160話 ヤキモチ
「悪いな。今お菓子ないんだよ」
にやけそうになる顔を必死に頬の筋肉に力を入れ耐える。
一方で美玖は驚いたように目を丸くしていた。
「え……だって、お菓子いっぱい持って来てるよね?」
まさかそんな答えが返ってくると思っていなかった美玖が少し困惑する。
「今手元にあるのはくるみ先輩から貰ったチョコレートだけだしな。これをあげるわけにはいかないからなぁ」
「え……え、じゃあ……イタズラしちゃうよ?」
「仕方ないよなぁこれは。どうぞ?」
春人は手を広げイタズラを受け入れる姿勢を見せる。動揺が収まらないまま美玖は頬を赤く染め始めた。あたふたと視線を彷徨わる。
その小さな子供のような可愛らしい反応に春人は内心笑みを作る。
(このまま続けたらどうなるのか気になるけど……揶揄うのもこの辺にしとくか)
照れる美玖に満足した春人が声をかけようとした時だ。
「はい。イタズラ完了」
「へ?」
琉莉が春人の前に現れるとガチャっと音を立てる。見下ろす視線の先に手錠で拘束された自分の両手があった。
「は?なんだこれ」
「兄さんにイタズラするために買っといた。無駄にならなくてよかった」
「いや、なんでお前がイタズラしてんだよ」
「なんか美玖さんによからぬことしようとしてると思って。代わりにやってあげたんだけど。違う?」
こてっと首を曲げる琉莉に春人は言い返す言葉が出てこず頬をぴくぴくと痙攣させる。琉莉には全てお見通しのようだ。
二人は視線で言葉を交わす。
(ふっ、そう思い通りにはいかないよお兄)
(別に俺は何も言ってないぞ)
(お兄が何を考えてるかなんてお見通しなんだよ)
(一応聞いてやるけど俺が何考えてると思ったんだ?)
(どうせ美玖さんといちゃつこうとか思ってたんでしょ?お兄ばかり最近ずるいんだよ。私もいちゃつきたい)
(ほとんど私情じゃねえか。揶揄おうとは思ったけど別にいちゃつこう何て考えてねえよ)
(……好きな子を揶揄いたい的な?)
「す――ッ」
琉莉の言葉?に春人は思わず動揺してしまった。思いがけないところを突いてきた。
そんな春人の反応を見逃す琉莉ではない。にまーっととても楽しそうな顔を作る。
すっと表情を戻すと瑠璃は身体ごと振り返り後ろにいた美玖に抱き着く。
「うわっ。どうしたの?琉莉ちゃん」
「ん~なんでもないよ。美玖さん好き~」
「あはは、琉莉ちゃん甘えモードだ。私も好き~」
ぎゅ~っと二人して抱き合う。いきなり百合百合な光景が目の前で広がり始めた。
美玖の胸に顔を埋めていた琉莉がチラッとこちらに視線を向ける。
何やら挑発的な自慢気な視線だ。どうだ?羨ましいだろう?と琉莉の心の声が聞こえてくるようだ。
(こいつ腹立つな)
いつもなら琉莉が美玖といちゃつこうと眼福くらいにしか思わないのだが、こうもこれ見よがしに見せつけてくるとイラっとくる。
ほとんど無意識だった。
春人は琉莉の肩を掴むと自分の方へ引き寄せた。
「え?兄さん?」
「どうしたの?はる君」
目を丸くした二人の困惑気味の視線が春人に注がれる。
「あ……」
春人は咄嗟に琉莉から手を放す。どうしてこんなことをしてしまったのか……春人はわからず固まってしまった。
「ヤキモチ?」
「え」
「ヤキモチなの?兄さん」
「何言って――」
「美玖さんといちゃついてたからヤキモチを妬いてたの?」
「………」
琉莉の言葉に春人は口を開けたまま再び固まる。
(ヤキモチ、俺が……?)
そんなはずないと最初は思ったが琉莉に指摘されてこの言葉はすっと身体に沁み込んだ。認めざるをえない。
(琉莉に対してヤキモチ妬くとかバカか俺)
自分の度量の狭さに嫌気が差す。
ましてや妹だ。ヤキモチ妬くにも相手が違う。
「本当に?はる君」
軽くショックを受けていると春人の顔を覗き込むように美玖が問いかける。
「………」
美玖の言葉になんと返すべきなのか。春人はわからず黙ることしかできない。ただこれは肯定でしかない。
春人の心意を察した美玖の顔が次第に変化していく。子供のような無邪気な笑顔を作り始める。
「ヤキモチ!はる君がヤキモチ妬いてくれてる!」
「いや、何言って――」
「ヤキモチっ。ヤキモチだ!」
話を聞いてくれない。
美玖の感情の高ぶりに香奈と葵も何事かとこちらに意識を向け始める。
「えへへ、はる君がヤキモチ妬いてくれた~」
なんて幸せそうな顔なんだろうか。ニマニマと緩む表情が一切おさまらない。このままだと際限なくいってしまいそうだ。
これ以上どうなるのか気になるところではあるが一旦止めた方がいいだろう。
「……嬉しそうだな」
「うん、嬉しい。すごく嬉しいっ」
「でもとりあえず少し落ち着こうか。ここ会長の家だし」
春人の言葉を聞くと美玖ははっと先ほどまでの緩み切った顔から現実へと引き戻されていく。
「あ、うん、そうか……そうだよね」
我に返った美玖が今の状況を再認識し冷静さを取り戻し始める。あはは、と照れるように頬を掻いていた。
それを見て春人は息を漏らす。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめんね。なんか嬉しさのあまりテンションがおかしくなってた」
「それは見ててわかったよ」
「ちょっとやりすぎだったかな?」
「ちょっとな。でも……これが美玖の素なんだからいいと思うぞ」
「……えへへ……うん、ありがと」
二人はしばらく見つめ合うとどちらともなく頬を緩めだす。あまっあまな空気を醸し出している。
放っておけばいつまでもそうしていそうな二人に対してもの言いたげな視線が刺さる。
「まった、いっちゃいっちゃいっちゃいちゃと……なに?いちゃいちゃしないと死んじゃうの二人は」
冷たいジト目を作りながら香奈が春人たちを交互に見据える。
「なんだよ香奈急に……別にいちゃいちゃしてないだろ。美玖が暴走し始めてたから止めたんだぞ、こっちは」
「また自覚がないのかこの男……琉莉あんたの兄変だよ」
「うん、私もいつも思ってるよ」
いろいろとバカにされているがわからないものは仕方ないだろう。二、三、香奈と言い合っていると葵に話を遮られる。
「とりあえず全員の仮装が終わったんだ。まずはハロウィンパーティーを始めよう」
「あーそうですね。この無自覚共の相手はその後ですね」
全員が準備を終えたテーブルに向かって行く。そこで春人は琉莉に呼びかける。
「おい琉莉」
「なに?兄さん」
「これ。早く外してくれ」
春人はいまだに拘束されている両手を琉莉に突き出す。手錠でがっしり掴まっておりろくに腕が動かせない。
そんな春人の姿を見て琉莉は「あ」と口を丸くする。すっかり忘れていたといった様子でポケットをまさぐり始める。
「そういえば手錠かけたままだった。お兄が美玖さんといちゃついてたからすっかり忘れてたよ」
「だからいちゃついてねえって。早く外してくれ」
「はいはい、わかってますよーっと、ちょっと待って――って……あれ?」
琉莉はポケットに突っ込んだ手を忙しなく動かし始めた。しばらく動かした後、真顔の琉莉が春人を見上げる。
春人も何かを察し冷や汗が流れ始める。
「お前、まさか……」
「ごめんお兄。鍵無くしちゃった。てへっ☆」
舌を出しながら拳を頭に当てて可愛らしくポーズを取る。謝っているのかおちょくっているのかわからない態度に春人は今日一の苛立ちを覚えた。




