149話 時には隠し通した方がいいこともある
甘く見ていた。
春人が思っていたよりも今日は慌ただしい一日となった。
休み時間おきに男女問わずいろんな生徒から質問攻めにあった。これだけ多いと同じ質問もそれは多くあり、後半には辟易しながら受け応えていた。
中には春人に対して明確な敵意を込めた言葉が飛んでくることがあったが春人が対処する前に香奈、そして小宮までもが春人を庇うように話に割り込んでくれた。
香奈と小宮が春人の味方をしているとわかるとその生徒は分が悪いと思ったのか舌打ちを残して去っていった。
小宮は「こういう奴らもいるだろうけど、まっ、気にすんなって」と春人の肩に軽く触れる。
本当に二人には感謝しかない。流石に二人がいなかったら今日を乗り越えることができたかわからなかった。
因みに一番うるさくなりそうだった谷川は今日は終始セミの抜け殻のように心ここにあらずで、ぼけーっと自分の席で大人しくしていた。あいつはしばらくだめかもしれない。
そんな春人にとって山場となる一日はなんとか乗り越えることができた。あとは家に帰ってのんびりしようと思っていたのだが……。
「はる君一緒に帰ろっ」
美玖から声をかけられた。
普段からこういったことで声をかけられることはあったが今日はやはりいつもと違う。生徒たちの視線が自然と集まってくる。
「あぁ、そうだな。流石に今日は疲れた」
「あはは、そうだね私も」
美玖も春人と一緒だったようだ。流石に一日中質問攻めは精神的に来るものがある。
春人たちは二人並んで教室を出る。出たところでも好奇な視線が無遠慮に向けられるが今日はもう流石に慣れた。
校門を出てしばらく。
「あの……はる君ちょっといい?」
「ん?」
少し遠慮がちな美玖の声が飛んできた。
「疲れてると思うんだけどちょっとお願いがあって……」
美玖にしては歯切れの悪い言葉に春人は首を傾げる。
「昔一緒に遊んだ公園……行かない?」
「公園?別にいいけど」
いきなりどうしたんだと思うが春人も断るほどの理由もなかった。了承した春人に美玖が「ありがとう」と返す。
昔遊んでいた公園は春人の家から徒歩で行ける距離にある。数分も歩けばすぐに到着した。
「わぁー懐かしい」
美玖は公園につくなり辺りを見渡しその大きな瞳を輝かせる。
春人と美玖が初めてあった場所。公園自体は小さいが思い出はたくさん残っていた。
「懐かしいな」
「はる君も?」
「あぁ、年を取ると公園で遊ぶなんてことなくなるからな」
「ふふふ、なんか年寄り臭いよ、はる君」
おかしそうに声を漏らす美玖。
少しお茶らけてみたが美玖が気にした様子はない。公園に来なかったのは昔の美玖との記憶があったからだ。無意識的に避けていたのだと思う。
「あ、見て見てはる君」
美玖が指をさしながら駆け出す。
「この遊具覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。よく遊んだよなこれ」
春人の目の前の遊具には取っ手のようなものが付いていた。昔ならもっと頭上にあったのだが。取っ手には梁の前後を動くようにローラーが付いており、この取っ手にぶら下がり向こう側まで梁の間を行き来して遊ぶ遊具だ。
「懐かしいなぁ。はる君これ好きだったよね?」
「来たら絶対これは遊んでた気がするな。でも美玖は取っ手にぶら下がれなくて泣いてたっけ」
「ちょっと!そんなことまで思い出さなくていいから!」
美玖が恥ずかしそうに顔を赤くし抗議する。
昔は握力が足りなかったのか美玖は最後まで取っ手を掴んでおくことができなかった。渡りきる前に手を放し泣いていたことはよく覚えている。
おかしくてつい頬が緩む。昔の美玖との思い出にこんな気持ちを抱けるのは自分自身の気持ちとちゃんと向き合えたからかもしれない。少し前ならありえなかったのに。
また思わず笑みがこぼれてしまった。
「むぅーーー」
不機嫌そうに唇を尖らせる美玖が目の前にいた。
ただ過去を偲んでいただけなのだが美玖はそう捉えなかったらしい。
「そんなに昔の私をバカにしてぇ~」
「いや、別にバカにしてなんかないぞ。可愛らしかったなって」
「それがバカにしてるの!」
本当にそんなつもりはなかったのだが美玖は余計に不機嫌になってしまう。
どうしたものかと考えていると「見てて!」と急に美玖が遊具の方に駆け出す。
何をするつもりだと春人は訝しんでいると――。美玖は遊具の取っ手を掴み梁の端まで移動した。
「今ならちゃんとできるから!」
「そりゃあ……できるだろ」
春人は少し戸惑いを見せる。
一応子供向けの遊具だ。高校生が遊べない程高難度なものではない。
だがそんなことでもムキになってしまう美玖の子供っぽさにまた笑みを作りそうになったが今回は何とか耐えた。
取っ手の握りを確認すると助走とまではいかないが勢いをつけ美玖は地面を蹴る。取っ手にぶら下がった美玖がすーっと進んでいく。そこまでは想定通りだったのだが……。
「――ッ!」
春人は両目見開く。その視線は制服をなびかせ進んでいく美玖の……主に下半身へと注がれていた。
「――っと」
春人が息を呑んでいると美玖が向こう側に到着し両足で着地する。
「ほら、見てたはる君!私もちゃんとできたでしょ?」
春人は視線を逸らす。全くもってもう遅いのだが。
「はる君?」
そんな春人の反応に美玖は首を傾げる。
「ちょっとはる君。ちゃんと見てた?」
「や、見てたというか見えたというか……」
「え?」
美玖は首を傾げる。あまりにも春人の反応がおかしいと。
流石に不審に感じた美玖が詰め寄ってきた。
「ねえはる君。こっち向いて」
「いや~ちょっと~」
「こっち、む・い・て」
美玖が春人の顔を両手で掴み無理やり自分の方に向ける。
「え」
春人の顔を見た美玖が、ぽけーっと口を大きく開ける。こんな美玖の顔は初めて見た。
「え……え?はる君なんでそんな顔赤いの?」
「ナンデモナイヨ……」
見事な片言だ。美玖じゃなくてもこれは不振がるだろう。
「……はる君。なんか隠してるでしょ」
じとーっと突き刺す視線が飛んでくる。その視線から逃れたいが絶賛美玖に顔を掴まれてる最中だ。逃げようとする春人の顔を逃すまいと美玖の手にさらに力が入り柔らかい掌の感触が強くなる。
「隠してるよね?」
「………」
「何隠してるの?」
「………」
「…………言わないとこの手放さないから」
どうしても春人から聞きだしたいらしい。春人も言うのは簡単なのだが内容が……。
「あの、な――」
しばらく硬直状態が続いたが仕方ないので春人が折れる。おそらく美玖は聞かない方がいいと思うが……。
「一応言っておくけど別にそういうつもりじゃなかったからな」
「そういうって……わかんないけど。うん」
美玖の了承も得たところで春人は重い口を開く。
「その、見てたよ……美玖を」
「見てくれてたのはわかったけどなんでそんなに顔赤いの?」
「……ほんとに言っていいの?」
「いいって言ってるでしょ。ほら、話して」
「……見えたんだよ」
「見えたって……え、まさか怖い話してる?」
「違う。だからその……美玖が勢い付けた拍子にね、スカートがその……」
「スカート……?」
しばらく春人の顔を覗き込んだままの美玖だったが何かに気づいたのか不意に目が大きく開く。
ここまで言えば何となく察してくれるだろう。美玖の顔から表情が抜け落ちる。
「え。見えたって……スカートの中?」
「………」
「太腿までとかじゃなく?」
「………」
「し……下着、まで?」
「………」
なにも言えない。春人は只々黙っていたが無言は肯定だ。
「あ……あ、あぁぁぁ……」
美玖の顔が次第に赤く染まっていく。
「あぁぁぁっ!うそっ、うそうそっ!なんてこと聞き出してるの私ぃ!?」
「だから言ったのに」
「こんなことだなんて思わないでしょ!」
美玖は両手で顔を押さえてしゃがみ込む。
「うぅぅぅ~恥ずかしぃ、恥ずかしすぎて死んじゃぅ」
春人は美玖を見下ろす。
一体どうすればいいのだろうか。下着を見られた女子にかける言葉など春人は知らない。
「今日どんなの着てたっけ?どうせ見られるならもっと可愛いのにしとけばよかった……」
案外平気なのかもしれない。下着を見られたことよりも今履いている下着の心配をしていた。
そんな打ちひしがれている美玖を春人はただ黙って見守っている。
しばらく美玖が落ち着くのを待つことになった。




