132話 そんな不安な表情はなしだ
密会を終えた春人と美玖がクラスのテントに戻ってくると二人揃って不思議なものでも見るように首を傾げる。
「なんかみんな盛り上がってないか?」
「うん。少しだけ?」
テント内に残っているクラスメイトは何やら楽し気に騒いでいた。
そんな騒がしいクラスの中にいた小宮が春人に気づき手を振ってくる。
「おお、百瀬!ちょうどいいとこに」
「ちょうどって……なんだこの盛り上がりようは」
「それがさ。点数的に次の俺たちの競技で優勝できるか決まるみたいだぞ」
「点数って……なんの?」
春人が頭に疑問符を浮かべるものだから小宮が呆れたように口を開ける。
「なんのって……体育祭の点数に決まってんだろ。俺たちの紅組、次勝てば優勝だぞ」
「あー……」
春人は納得し声を漏らす。
考えてみればそれしかないのだが春人は本当にわかっていなかった。先ほどまでのことがあまりにも印象に残りすぎている。
因みに体育祭は紅組と白組で別れており、奇数クラスが紅組、偶数クラスが白組と別れている。春人たちと琉莉は同じ紅組だ。
「次って障害物リレーか……よりにもよってなんでそんな面白い展開で回ってくるんだよ」
「まあ、つってもこっちは百瀬がいるし余裕だよな」
「いや、余裕ってお前な……」
全然そんなことは無いと春人は考えていた。考えていたのだが小宮含めクラスメイトは違うらしい。
「そうだよな。百瀬いるしこっちは勝ったようなもんだよな」
「うん。百瀬君頑張ってね」
何やらえらくクラスメイトから期待の視線を向けられてしまい春人は頬を引きつってしまう。
「そんなに期待されてもな……」
春人も当然勝ちにはいくがクラスメイトのこの反応は予想外だった。もっと気楽な競技になると思っていたのだ。
「自信ないの?」
今まで黙って話を聞いていた美玖が春人の顔を覗き込む。心配そうに眉根が少し下がっている。
春人の困っている姿が不安を仰いだのだろう。
そんな美玖の反応に春人は何ともないと肩を竦めて見せる。
「別に自信がないとかじゃないぞ。ちょっとこのクラスの熱に困ってるだけ」
「皆期待してるんだよ春人君のこと」
「期待は嬉しいし応えたいとも思うけど……ちょっとプレッシャーだよな」
春人が乾いたような笑みを浮かべていると美玖が驚いたように目を丸くしている。
「春人君もプレッシャーとか感じるんだ」
「美玖、俺を何だと思ってんの?」
春人はジト目を作り美玖を見る。
春人も人間なのだから人並みにはプレッシャーくらいは感じる。
そんな春人の様子に美玖が少しばつが悪そうに慌てる。
「あ、別に変な意味じゃないよ。でも……春人君ってほら、スポーツの勝負事って結構余裕な感じ見せてるから。加賀美先輩の時とかも」
「あー……そういうことか」
春人は美玖の言葉に納得する。
「今までのは全部俺個人の問題だったからな。今回みたいに他の誰かも関わってくると俺だって少しは緊張もするって」
春人は肩を竦める。
今までは勝っても負けても害を被るのは春人だけだったのだ。だから春人も多少の緊張はあったが基本気持ちに余裕をもっていた。
それでも今回は今までと違ってクラスの――ましては紅組全体の勝敗に関わってくる。
こんな場面でプレッシャーを感じない人間なんてよっぽど肝が据わっている者くらいだろう。
春人はそういった人間ではないということだ。
「……結構深刻な感じ?」
美玖が再び心配するような表情を作っている。
春人の話と態度によほどプレッシャーを感じているとでも思ったのかもしれない。
春人としては言うほど深刻でもないのだが。
そんな美玖の心配を吹き飛ばそうと春人は無駄にいい笑顔で返答する。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。それに俺にも頑張る理由があるしな」
「頑張る理由?」
美玖は首を傾げる。なんだろうといった様子に春人は口角を上げる。
「おいおい、美玖が忘れるのは酷いぞ……。ご褒美くれるんだろ?」
不敵に笑う春人に美玖がはっとした顔を作る。
「あ、いや、その、もちろん覚えてたけど……あの、結構期待してる?」
「してる」
食い気味に返答する春人に美玖が少し慌てたように目を泳がせると次には頬を染め始めた。
「あ、のね?前にも言ったけどあまりえっちなのはだめだからね?少しくらいならいいけどやっぱり――」
「ぷっ」
慌てふためく美玖を見て春人は堪えきれないといった様子で吹き出す。
そんな春人へ美玖は「え?」と、ぽかーんと目を丸くする。
「あ、いや、あはは、ごめんごめん。あまりにも美玖が心配そうにしてたからさ、つい揶揄いたくなったというか。どうだ?少しは不安も無くなったんじゃないか?」
春人はまだ笑いがおさまらないのか少し体を震わせながら笑うのを堪えるように口許を隠している。
そんな春人の様子に美玖が更に顔を赤らめ耳まで真っ赤にすると目尻を吊り上げる。
「ちょっ!ちょっと春人君!?私心配してたんだよ!?」
「ああ、わかってるよ。ありがとな美玖。でも、やっぱりさ」
春人は一度言葉を切ると真っ直ぐ美玖に視線を向ける。
「美玖には笑って見ててほしいからな。そんな不安な表情はなしだ」
柔らかく笑顔を作る春人の瞳が美玖の瞳を捉え続ける。その瞳や春人の先ほどまでの少しふざけたような態度が消えていることから、真剣な言葉なのだと美玖も察する。
何の偽りのない春人の心からの言葉だと。
「あ、え」
突然の春人の気障ったらしいとも言えるがしっかりと心の奥の方まで伝わってくる言葉に美玖は反応できずにいた。
いきなりのことで頭が真っ白になり混乱で口をぱくぱくと動かしているとグラウンドに設置してあるスピーカーから機械越しの独特な声が聞こえてくる。
『障害物リレー。障害物リレーに出場する選手はグラウンド中央まで集まってください』
「お、出番だな。行くか百瀬」
「ああ」
小宮に肩を叩かれ春人は返事をするとグラウンドの方へ歩いて行く。
クラスメイトから春人たちに声援が飛んでいるが美玖も一緒に声をかけるといったことはなかった。
ゆっくりだが力強い歩みを刻む春人の背中を美玖は無意識に目で追っていた。
今もまだドキドキとしている心臓の胸の位置に両手を添える。
(ずるいよ……ずるいよはる君……そんな言葉かけられたら……)
心に生まれた触れれば壊れてしまいそうな淡い気持ちを離さないように両手を強く握る。
(もっと好きになっちゃうよ)




