変わる表情がとても可愛らしくはあるが……。


「あの、美玖さん?どうしたの?」


「んっ!?えっ!?」


 何をそこまでと思うくらいに大げさに狼狽する美玖。


「え?な、なにが?」


「なにがって、俺が聞きたいんだけど。どうしたよ。何考えてたんだ?」


「あ、あー……」


 躊躇うように顔を伏せる美玖。ただ顔は見えないが耳が少し赤く染まっているように見えるのは気のせいではないだろう。


 その不審な反応に春人は疑問符を浮かべる。


「え?そんな言いにくいこと?なら別に聞き出したりしないけど」


「ちが、う……違うんだけどね……」


 美玖がチラッと春人の顔を窺うように顔を上げるとすぐに両手で顔を覆い隠す。隙間から美玖の目だけがこちらをチラチラ見始めた。挙動不審な美玖に春人の疑問は深まる。


「そのね……はる君と結婚したらどんな感じなのかなって想像したら嬉しくなっちゃって……」


「……あぁー……」


 なるほどと美玖の反応に納得するがこちらも反応にも困る。どんなものを想像していたかまではわからないが意識すると春人の顔も熱くなってきた。


 結婚なんてまだ想像もつかない。でも将来的に誰と自分が結婚するのか。今最も自分が惹かれている人は誰なのか――。


 そんなのは迷うこともなく今隣を歩いている人だ。


 将来的にそうなってもおかしくはないと春人も考えてしまった。


「想像してみるとなんか恥ずかしいというか……」


「うん、わかるよ。私も嬉しさと恥ずかしさで気持ちがぐちゃぐちゃだし……」


 赤面した顔を見られないようにお互いそっぽを向いてしまう。心臓まで大きく鼓動を刻み始めて隣に聞こえないか心配になるほどだ。


 「でも」と美玖が口を開き春人は横目に視線を向ける。目に入ってきた美玖の顔に春人は一瞬にして目を奪われてしまった。


「そうなれたらすごく幸せなんだろうなって……思ってみたりして?」


 ハニカム笑顔がとても綺麗に見えた。時間も忘れて間抜けにも口なんかも開けたまま呆然と美玖の顔に釘付けになる。


 時間的にはそこまで経ってはいないが流石に美玖も落ち着かないのか前髪を指でいじったりして視線を彷徨わせる。


「あの……なにか言ってもらえると……」


「……あ、あぁ、悪い」


 はっ、と我に返り頭を勢い任せに掻く。我に返ったからといって何を言えばいいのかわからないが……。春人はゆっくり言葉を吐き出し始めた。


「そう、だな……もしそうなったら……幸せなんだろうなって……俺も思う、よ?」


 再び顔を熱が襲う。


(なんだこの恥ずかしいやり取りは……何を口走ってんだよ俺は)


 掌で口許を隠す春人を見て美玖は「ふふふ」と微笑んでいた。


「どうしたんだ今度は?」


 訝しみながら春人は美玖に視線を向ける。


「ん、よかったなって。はる君も同じように思ってくれて」


 お互い通じ合えていると嬉しさでにこにこと笑顔を作る。そして今度は両手で拳を強く握り。


「……私頑張るからね」


「頑張るって何をだ?」


「はる君にちゃんと振り向いてもらえるように」


「……これ以上頑張らなくてもいいぞ?」


 もう十分春人の心は美玖に向いている。これ以上なんて向きようがないほど。


「ううん、私が頑張りたいの」


 にっと歯を見せて笑う美玖に春人は苦笑する。


「……敵わんな、これは」


 こんなに自分のことを思ってくれる子に一体何を返せるだろうか。それこそ一生をかけて返していくことになるかもしれない。

 春人は夜空を見上げる。


「答えは出すから」


 ゆっくり言葉を吐き出す。今伝えることができる自分の気持ちを。


「この気持ちに向き合って絶対答えを出すから、だから……」


 待っててほしい……なんて言えなかった。今までずっと待たせてきているのだから。おこがましすぎてとてもじゃないがこの言葉を言うことができなかった。


「うん……」


 そんな春人の内心などわかり切っているのか美玖の方から続きが語られる。


「待ってるよ。いつまでも」


 目を丸くする春人に美玖が微笑む。はっきりしない自分を殴ってやりたいところではあるが今やるべきことは違うだろう。春人もぎこちなくはあるが心から笑ってみせた。


 春人の笑顔を見ると美玖が更に笑みを濃くする。


 ここからはいつも通りの会話だ。お互いに笑顔を浮かべながら二人は今日のことやそれ以外の特に内容の無いようなことを飽きもせずにずっと話して街頭で照らされる夜の街を歩いていった。


 ――そして、そんな二人を後ろから見ていた二人。


「なんだかすっっっっっんごい甘い空間が広がってるんだけど」


「兄さんと美玖さん、私たちのこと忘れてるね、これは」


 邪魔をしないように事の成り行きを見ていたが糖度増しましすぎて最早触れることもできない。仕方なく思う存分いちゃついてもらおうと後ろからこっそりスマホを向けてカメラのアプリを起動する。


 帰った後に春人は自分のだらしないほどににやけた顔の写真を見せられ羞恥で身悶えることになるのだがそれはまた別の話だ。

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