144話 恥ずかしいけど離れたくない
「はぁぁぁー…………さっきのは危なかった」
自販機横の長椅子に腰を下ろし春人は大きなため息をこぼした。
美玖はといえばお手洗いに行くと言い今は少し席を外している。正直一人になれるこの時間は今はありがたい。
「あの表情はずるいだろ。あんなのキス待ち……いやいや止めろ考えるな…………はぁぁぁー」
再び大きなため息をこぼし春人は天を仰ぐ。
自分の意志の弱さに嫌悪感さえ覚える。美玖の気持ちを拒絶したのにこれはあまりにも都合がよすぎる。
それでも美玖が望むならという気持ちが湧いてこないわけではない。何を優先すべきなのか。いろいろと整理しなければならない。
「はる君おまたせ」
頭の整理に追われていると美玖が小走りでこちらに歩いてきていた。
一旦後回しだ。春人は膝に手をつき立ち上がる。
「そんなに待ってないぞ。それより次だな。一応面白そうなのは見て回ったけど――」
春人が次の目的地の相談をしようとしたときだった。
『これよりイルカショーを開催します。御覧になられるお客様は――』
タイミングよくそんな館内放送が流れ出した。
「――イルカショー見てみるか?」
「うん。私もちょうどそう思ってた」
あはは、と二人して笑いパンフレットを見ながらイルカショーが開催される野外ステージへと向かう。
着いてみると満席とはいかないが相当の人数がイルカショーを見に集まっていた。
「わぁー、いっぱいだね人」
「ほんとな。あ、ほら美玖、こっち空いてる」
春人は二人で座れる席を見つけ美玖と並んで座る。
開演までもうしばらくといったところだ。何気ない会話をしながら春人たちは始まるのを待つ。
「くしゅん」
すると隣から何やら可愛らしいくしゃみが聞こえた。
美玖は両手を擦りながら背を丸くしている。
「寒いか?」
「うーん、少しだけね」
えへへ、と美玖は笑う。
秋にしては今日は少し冷える。それも先ほどまで屋内だったのでいきなり野外となれば身体も寒さを感じるだろう。
春人は自分の上着を脱ぐと美玖へとそっと羽織らせた。
「え、はる君?」
「寒いんだろ。着ときなよ」
ちょっとカッコつけすぎだろうか。それでも寒がっている美玖を放っておくわけにもいかない。
美玖は羽織らせてもらった上着と春人を交互に見る。
「はる君は寒くないの?」
「全然。俺なら平気だから気にす――べっくしゅん!」
豪快にくしゃみが出てしまった。折角かっこつけたのに締まらない自分に春人は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり寒いんでしょ?」
「寒くないって。タイミングよく出ただけ」
一向に認めない春人に美玖は「もー」と仕方ないなといった様子で拳一個分ほど開いていた春人との距離を詰める。身体が完全に密着した状態で上着の半分を春人へ羽織らせた。
「え、美玖?」
「寒いんでしょ?これなら二人で温まれるし」
「まあ、そうだけどさ」
暖かい。何か言い返そうかと思っていたがそんな気も消えてしまうほどに心地いい。
でもいいのだろうか。傍から見たら一体どんな風に見られているのか。
春人は落ち着きなく視線を彷徨わせている。
そんな時、美玖がもぞもぞと身体を動かして春人を見上げた。
「えへへ、ちょっと恥ずかしいね」
頬を赤く染めた美玖が困ったように眉尻を下げていた。美玖も春人と同じ気持ちなのだろう。
恥ずかしくて離れたいと思うが離れたくない。この温もりを手放したくはない。
肩を寄せ合い周りに甘い空気を漂わせながらイルカショーが開演した。




