135話 人間って怒ると本当に頬が膨らむんだなー
体育祭が終わった当日、打ち上げが開催された。
打ち上げといっても仲の良い友人たちでの少人数のものでいつもの美玖たちとそこに仲の良い女子が数人混じり、男子は春人と数少ない友人である谷川と小宮が加わってのものになった。
学校近くのファミレスに入り、各自ドリンクバーで飲み物を取ったことを確認すると小宮が立ち上がった。
「全員分の飲み物が集まったところで――体育祭お疲れ様。それとクラス優勝に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
小宮の音頭に集まった生徒が各々グラスを掲げていく。
こういった場でまとめてくれる小宮は素直にすごいと思う。
春人もグラスに入ったメロンソーダでのどを潤し一息ついた。
「それにしても折角の打ち上げなのにあまり集まらなかったな」
「お前の顔が怖かったから皆遠慮したんじゃないか?」
「小宮おまえ!もういいだろその話は!」
障害物リレー後に行われたやり取りをいやでも思い出す。周りの生徒からも笑顔が漏れていた。
「実際急だったからしょうがないよね。皆それぞれ予定もあるだろうし」
香奈が仕方ないと肩を竦めながら早速頼んでいたフライドポテトに手を伸ばす。大盛よりも多いギガサイズというものがあったので頼んでみたが想像以上に多い。男子が四人ほどいても食べ切れるかわからない量だが香奈がいれば問題はないだろう。
「香奈はよかったのか?生徒会の仕事とかあっただろう」
「あったにはあったんだけど会長が優勝したら打ち上げくらいあるだろうから行ってこいって。ほとんど強制的に追い出されちゃった」
「なんというかその辺の気配りさは流石会長だな」
葵のことを知っている分簡単に想像がついてしまう。
香奈の話を聞いていると一部の女子生徒が話に入ってきた。
「へー会長男前だね。いいなー生徒会楽しそうで。あの会長の下で働けるとか羨ましい」
「楽しいかっていえば楽しいけど……大変なこともあるよ?それに…………会長怒るときは怖いし」
香奈は楽しげに話していたと思えば急に虚空を見つめて遠い目をし始めた。
その顔から何かを察したのか皆も口を閉じる。
(まあ怒らせたら怖そうではあるけど……なにしたんだこいつ)
一体どんなことをやらかしたのかと春人は勝手な想像を膨らます。
そんな急にお通夜のように静かな空気になってしまったがそこは香奈が持ち前の明るさを取り戻し一転させる。
「あはは、ごめんね空気壊しちゃって。ほら!皆も食べようよ!食べないならあたしが全部食べちゃうよ!」
「あ!水上おまえ何本食ってんだよ!」
「だから早く食べないと全部食べちゃうよって。あむっ」
「おぅわぁぁぁ!マジでなくなるぞこれ!」
並々に盛られていたフライドポテトが見るからに減ってきていた。谷川が慌ててフライドポテトに食らいつき始める。
そのなんとも馬鹿々々しい光景に他の生徒たちが声を出して笑い始めた。
そんな楽しい時間が少し経つと話題は自然と今日の体育祭へと移る。
「それにしても優勝しちゃうなんてすごいね、私たち」
「ほんとにな。楽しめればいいかくらいだったのに、実際優勝すると嬉しいものだな」
美玖の言葉に春人が答えると周りでも似たような反応が返ってくる。
「そうだよねー。それにしても最後の百瀬君かっこよかったね。ちゃんと一位で帰ってきちゃうし」
「谷川と小宮が頑張ってくれたからな。俺は最後だから目立ってただけで」
「それでも女子たちの中で話題になってたよ。百瀬君かっこいいなーって」
「そ、そうなのか?」
「うん、そうだよ。ねー」
「ねー」
女子生徒二人が向き合いながら相槌を打つ。
そんな情報を聞かされても免疫がない春人にはどう反応を返せばいいか困ってしまう。
こういうことに慣れてそうな小宮にチラッと視線を向け援護を要請するが――。
「おお、そういえば言ってたな女子たち。すごい騒いでたぞ」
面白そうに揶揄うような小宮の笑顔が目に映る。
援護の方向がまさかの女子生徒よりに春人は眉を顰める。
(こいついつの間にか敵側の人間だったのか)
多少の期待を裏切られショックを受けながらも小宮からの助けは得られないとわかり春人は次に期待できそうな友人に視線を向ける。
「おい百瀬」
その友人――谷川もちょうど春人に視線を向けてきた。
助けてくれるのかと期待が膨れ上がる。
「おまえ俺に言ったよな。体育祭で活躍したらモテるって。――モテてんのおまえだけじゃねえか!どうなってんだよっ!」
こいつは何を言っているんだと一瞬思ったがすぐに思い出す。
(あぁー、そういえばそんなこと言ったっけ)
最早記憶の果てに追いやっていたことだ。今の今まで忘れていた。
「確かに言ったけどあれはおまえも悪いぞ。走ってる時の顔怖えんだよ」
「お前もまた顔のこと言い出すか!」
怒り狂う谷川を小宮が「まあまあ」と宥める。
谷川には多少犠牲になってもらったが結果としては話が逸れた。
春人は人知れず短く息を吐き出すとポケットに入ったスマホが震えたことに気づく。
なんだ?とスマホの画面を見てみればメッセージが来ていることを知らせる通知でその差出人の名前を見て春人は首を傾げる。
(美玖?なんでわざわざ……、ッ!?)
メッセージを確認し春人は思わず肩を揺らす。
『はる君鼻の下伸びすぎ。すけべ』
スマホから視線を上げ向かいに座る美玖に顔を向ければ――。
(おぅ……見事にご立腹の様子で)
頬を膨らませ責めるような視線をこちらに飛ばしている美玖がそこにいた。絵に描いたような反応に春人は一瞬冷静になってしまう。
(人間って怒ると本当に頬が膨らむんだなー)
そんな現実から目を背けていると再びメッセージが飛んできた。
『女の子にかっこいいって言われて嬉しい?』
正面にいるのに言葉を話さない美玖に強いプレッシャーを感じながらスマホを操作する。
『まあ、多少はな』
『私もよく言ってると思うけど?』
『あれだって嬉しいというか照れるというか……今みたいに反応に困ってるぞ』
『でも今みたいに鼻の下は伸びてない』
美玖の二度目の指摘に春人は咄嗟に口許を掌で隠す。
(え、冗談じゃなくマジで伸びてんの?)
正直そんな自覚はなかったので本当だったら死ぬほど恥ずかしい。
そんな春人の様子に気が付いたのか小宮が怪訝な様子で声をかける。
「どうした百瀬?そんなスマホ凝視して」
「え!?いや、何でもないぞ!」
「何でもって様子じゃないけど……つうかなんで口許押さえてんだ?」
「ほんとーに何でもないんだ。気にするな」
「んー……まあ、いいけど」
まだ引っ掛かるところはあるようだが小宮は他の生徒と話している途中だったようですんなりと引き下がった。
ほっとすると春人は再びスマホへと視線を戻す。
『ほんとに伸びてるの?』
『確かめてみれば?』
気のせいか文字から素っ気なさを感じる。春人はスマホでカメラのアプリを起動し自分の顔を写してみる。
(えぇー、わっかんねー。伸びてると言えば伸びてるぅ?)
自分で見てもいまいちよくわからなかった。
『あの……自分じゃよくわからないんだけど』
『そう、残念だね』
やはり言葉に棘を感じる。恐る恐る美玖に視線を向ければ、じとーっとこちらを見返す美玖がそこにいた。
慌てて春人はスマホに指を走らす。
『なんか、ごめん』
『なにがごめんなの?』
美玖の返信に一瞬指の動きが止まるが春人は再び動かし始めた。
『美玖以外の女子からかっこいいって言われて照れたりして』
しばらく返事が返ってこない時間が流れる。これは間違えたかと春人は口を固く結んで顔を顰めるが、ほどなくして返事が返ってきた。
春人はすかさず文面に目を通す。
『別に私ははる君の彼女でもないし、照れるのははる君の勝手だよ』
すーっと息を吸うと目を閉じる。
(これは間違ってたのか?あえてこう言ってんのか?ああ!わっかんなくなってきたぁー!)
春人は内心で頭を抱えた。




