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159話 吸血姫

 赤を基調としたワンピースドレスがふわりを舞う。美玖の可憐さと衣装の華やかさが絶妙にマッチしていた。

 本当に文句なしに似合っている。これ以上に着こなす者などいないのではないだろうか。


 ただ――。


「どう?はる君、このマントかっこいいよね」


 美玖は黒いマントを広げてぱたぱたと動かす。


 春人は先ほどの琉莉との会話を思い出す。マント付けてればなんだっけ?なんの捻りもない仮装だっけ?


 よく見ると髪にコウモリの髪飾りを付けているのでほぼ決まりだろう。

 すぐそばにいる琉莉もわかりにくいが気まずげにしている。先ほどの自分の言葉でも思い出しているのだろうか。


「ねえ?どうしたのはる君。琉莉ちゃんも」


 一向に反応がない二人に美玖が首を傾げる。


「あー……なんでもないんだ。それ吸血鬼の仮装でいいんだよな?」


「うん。マント羽織るだけでそれっぽく見えるからいいよね」


「そう、だな……」


 そのことでさっきまで琉莉と口論を繰り広げていた春人としては反応がしづらい。


「そう言うはる君ももしかして吸血鬼?」


「ん、あぁ」


「やったー!お揃いだね!」


 花が咲くような可愛らしく満面の笑みを作る。偶然にも春人とお揃いになった嬉しさが体中から溢れてきている。

 そんな笑顔を春人に向けていると琉莉が美玖の正面から抱き着く。


「美玖さん綺麗。すごく可愛い」


「あはは、ありがとう琉莉ちゃん。琉莉ちゃんも可愛いよ!」


 抱き着く琉莉を美玖も抱きしめる。先ほどまでの動揺は琉莉には見られずすでになかったことにしているようだ。


「美玖さんのは“吸血鬼”というより“吸血姫()”だね」


「ん?何か違った今?」


 見上げてきた琉莉に美玖は首を傾げる。

 そんな二人を見ながら春人は一人大きく頷く。


(わかんないよな美玖じゃ。でも琉莉……俺はよくわかるぞ)


 美玖の仮装に最もふさわしい名前を付けるのなら“吸血姫-ヴァンパイアクイーン-”だろう。春人の中で想像が膨らんでいく。


「ねえ、ちょっと。あたしにも何か反応してよ」


 心の中で頷き同意していると美玖の後ろ――。着替え終わった香奈が立っていた。実は美玖と一緒に入ってきていたが美玖の仮装が衝撃的で後回しにしていた。


「あぁ、放置して悪かったな。でもな……それくるみ先輩と同じじゃね?」


 春人は改めて香奈の仮装衣装を見る。

 上下が繋がったフード付きの衣装。フードには耳が付いておりつい先ほどくるみが着ていた物に酷似している。真っ黒の生地に細長い尻尾。フードの耳の下あたりに付いた黄色の大きな目が特徴的だった。

 くるみが犬をモチーフにしているとしたら香奈は猫だろうか。


「正直反応に困ったんだよなー」


 だから美玖の仮装に意識を向けたのもある。


「そうなると少し思ってたよ!くるみ先輩があれ着てた時ちょっとどうしようって思ったからね」


「だろうな。まあ、一応似合ってるぞ」


「なんかいろいろ気になる反応だけどとりあえずどうも。春人もまあいいんじゃない?」


「あぁ、どうも」


 一応は仮装姿を褒める。たぶん後でネチネチと言われるだろうから。


「それはそうと――」


 香奈が口角を上げにやりと笑う。


「お二人どんだけ仲がいいんだか。まさかコスプレを合わせてくるとは」


「偶然だぞ」


「またまたぁー、わかってるって」


「わかってねえよ。お前なんもわかってねえから」


 面白そうに笑う香奈に春人がため息を吐く。おそらく何を言っても意味はないだろう。

 揶揄ってくる香奈を適当にあしらっていると再びリビングの扉が開いた。


「待たせたかな。私たちが最後のようだ」


「おぉ、みんな可愛くなってるぅ」


 リビングに入ってきた葵とくるみが皆を見渡す。


「わぁ会長それ魔女ですよね。ハロウィンっぽい」


「少し安直な気もしたがな。だが折角のパーティーなんだ。これくらいがわかりやすくていいだろう」


 葵はザ・魔女といった感じの帽子をかぶっていた。そして黒いローブを纏っており、手には杖まで持っている。誰がどう見ても魔女そのものである。


「会長結構本格的な仮装ですね。すごく似合ってます」


「ありがとう。春人もよく似合っているよ」


「あはは、ありがとうございます。でもこう見ると俺の仮装の手抜き感が際立ちますね」


「そうか?友人間でのパーティーなんだ。むしろそれくらいが普通だろう」


 自分の姿を見下ろしていると葵がフォローを入れてくれる。


「はー、でもほんとに似合ってますね会長。なんか様になっているといいますか……本物みたいな」


「どういう意味だ香奈?」


 葵が香奈に笑顔を向ける。ただの笑顔ではなく何か圧を感じるものだ。


「あ、いや、あの……違います!誤解です!」


 香奈が慌てふためき始めた。フードの耳が小刻みに震えている。

 魔女に怯える黒猫の構図が出来上がっていた。


 組み合わせ的におもしろいなと思いながら二人のやりとりを眺めていると春人のマントが引っ張られたように動く。


「もも君、私のコスプレどぉ?」


 くるみが春人のマントを掴みながら見上げてくる。春人は振り返ると少し驚いたような反応を示す。


「えーと……似合ってますよ。似合ってますけど……」


 春人は言い淀み顔を逸らす。そんな春人の反応にくるみは首を傾げる。


「どうしたのぉ?もも君」


「どうしたのって……それ大丈夫です?いろいろと」


「?何かおかしいかなぁ?」


 自分の姿を確認するようにくるくる回る。


 くるみの仮装は頭に動物の耳と手には肉球付きのもふもふとした手袋をはめている。ここまでで何かの動物の仮装なのだとはわかるが――問題は他の部分で……。


「おかしいといいますか。見えてる部分が多いというか……目のやり場に困るんですが」


 春人はチラッとくるみを見ると再び顔を逸らす。

 くるみが着ているのはもふもふ生地の見た目暖かそうな素材なのだが布面積が極端に少ない。胸周りと下の方も隠れているがすべすべで柔らかそうなお腹や太腿は丸見えだ。


「ねぇねぇもも君ちゃんと見てよぉ。ほら、尻尾も付いてるんだよぉ」


「むしろ見ていいのかって感じなのですが――ッ」


 お尻をこちらに向けてふりふりと可愛らしく小さなお尻に付いた尻尾を揺らす。その行動に不覚にも春人の目は釘付けとなる。


(小さいお尻が――じゃなくて、尻尾が揺れてんなぁー。あれは犬かな?)


 一瞬心まで持ってかれそうになるが、寸でのところで踏みとどまる。左右に揺れる尻尾を目で追い、尻尾から犬種を想像し頭のリソースを無駄遣いする。


(トイプードル、チワワ……ポメラニアンにヨークシャーテリア……)


 少しずつ雑念が消えてきたような気がする。頭の中が犬で占められてきた時だ。――春人は何か背筋を冷たいものが伝う感覚に襲われた。


「はる君、何してるのかな?」


「――ッ!」


 頭の中の犬たちが一瞬で逃げていった。春人は油が切れた機械のようにゆっくりと振り返る。すると全身に冷たいオーラを漂わせる美玖がじーっとこちらを見据えていた。


「あー……、何もしてないぞ?」


「なんでずっとくるみ先輩のお尻見てるの?」


「お尻は見てない尻尾を見てた」


「そんな言い訳が通じると思ってるの?」


 嘘ではないのだが傍から見れば視線の位置的にお尻をガン見しているようにしか見えないだろう。

 冷や汗を垂らす春人が対応に困っているとくるみが何かが気になるのか美玖の顔を凝視する。


「美玖ちゃん、もも君の呼び方変えたんだねぇ」


「え、あ、はい……最近?」


 急な話の変化に美玖も戸惑いを見せる。それでもマイペースなくるみが美玖の些細な変化に気づくわけもなく話が続く。


「いいねぇはる君って。二人とも仲良しで先輩も嬉しいよぉ」


「仲良し……そうですね。すごい仲良しです私たち」


「うん。仲良しな美玖ちゃんにはご褒美を上げよぉ。はいお菓子ぃ」


 くるみが差し出した手に美玖が掌を広げて答えるとその上に袋に入ったチョコレートを置く。


「ハロウィンだからねぇ。お菓子配らないとねぇ」


「えーと……ありがとう、ございます?」


 マイペースなくるみに美玖は手渡されたお菓子に視線を落としながら少し困ったように苦笑している。


「もも君もぉ。はいどうぞぉ」


「くれるんですか?ありがとうございます」


 春人はくるみからのチョコレートを素直に受け取る。甘いもの好きな春人としては断る理由もない。


「ハロウィンってこんな感じでお菓子あげるんだっけ?」


「どうなんだろうな。よくあるのがトリックオアトリートだよな。お菓子くれないとイタズラするっていう」


 知っているのはこれくらいだ。ハロウィンの作法なんて春人も美玖も知らなかった。


「なら折角だし――」


 美玖は一度身なりを確認するように視線を身体に落とすとすぐに顔を上げ。


「はる君!トリックオアトリート!お菓子くれないとイタズラしちゃうよ!」


 両手を上げてガオーっとでも効果音が聞こえてきそうなポーズを取る美玖。吸血鬼になり切っているのだろう。


(なんだこの可愛い生き物)


 頑張っているところ申し訳ないがただただ可愛い美玖に春人は見惚れていた。こうも可愛い姿を見てしまうと逆にこちらがイタズラしたくなってしまう。


 春人は心に芽生えたイタズラ心に素直になる。

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