136話 嫉妬と対抗心
(はぁー……何してんだろ私)
美玖は内心でため息をこぼす。
わかってはいるのだ。今の自分があまりにも身勝手に怒っていることくらいは。
(本当に何してんだろ。面倒くさすぎるよ私……)
再びため息が漏れだす。
(でもはる君もはる君だよ。あんな緩んだ顔して)
美玖は先ほどの春人の顔を思い出す。
傍から見たら別に変化という変化もなかったが美玖からしたら五割り増しくらいに緩んだ顔に見えていた。
それが美玖にはどうしても我慢できなかった。
(一応私の気持ち伝えてあるのに他の子にあんなデレデレして!)
ぷりぷりと怒る美玖の心情など春人がわかるはずもなく只々困惑する表情を作っていた。
だからこれくらいのイタズラは許されたっていいだろう。
美玖は、すっとスマホから顔を上げる。
「ほんとに春人君かっこよかったよね。私もついずっと目で追っちゃった」
にこにこと発せられる美玖の言葉に皆唖然とし、一瞬場が静かになる。
香奈はともかくここにいる他のメンバーは美玖が異性を大ぴらに褒めるとこなど見たこともないだろう。
“学校一可愛い女の子”のこの言葉はいろいろと危険をはらんでいた。
「え、桜井さんもそう思った?」
「うん、春人君かっこよかったよね?」
「そうだよね!」
真っ先に食いついたのは女子生徒だ。普段は聞けない話でも聞けるかもと嬉しそうに声を弾ませている。
女子生徒たちの中で話が盛り上がってきた。
「桜井さんもやっぱりかっこいいとか思ったりするんだ。ねえねえ、どんなとこがよかった?」
「どんなとこか……普段はやる気がなさそうなのに必死に走ってくれたところとかかな?」
「「わかるっ!」」
女子生徒数人が食い気味に反応する。共感できるところがあったのだろう。話はこれでは終わらずにどんどんヒートアップしていった。
そんな中話の中心にいる春人は何とも居たたまれない。自然と背が曲がり肩が縮こまる。
(なんだよ!何のつもりだ美玖!?)
何の嫌がらせだと春人は内心で絶叫した。
目の前の女子たちが自分のどこがかっこよかったかと話し合っている。
嬉しいんだか恥ずかしいんだか感情がぐるぐると渦巻いている。
(大体なんだよ。さっきまで女子たちにかっこいいって言われて怒ってたのに、自分だって………………え、まさかそういう……)
春人は、はっと顔を上げ美玖を見る。何かに気づいたのか美玖の顔を食い入るように両目で捉えていた。
(まさか……他の女子に照れさせられるくらいなら自分がってこと?もしそうなら……可愛いらしいな、おい)
いきついた答えに春人はにやにやが抑えられなくなってきた。
「他には他には!?普段の百瀬君見ててなんかないの!?」
「普段だとやっぱりスポーツやってる時かな。すごく活き活きとしてて見ててなんかこっちまで嬉しくなるし」
だってそうだろう。自分に好意を向けてくれる女子が他の女子に対して対抗心を燃やしているのだから。
(こうなると本当に美玖には申し訳ないな)
ここまで自分のために頑張ってくれている美玖に罪悪感を覚えてしまった。
「あと春人君あれで甘いものには目がないのも可愛いんだよね!この前一緒に文化祭回ってたときもお腹いっぱいなのにスイーツ系の屋台を見ると自然と目で追ってたところとか可愛くて!」
春人はまだ美玖の好意に対して中途半端にしか答えを出せていないのだから。
(答えはまだ出せないにしろ何かしら美玖には返していきたいけど)
どうすればいいのかがわからずにいた。この女の子に一体何をしたら……なんなら今まで待たせてしまった分まで返せるのだろうか。
「あとやっぱりスポーツ得意なだけあって身体は結構がっしりしててプール行った時とかも――」
「ちょっともうストップ!ストーーーップ!」
自分自身の不甲斐なさに落胆していたがそんなことも気にならないくらいに周りが騒がしくなっていた。
ヒートアップした美玖がそれはもう嬉しそうに春人のことを語る。
「え、どうしたの春人君」
「どうしたのってな……」
わからないか、と目で訴えるが美玖は首を傾げるだけで疑問符を浮かべている。
(素なんだよな。素でやってんだよなこれ。ほんとに隠す気あんのか……)
春人に気持ちを伝えてから美玖の中で何かのタガが外れた気がする。
今まで我慢してきた分の反動なのかたまに押さえが効かなくなっている。
「あ、あのぉっ!」
この後どう話をまとめようかと考えていたら谷川の素っ頓狂な上ずった声があがる。
皆の視線が自然と谷川に向けられる。
美玖に話しかける緊張からか顔が面白いほど引きつって怖さが増していた。
「え、えーとですね。桜井は結局百瀬をどう思っているんですか?す、すす、好きなんですか?」
「おま……っ」
なんてことを聞くのだと春人は頬を引きつり固まる。
だがこの件についてはこの場の誰もが気になっていたことだろう。
美玖と唯一普段から仲良くしている異性。先ほどまでの春人について語る姿からも特別な何かを感じているのではないかと疑う気持ちはわかる。
(ちょっと待てよ。これまずいんじゃないか)
春人が美玖に視線を向ければその顔が耳まで赤く染まっていることが確認できた。春人は察する。
(あ、ダメかもやっぱり)
一目見て終わったな、と実感した。
こんなの誰が見てもわかるだろう。もう言葉もいらないくらいだ。
「ぁ、ぁ……」
美玖も何かを言おうとしているが言葉が出ない。
流石に春人も覚悟を決める。最悪この場だけの秘密になってくれればまだ何とかなるかもしれない。それに――。
(美玖としては多分隠したくないだろうしな)
春人のわがままで隠してきたがもういいかもしれない。そう春人も考え始めた時だ。この場の静寂を断ち切るものが現れた。
「谷川あんた…………ないわ」
香奈である。顔をこれでもかと顰めた香奈が谷川に冷めた視線を送っていた。
「な、なんだよ水上……」
「ないって言ってんの。美玖が誰を好きかとか気になるのはわかるけど本人たちがいる前で他の誰かがそれを聞き出すのはない。クズ、バカ、ハゲ」
「ハゲてねえよ!」
静かな怒りをはらんだ香奈の言葉に谷川はなぜかハゲの部分だけ妙に反応して声を上げた。
それが皮切りとなったのだろうか。次第に口を開く生徒が出てきた。
「まあ、確かにここで聞くことではないかもね。谷川最低」
「うん、最低」
「お、お前たちだって興味津々って感じだっただろうが!」
自分だけ責められるのは理不尽だと谷川は主張する。
そんな騒がしくなり始めた中、春人はこっそり香奈へと声をかける。
「香奈、ありがとう。助かったわ」
「いいって。あたしが嫌だっただけだし」
「それでもだよ。でも……ちょっと意外だったかも」
「意外って?」
「香奈ってこういった話好きだからどっちかというと乗ってくるのかと思ってた」
こんなことを言うと怒られるかもしれないと思ったが香奈はどこか納得したように「あぁ」と口を開く。
「恋バナは好きだよ。友達とそういった話もよくするし、でもさっきも言ったようにさ、本人たちの前で好きなんでしょ?って聞くのは違うでしょ。そんな場の空気で告白まがいのことさせるのは本人たちがかわいそうだしね」
香奈の言葉を黙って聞いていた春人はちょっとした衝撃に近い感覚を受けていた。
香奈の考え方はとても素晴らしいと思えた。大げさでもなく素直にそう思えた。
「いつもあんなだけどやっぱり香奈ってすごいな。尊敬するわ」
「ふふふ、もっと褒めなよ…………ん?ねえ待って、あんなって何?どう思ってんのいつも」
いつものように調子にのり始めたところで珍しく我に返る。
春人はあえてそれ以上は口にせず、すっと香奈から離れた。
香奈から「ちょっと待て、話はまだ終わってないけど!?」と言葉が飛んできていたが今はそれよりも他にやることがあった。




