133話 あんまり人を小ばかにしない方がいい。自分まで馬鹿に見える
障害物リレーには春人に小宮、谷川ともう一人クラスの男子が出場する。その中でも春人はアンカーを任されていた。
自分たちのリレーの順番を待っていると春人に声をかける生徒が表れる。
「百瀬、お前もアンカーで出るみたいだな」
「ん?げっ……北浜か」
肩越しに振り返ると何やら不機嫌そうに眉間に皴を作る北浜が立っていた。
「お前もって事はお前もなんだろうな」
「ああ、その通りだ。折角だ、ここでこの前の借りを返させてもらうぞ!」
ビシッと風を切るように北浜は春人に人差し指を突きつける。
春人は面倒くさそうに苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
「凝りねえなお前も。あんな惨めな思いしたのに……」
「うっ!黙れ!俺は別にお前に負けたわけじゃない!お前の妹に負けたんだよ!」
「んま、そうだけど」
行事ごとが重なったおかげで北浜との勝負が今は遠い思い出に春人は感じていた。
春人は目を閉じる。すると思い出す。
琉莉の前で膝を折り廊下の冷たい地面に両手をつく北浜の姿を。
(あんな思いしといてまだ俺につっかかってくるとか、こいつ結構メンタル強いのかもな)
琉莉に再起不能とも思えるくらいにはプライドをへし折られていたと思ったが、北浜のことを少し見誤っていたみたいだ。
感心したように春人が目を細めていると何を勘違いしたのか北浜は、ぎりっと歯を噛みしめ春人を睨む。
「そうやって余裕でいられるのも今の内だぞ!今回は絶対に俺が勝つ!」
「別に余裕を見せてたつもりはなかったんだけど……」
北浜とはそもそも馬が合わないらしい。ちょっとした春人の動作で癇に障るのだろう。
そうこうしているとスターターピストルの音が響き障害物リレーが始まったことを知らせる。
春人たちの第一走者は谷川だ。自慢の身体能力で障害物をもろともせず颯爽と駆けていく。
そんな谷川の姿に春人は目をみはる。
「おぉーすげえな。ぶっちぎりだ」
後方と数メートルの差をつけ谷川がこちらに走ってくる。
「でも……まじで怖え顔だなあいつ」
般若といえばいいのか鬼と言うべきか……とりあえず酷く怖い顔を作り走っていた。
必死さは伝わってくるのだが競技を見ている生徒からも怯えの表情をそこら中で作っているのが見てわかる。
こればかりは仕方がないのだが春人も少々不憫に思ってしまう。
「ひっ」
そんな顔で近づいてくるのだからバトンを受け取ろうと待機しているクラスメイトが顔を強張らせ声を漏らす。
身体も不格好にロボット見たいに鈍い動き方をしているものだから案の定――。
すかっ――。
谷川からのバトンを落としてしまった。
「あぁーっ!何やってんだよ!」
「ごめんごめん!ほんとにごめん!」
鬼の形相で怒る谷川に本当に申し訳なさそうに謝るクラスメイト。
クラスのテント辺りからは悲鳴のような声が聞こえてくる。
(あー、可哀そうに。あんなん誰でもそうなるわ)
春人が同情しているとクラスメイトの男子は急いでバトンを拾い走り出す。
この時点で春人たちのクラスは先頭から四番目の位置についていた。
「ふっ。もう勝負あったな」
走っていったクラスメイトをあざ笑うように北浜が口角を上げる。
その醜悪な笑みがなかなかに様になっている。
「まだ始まったばかりだろ」
「こんなに差がついてんだぞ?見ろ。また抜かれたぞ」
春人が視線を向けると障害物で手間取っていたところ、後ろから来た走者に抜かれていた。
「俺たちのクラスが一位か。まあ、このまま俺が走って危なげなく優勝ってところかな」
「終わってもないのにそんなに余裕こいてると足元すくわれるぞ」
「はっ!そういうのは勝ってから言うんだな」
北浜は吐き捨てるように言うと自分も走る準備に入った。
北浜たちのクラスはもう第三走者にバトンが回っていた。
リレーの行方を春人は落ち着いて見守っていると谷川が近づいてきた。
「百瀬!頼むぞ!ここから逆転するにはもうお前しかいないんだからな!」
「わかってるから落ち着けって。顔怖えぞ」
「元からだからしょうがないだろ!」
しっかりと自覚はあるようだ。
そんな話をしているとまた北浜が耳に纏わりつくような憎らしい声をかけてきた。
「頼むか。この状況はお前が生み出したのに随分と偉そうだな」
「あぁ?」
北浜の挑発するような言葉に谷川は簡単にのってしまう。
「んだよ。てめえに関係あんのか」
「ないな。だけど、俺たちが勝つためにお膳立てしてくれたことには感謝してるぞ。百瀬もこんなのがチームに入っているとは気の毒だな」
人を馬鹿にするようないやらしい笑みを浮かべる北浜に谷川が眉尻を吊り上げる。
今にも殴りかかりそうな形相に春人が谷川と北浜の間に割って入る。
「お前ってたまに随分と小物っぽいこと言うよな」
「は……?どういう意味だよ?」
不機嫌さをあらわに、ぎろっと睨んでくる北浜に春人は至って冷静に対処する。
「そのまんまの意味だけどな。あんまり人を小ばかにしない方がいいぞ。自分まで馬鹿に見える」
ふっと鼻を鳴らす春人に北浜は目を大きく開き血走らせる。
「馬鹿だと……ほんとに気に入らねえなお前は!偉そうに俺に説教かよ!」
「別に説教なんてことはないけど。あーでも一つだけいいか?」
春人は一歩前に出て北浜との距離を詰める。
「俺は別にこいつと一緒のチームになって後悔なんかしてねえぞ。むしろ勝つならこれが最善とも思ってるからな」
はっきりと言いきる春人に北浜は気に入らないといった様子で眉間に深い皴を作る。
「言うだけなら何とでも言えるだろ。大体現に今負けてるのはそいつのせいだろうが」
「今だろ?この後なんてどうとでもなるだろ」
不敵な笑みと自信にあふれた態度で春人が言い切る。
その姿は強がりやはったりで言っているわけでもないのが北浜にもわかったのか、自分との力量差でも見せつけられているような気分に悔し気に表情を歪める。
「チッ……言ってろ。勝つのは俺だ」
言うと北浜は第三走者からバトンを受け取り綺麗なフォームで駆けていく。
春人も準備に入らなければいけない。
位置につこうとすると谷川が声をかけてきた。
「百瀬……お前いい奴だな。俺のことを庇ってくれて」
「別にそんなんじゃないんだけどな。流石に俺も腹は立ったし。――つうかその顔止めろ気色悪い」
「なっ!人が友との友情に感動しているのにてめえは!」
友情とかこっぱずかしいことをこんなところで言わないでほしい。
春人は身震いしスタート位置に立つ。
レーン上に立つと春人は頭がクリアになっていく感覚と同時に自分に思うところがあった。
(一緒のチームで後悔してないか……俺が団体競技でこんなこと口にするとはな)
自分の言った言葉だが正直驚いていた。
(ちょっと楽しんでるな俺。こんな気持ち二度と味わえないと思ってたけど)
気持ちが高揚しているのが自分でもわかる。
なぜだと考えたいところだがそうも言っていられない。
春人たちのクラスの第三走者は小宮だ。見ると二人抜かしてこちらに向かってきていた。流石は現役の運動部員といったところか。
春人は構えいつでも走れる体勢に入る。
「百瀬!頼んだ!」




