134話 体育祭決着
小宮からのバトンを受け取ると春人は持ち前の脚力で地面を蹴りつけ一気に加速していく。
その途中クラスのテントが目に入り、勝手に視線が美玖を探そうと動く。
(――あ)
そんなに広くないテントの中なのですぐに美玖は見つかった。自然と二人の視線が合う。
(あんなこと言ったんだからやっぱりかっこ悪いとこは見せたくないよな)
春人の握ったバトンに力が入る。思いが伝播するように足にもより一層力が伝わってきている気がする。
一瞬の視線を交わせ春人はテントの前を駆けていく。
最初の障害物はよく見る平均台だ。十メートルほどの長さがあるが春人は平均台に飛び乗るとバランスを崩すことなく勢いをそのままに数歩で駆ける。
軽やかなその足取りに周りの生徒から感嘆の声が漏れる。この時点で一人を抜き去っていた。
次の障害物はハードルだ。飛び越えるのではなく下をくぐるように進んでいくが、春人は最初のハードルはスライディングするように勢いを殺さずくぐっていく。続いて二個、三個とくぐり順調に障害物をクリアしていく。
(っし。次……ん?)
順調に進んでいる春人だったが目の前の光景に目を丸くする。
だがそれも無理はない。大口をたたいて走り去っていった北浜の姿が目の前にあるのだから。
「え。なんでお前こんなとこいんの?」
もっと先の方に進んでいると思っていた。
目を丸くしている春人とは対照的に北浜は何やら焦るように鋭い視線を向けてきた。
「ちっ!もう来たのかよ。うるせえ。さっさとクリアしてこんなとこ抜けてやるよ!」
北浜は三つ目の障害物に挑んでいた。
手に持ったハンマーとかかなづちみたいな形の物に糸が繋がってその先に球状の物がくっついている。いわゆるけん玉だ。
他の障害物とは様変わりした内容に春人は面食らっていたがさらに驚くべきは北浜だ。
「くっ!ちくしょー!なんでだ!」
手元のけん玉を引き上げ玉が宙を踊ると皿になっている玉を受け止めるポケットのようなものの端に当たり弾かれる。
春人が来た時だけですでに三回ほど失敗していた。
しかもけん玉を引き上げる度に身体全体が変に連動しているので不格好ですごく面白い動きを見せてくれている。
これだけで春人は悟った。
「お前けん玉苦手なんだな」
「うるさいっ!こんなものできなくても俺の人生で困ることなんてないんだよ!くそっ、なんでこんなのが障害物に!」
「今できなくてすごい困ってんじゃんお前」
何とも可哀そうなものを見るような目で春人は北浜を見ていた。
意外な北浜の一面に苦笑してしまう。
「と、俺もやらんとな」
春人はけん玉を手に取る。
ルールでは一回でも皿の上に玉を乗せればクリアなのでそんなに難しいものではないのだが。
(俺もけん玉なんてそうそうやんないからな。どうなることやら)
玉を垂らしけん玉を真上に引き上げる。ふわっと浮いた玉が落下するのに合わせて膝を曲げ落下の速度と合わせる。勢いを綺麗に殺しきった玉がけん玉の皿に乗っかった。
「あ、乗った……え、クリア?」
近くにいた実行委員の生徒から「オッケーです」と言われ、拍子抜けするほど簡単だったことに春人は一瞬戸惑いを見せる。
その横で北浜が、くわっと目を見開き春人を睨んでくるがこればかりは春人のせいではない。
「えーと、まあ、頑張れよ?」
春人は一応北浜に声をかけると更に目を血走らせ始めた。
「クッソがぁー!次だ!次こそは倒してやるからなぁー!」
北浜の魂の叫びを背中に受けながら春人は先頭を走る生徒を追う。
距離としては十メートルくらいだろうか。結構厳しい距離だがこれは障害物リレーだ。障害物次第では全然逆転はできる。
最後の障害物は跳び箱だ。五段、八段、十段と徐々に高くなった跳び箱が均等に距離を置いてレーン上に置かれていた。
(普通に飛ぶんじゃスピード落ちちゃうよな……)
少しでも速度を緩めたくない。そう思った春人が取った行動は――。
「よっ!」
足に力を入れ踏み切ると手を使わずにハードルでも飛び越えるように跳び箱の上をぎりぎりで飛び越える。そのまま着地も前方に向かおうとする力をうまいこと利用し速度をほとんど落とすことなく次の跳び箱へと向かった。
「うおーっ!いいぞ百瀬っ!」
「そのまま行っけぇー!」
遠くから谷川と小宮の声がはっきりと聞こえてきた。この騒がしい観衆の中どんだけ大きな声を出しているのかと春人はつい走りながらも苦笑してしまう。
最後の跳び箱も飛び越えると後はアンカーだけ百メートルを走ることになる。
先頭の生徒とはもう二メートルと離れていなかった。
春人は全力でレーンを駆ける。そうすれば次第に生徒との差がみるみる埋まっていった。
「ッ!」
先頭を走る生徒も春人に気づいたのか先ほどよりも手と足に力が入っているように見える。
互いに必死に走る中ついに順位が変動する。
五十メートルほど走ったところだろうか春人が生徒を抜き先頭に立った。
リレーを見守っていた生徒達から歓声や悲鳴が上がる。
歯を食いしばり、速度を緩めない春人は後方の生徒をどんどん引き離し最後には大きな差をつけゴールした。
その直後にまた大きな歓声がグラウンドを埋め尽くす。
そんな歓声を聞きながらゆっくりと速度を緩め春人は額の汗を手の甲で拭う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やり切った達成感と勝利の余韻が身体を駆け巡っているような感覚に春人はしばらく、ぼーっと息を整えながら空を見上げる。
正直まだ勝ったという実感が湧いてこなかった。
すると春人へ近づいてくる足音が聞こえてきた。
「百瀬!お前やっぱすげえわ!」
「お疲れさん。流石だよ百瀬」
谷川が春人の首に腕を回し、小宮が爽やかに歯を見せながら笑っている。
「俺だけじゃないだろ……二人が頑張ってくれたからだろ。むしろおいしいとこだけ持ってって悪いな」
「んなもん気にすんなって!いやースカッとしたわ。百瀬が北浜抜いた時は!」
「あれはあいつの自滅だけどな」
心底嬉しそうな谷川に春人は苦笑いを浮かべる。
「でもほんとにすごかったぞ。もう障害物への対応自体他と違ったからな」
「あはは。まあ素直に喜んでおくよ」
小宮が感心したように頷くので春人は笑って返した。褒められているのだから悪い気はしない。
そんな感じで三人勝利を実感しながら話しているとまた春人たちに近づいてくる生徒が今度はたくさんいた。
「おっつかれー!皆!流石我がクラスの代表だねー!」
香奈を先頭にクラスメイトが押し寄せてくる。
「ほんとにすごかったよ!三人とも!」
「ああ、最初はどうなるかと思ったのにまさか逆転するなんてな!」
わーわー、盛り上がっていくクラスメイト達。
そんな輪の外からまた一人近づいてきた。
「いやー……ごめんね皆。バトン落しちゃって」
頭を掻きながら気まずげに顔を向けてくる。障害物リレーの第二走者であったクラスメイトだ。バトンを落としてしまったことを気にしているらしい。
「別に気にすんなって近藤!つうかあんなの誰だって落とすわ。谷川顔怖すぎ」
「はぁー!?別に普通だったろあのときは!」
「いやお前……まじで怖いからな?ほんとに」
クラスの男子が真顔で真剣に言うと周りも同意するように頷いて見せる。
「え……まじで?そんなに?」
そんなクラスの様子に谷川も何かを理解したのかもしれない。口を開け呆然と突っ立っている。
そんな谷川の反応に誰かがおかしそうに吹き出すとまた周りが騒がしくなり始めた。
春人もそんな中の一人だ。おかしそうに声を上げ笑っていた。
すると不意に服の袖を引っ張られたような感覚が春人に伝わる。
「ん?」
覗き見ると誰かが袖を掴んでおり目で追えば――。
「お疲れ様、春人君」
美玖だった。にこっと太陽のような眩しい笑顔を向けてくる。
「ああ、ありがとな」
春人も思わず笑顔で返してしまう。それくらいには気分も高揚していた。
「かっこよかったよ」
「え……ああ、どうも?」
思わぬ言葉にドキッとしてしまう。
クラスメイトがいる前だ。まさかこんな言葉をかけてくるとは思わなかった。
「照れてるね春人君」
「そりゃあ……照れるだろ」
「うんうん。いい反応だね」
美玖はまた満面の笑顔を向けてくる。機嫌がよさそうで何よりだがそれでもいつも以上に浮かれているような感じだ。
(どうしたんだ一体。そんなに優勝できてうれしいのかな)
春人も嬉しくないわけではないので美玖もきっとそうなんのだろうと勝手に納得する。
何はともあれ終わり方としては最高の結果だろう。
高校最初の体育祭は春人たちの勝利で幕を閉じた。




