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15話 明日が休みだったらたぶん時間も忘れて通話してる

「……もしもし」


 緊張でかすれた声が情けなく春人は顔を顰める。


(くそ、出だしからかっこ悪いぞ!)


 初手からやらかしてしまうがスマホから聞こえてきた声でそんなことも考えられなくなる。


『もしもし……春人君?』


 耳元から聞こえる美玖の声にピクっと身体が跳ねる。


「……ああ……こんばんは美玖」


『こんばんは。ふふふ、なんだかおかしな感じだね。スマホから春人君の声が聞こえる』


「そ、そうか、初めてだもんな通話するの」


『うん、なんか楽しいなー、こうして通話してるだけなのに』


(やばい、めっちょ嬉しい)


 通話するまでは緊張していたが、いざ始まるとこんなに心躍るものなか。嬉しさのあまり顔の筋肉が緩んでいく。


『春人君は今何してたの?』


「俺はもう寝るばっかだよ。ベッドに横になってるし」


『そうなんだ。えへへ、私ももうベッドに入って寝る準備万端だよ』


「お、おう……そうか」


 美玖の言葉で嫌でも想像してしまう。ベッドで横になっている美玖の姿を……。


(寝るときはパジャマなのか。それとも……)


 ついつい余計なことを考えてしまい身体が熱くなる。


『……春人君今何考えてる?』


「ふぇっ!?いや……何も」


 第六感でも働いているのか、美玖から訝しむ声が聞こえる。


『ふふふ、面白いぐらい動揺してるよ』


 おかしそうに笑う美玖の声がまた可愛らしく、春人の動揺を加速させる。


『変なことでも考えてたのかなー?』


「別に変なことでは……」


『……じゃあ当ててみようか?』


「え?」


 美玖の提案に春人は素っ頓狂な声を上げる。美玖の声からして何か面白がっているのが伝わってくる。


『これで私が当てたら正直に考えてたことを詳細に報告するということで』


「おい、勝手に……」


『あれ?春人君は自信がないのかなー?』


 こちらを挑発するように美玖の声が少し高くなる。わかりやすい挑発だが春人も黙ているほどつまらない性格ではない。


「おー、いいぞ。その安い挑発乗ってやる」


『ふふふ、そう来なくっちゃ』


 耳元から聞こえる笑い声にいちいち顔を赤くする春人は先ほどから顔がにやけっぱなしになっていた。


『そうだなー、直前の会話にヒントがあるのかな?』


「……俺は何も言わんぞ」


『わかってるよ。これはただの独り言。うーん、何だったっけ?……寝る準備ができてるとか言ってたかな』


「………」


 勘のいいことだ。早速正解に近い部分に手を掛けてきた。少し考えるようにぶつぶつと声が聞こえてきたがスマホ越しではよく聞こえない。しばらくするとスマホから息を呑むような声が聞こえた。


『まさか春人君……私がお風呂上りなのか想像した?』


「しってないわ!流石にそこまで危うい想像しとらんわ!」


『あ、なるほどもう少し健全な想像なんだね』


「っ!や……そもそも今のが答え合わせじゃ……」


『え?そんなこと一言も言ってないよ?』


 驚いたような反応を示すが間違いなく狙ってやったのだろう。平然とした態度に春人の眉がピクピクと痙攣する。


『あ、ちなみにお風呂は一時間前には入り終わってたよ』


「別にいいから!そんな報告!」


 美玖の余計な一言で余計な想像をしてしまう。


『となるとお風呂上がりの私より健全な想像か』


「言ってることがもう危ういの気づいてるか」


 お風呂上がりの私とか言わないでほしい。想像しちゃうから。


『そんな危ないこと言ってる?』


「聞きようによってはちょっとなって感じ……」


『なるほど、ということは春人君はそっち方面で想像したと』


「そ、そっち方面とは何のことか、ちょっとよくわからんな」


『春人君結構エッチだね』


「――っ!」


 春人は口から出そうになった絶叫を何とか押し殺す。まさか美玖の口からそんな言葉を聞くとは誰が想像できたか……。先ほどから熱くなり続ける身体にシャツを仰いで風を送る。


「わ、わかって言ってる美玖だって相当じゃないか?」


 恥ずかしさを誤魔化す様に春人は少し早口になりながらなんとかそう口にする。せめて少しでもこの動揺を鎮めなければと必死になって頭を空っぽにしようとするが、考えれば考えるほど先ほどの美玖の言葉が頭にリピートされる。


(なんだよもう!こんなん意識するなって方が無理だろうがっ!)


 時間が経っても尚鮮明に思い出せる美玖の声が春人を苦しめる。


「……美玖?」


 一人悶々としている春人だったが一向に返事が返ってこない美玖を不審に思う。


『――っ!?あ、ごめんね、電波悪かったのかな、あはは』


 美玖の声が少し荒い。何やらひどく驚いているように思えるがこちらも同じようなものなので下手に指摘せず話を進める。


「それでわかったのか俺の考え?」


『あ、えーと、そうだね。……やっぱり寝る直前ってところで何か考えたんじゃないかな。例えば……私のパジャマ姿とか?』


「………」


 本当に勘がいい。そもそもこういった謎解きが得意なのか美玖の声は先ほどから活き活きとしている。


「それは答え合わせか?」


 先ほどの失敗を含め念を入れる。


『そうだね。答え合わせ』


 躊躇いなくそう言ってきた。なにか自身に満ちてるような声のトーンからもそう思わされる。


「……正解だ」


 悔しいが嘘を言うわけにもいかず、春人は素直に負けを認める。


『本当に?やったー!』


 嬉しそうな声が耳元から聞こえ春人は顔が緩む。いっそ負けてよかったかもとまで思わされる。


『それじゃあ、約束通りパジャマ姿の私で何想像してたのかなー?』


「別に変なことじゃないぞ。ただどんなパジャマ着てるのかなって」


 自分で言ってて気持ち悪い。女子の、しかもクラスメイトのパジャマが気になるなんて。


『それだけ?』


「え?それだけだが……」


『なんかもっとすごいこと聞いてくるのかと思ってたから……勝手に身構えちゃってた』


 あははと笑う美玖の声を聞き春人は考えてしまう。


(もしかして美玖って結構むっつりだったりするのか……)


 普段の姿からは想像ができないが、だからこそという可能性を春人は捨てきれなかった。むしろそうあってほしいとまで思い始める。


『春人君?聞こえてる?』


「お、おう。すまん聞こえてる」


 いらん想像に更けてしまい美玖から不審がられてしまう。


『それで私のパジャマだっけ?何て言えばいいんだろ……』


「いや、別に無理して説明してもらわなくてもいいから」


 むしろ説明しないでほしい。いろいろ考えちゃうから。


『でも折角当てたんだしこれくらい……あっそうだ!』


 当てたのは美玖なのにいやに積極的である。


『春人君ちょっとスマホの画面見て』


「え?なんだいったいぃっ!?」


 言われた通り画面を見て春人は絶句する。何せそこには――。


『どう?見えてる?』


「見え、てはいるけど」


『よかった。どう?これが私のパジャマです』


「どうって……よく似合ってるよ?」


 何て返答すればいいのかわからず。思わず疑問形で返してしまう。それほどまでに春人は動揺していた。

 だがそれも無理はない。


 ビデオ通話に切り替えたらしくパジャマ姿の美玖がスマホ画面いっぱいに映っていたのだから。

上下薄いピンク色に統一されており首周りはかなりゆったりしている。袖口も広く少し手を上げれば中の方まで見えてしまいそうだ。


『ほんと?ありがとう!』


 今までの声だけのやり取りでも可愛いと思っていたのに顔を見てしまうと冷静ではいられない。顔が熱くなるのが嫌でもわかってしまう。このまま顔を直視できないので視線を逸らせるが美玖が目ざとく気付く。


『春人君なんで目逸らすの?』


「別に……逸らしてない」


『嘘だ、だってこっち見てくれないもん』


 不満を漏らし美玖はスマホの画面に近づく。


『ねえ、なんでこっち見ないの?』


「それは……」


『……やっぱりこのパジャマ似合ってなかったかな』


 眉尻を下げみるみる美玖の顔が曇っていく。先ほどまでの明るかった美玖から一変してひどくしょぼくれている。自分のせいで美玖を傷つけてしまったと春人は思わずスマホに叫ぶ。


「そんなことない!本当によく似合ってるから!」


 自分でも驚くほど大きな声が出る。伏せてしまった美玖の顔からは何も読み取れず春人はひやひやと様子を窺っていると美玖が急に正面を見る。


「あ――」


『ふふふ、やっと見てくれた』


 思わず声が漏れ美玖の顔に見惚れる。それほどまでに柔らかい笑顔を作る美玖の顔は綺麗だった。優しく微笑む顔に目が外せないでいた。


『春人君見過ぎだよ』


「――あ、いや、その……すまん」


 自分でもわかるくらいきょどってしまい恥ずかしく顔を背ける。


『あはは、やっぱり春人君は面白いなー』


「面白いって……てか落ち込んでたように見えたけど」


『うん?だってああでもしないと春人君こっち見てくれないかなって』


「お前な……はー」


 いつも通り美玖の嘘に振り回され春人はため息をつく。


『でもおかげでいいもの見れた』


「なんだよいいものって」


『あはは、なんだろうね』


 ひと際楽しそうに笑う美玖は教える気はないらしい。一体何のことなのか気になるがこの笑顔がそんなことどうでもよくなるくらいに春人の心を揺さぶる。


『――流石にもう寝ようか』


 美玖の言葉で時計を見るともう少しで日付を跨ぎそうな時間になっていた。随分と長いこと通話していたらしい。


「そうだな……流石に明日も学校だしこれ以上はな」


『学校がなかったらもっと話してたかった?』


「そ、れは……まあ、少しは」


『そっか……私も』


「――っ!」


 まさかの不意打ちに心臓が跳ねる。一体どれだけ春人の心を揺さぶれば気がすむのか。いい加減春人も限界が近かった。


「ま、まあ、そういうことだから今日はこの辺でな」


『うん、そうだね……おやすみ春人君』


「ああ……おやすみ美玖」


 スマホがビデオ通話の終了を知らせる文字を表示させる。それでも春人はしばらく画面を見続けていた。ただ黙ってじっと画面を見ていたが少しずつその身体が傾きだしベッドへと横たわる。


「なんなんだよほんとに……」


 誰に聞かせるわけでもなく春人はぽつりと呟く。熱を持った身体のせいでこの日は寝付くのに大分時間がかかった。

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