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13話 普段はめちゃくちゃな妹だが根は優しいのです

「お兄、何あれ?」


 帰宅してリビングに入るなり琉莉が口を開く。


「なんだよあれって」


 鞄を床に置き春人は眉根を寄せる。前にもこんな会話をした気がする……。

 すると、ゆらっと琉莉が近づいてきて春人は身構える。思わず腹部をガードするが今回はボディブローが飛んでくることはなかった。


「美玖さん超いい子じゃん!やばっ!私めちゃ好きかも!」


 頬の両手を当てきゃっきゃっ言いながらその場で飛び跳ねる。琉莉の急変にも慌てることなく慣れた様子で春人は冷めた目を向ける。


「……お前昔から可愛いもん大好きだよな。そんなに良かったか?」


「バカなのお兄!良かったに決まってるでしょ!あの全てを包んでくれそうな優しい笑顔にたまに見せてくれる悪戯好きな子供っぽい顔……全部が最高過ぎる、美玖さんマジ天使」


「……そうか、それはよかったよ」


 だらしなく緩む妹の顔に乾いた笑みを作る。昔からそうだ。琉莉は何かを気に入るととことん好きになる。それがたまに暴走してえらい目に遭わされるのが春人だ。


「はー、美玖さんマジ推せる。あんな可愛いいい子を学校一可愛い女の子の枠に収めておくわけにはいかない……全国的に大々的に――」


「お前何しようとしてんの?止めろよ?マジで」


 あほなことを口走り始めた琉莉に春人は徐々に語尾を強める。暴走は初期段階で食い止めなくては被害がでかくなってしまう。主に春人に対する被害が。


 そんな春人の制止はしっかり届いていたらしい。琉莉は緩んだ顔を引き締めるとソファへとダイブする。


「そんなのわかってますよー。美玖さんに嫌われたくないし、嫌がりそうなことはしません」


「本当に昨日の琉莉とは別人だな、俺たまに怖くなるわ」


「お兄、女の子がいろんな顔を持ってるのは当たり前なんだよ。いちいちこんなことで驚いてるようじゃ一生童貞だね」


「………」


「おい、なんか言えよ」


「妹の口から童貞とか聞くとは……大丈夫か?羞恥心までどこかに置き忘れてきたんじゃ――」


 飛来してきたクッションが顔面に直撃し春人の言葉を遮る。


「うっさいお兄。もう一生童貞でいろ」


「童貞童貞言ってるがお前だって処女だろうが」


「うぅぅぅぅわぁぁぁぁぁ、妹に向かって処女とか言うお兄マジキモい」


 嫌悪感をたっぷり詰め込んだ顔を作る琉莉。その目には侮蔑の念がありありと込められていた。


「お兄さー、そんなんだからモテないんだよ。クラスでも女の子に処女とか言ってんの?流石にないよそれ」


「言うか!どこの変質者だ!」


 失礼にもほどがある。琉莉は春人をどんな目で見ているのか。


「もし美玖さんにまでそんなこと言いだしたら私本気でもうお兄のこと兄とは思わないから」


「言うわけないだろ。というよりお前が俺のことちゃんと兄として認識していたことに驚きだわ」


 お互いを貶し合うと琉莉が上体を起こしソファに座り直すと、足を組み難し気な表情を作る。


「結局美玖さんがなんでお兄と仲がいいのかわかんなかったなー。ほんとなんでこんな……」


「いちいち軽蔑した視線向けんな。つうか俺が言ったとおりだったろ?ただ席が隣だって」


「ほんとにね。だから余計に腹が立つ」


 自分の間違えを認めたくない琉莉がギリギリと歯を立てる。


「というかお兄結構普通だったね」


「普通って……なにがだ?」


「だから、もしかしてこの子俺のこと好きなんじゃね?てきな勘違い。見てる限りデレデレはしてたけどそんな感じはなかったし」


 デレデレしていたところはバレていたのかと春人は恥ずかしくなる。


「逆に本当に美玖が俺に惚れてるとかは考えないのかよ」


「は?考えるわけかないでしょ。あの美玖さんだよ」


 何を言ってんだと本気で呆れた顔を向けられる。わかってはいたけど露骨に態度で示されると結構心に来る。


「まあそうだろうな。でもそのおかげで俺も勘違いはしないって」


 春人も自分のスペックは理解している。学校一可愛い女の子と自分が釣り合うなんておこがましいことは考えていない。


 一瞬春人の顔に影が差したのを琉莉は見逃さなかった。


「……お兄さ……」


 呼びかけて言い淀む。琉莉にしては珍しい反応だ。逡巡する様子を見せるがゆっくりと口を開く。


「お兄昔のことまだ気にしてんの?」


「………」


 昔のこと、とかなり抽象的な言い方だったが春人には何のことかしっかり伝わっていた。


「まあ、そうだな。気にしてないとは言えないな」


 返答に困るも春人は笑顔を琉莉に向ける。その笑顔があまりにも下手くそで痛々しく琉莉は顔を歪める。


「お兄さ、もういいじゃん忘れなよあんなの。どうせ向こうだって覚えてないって」


「そうだろうけどな、なかなか気持ちの整理がつかないっていうかな」


 乾いた笑みを作り笑う。大分気を使ってくれているのだろう。琉莉がいやにしおらしい。


「まあ、そのうち吹っ切れるさ」


「……なら、いいけど」


 納得できないまでも春人がいいと言えばこれ以上とやかく言う気はないらしい。こういう気の使い方ができるところは素直にすごいと思えるし、嬉しく思う。

 視線を逸らせる琉莉の頭を優しく撫でる。


「ありがとうな心配してくれて」


「別に……心配なんてしてないし」


 口を尖らせぶっきらぼうに言うが春人の手を退けようとはしなかった。普段は憎まれ口をよく叩くが根の部分は結構思いやりがあったりする。こういう面があるから春人もついつい琉莉を甘やかしてしまう。


 先ほどまでの沈んだ気持ちもどこかに行ってしまったみたいだ。これも琉莉のお陰だと頬がつい緩む。


「……ちょっとお兄、何にやけてんの」


「ん?琉莉が妹でよかったと思って」


「ちょっ!?お兄キモッ!マジでキモイ!」


 撫でていた手を跳ね除け琉莉がクッションを盾のように構える。


「流石に妹に欲情する兄は私も無理です」


「誰が欲情なんかするかこんな妹に!」


「こんなって言ったな!今こんなって言ったな!よし、戦争じゃっ!」


 琉莉が構えていた盾を春人の顔面目掛けて投げるが春人は難なくキャッチする。


「ふん、二度もくらうかそもそもお前の遅いクッションに――」


 春人が受け止めたクッションを手で弄び気取った態度を取っていると更にクッションが飛来してきて顔面に直撃する。


「あははっ!何格好つけてんのお兄。あまりにも隙だらけだったからつい投げちゃった」


「お前、こういう時は黙って事の成り行きを見守るのが常識だろ」


「ロボットの変形シーンとかならともかくお兄の言葉に需要無いでしょ」


 いつもの憎たらしいバカにするような笑みを作りながら春人をあざ笑う。


「ふん、遊んであげるよお兄。おいで」


 春人に向けて出した右手の指を上に揃えて手前にくいくいと動かす。わかりやすい挑発だがこの流れで乗らない選択肢はない。


「お前こそ恰好つけてんじゃねえ、ぞ!」


「ふん、お兄の投げたクッションなんか目を瞑ってでも避けれ――ぶっ!?」


 琉莉は避けようと動いたがそれより早くクッションが顔面を直撃する。


「ちょっ!乙女の顔になんてことする!」


「乙女なんかどこに居んだよ」


「ぶっちーん!マジで頭に来た!もう謝っても数日は口聞いてやらんからな!」


「数日で許してくれるあたり地味に優しいよなお前」


 突発的なクッション投げ大会が開催されたことで先ほどまでの重苦しい空気はどこかえ消えてしまった。


「うるせぇ!死ねっ!」


「おわっ!?お前リモコン投げんな!」


「うっさい!バーカバーカ!」


 頭に血が上り語彙力が低下してきた琉莉が近場のものに手を出し始めた。これには流石に春人も抗議を口にする。


「お前本当にあぶ――おいおい!何持ってんの!?」


「流石にお兄もこれは受け止めれないでしょ」


 琉莉は両手にダンベル(片方一キロ)を持ちながら不敵に笑う。


「受け止めれないでしょ、じゃねえ!死ぬは本当に!」


「くらえぇ!」


「え!?ちょっ!マジで!?」


 琉莉が振りかぶったところで春人は目を見開く。洒落にならんとクッションを盾に身構えるが――ダンベルが飛んでくることはなかった。


 春人はクッションの端から様子を窺うと琉莉がダンベルを腰辺りまで上げたところで固まっている。その手はプルプルと震えており今にもダンベルを手放しそうだった。


「うっ、うーっ!こんのー!」


 本当に肝が冷えたが琉莉の醜態を見て落ち着きを取り戻す。


「お前そういえば筋力ザコザコだったな。ダンベル何て投げれるわけないか」


「うっさ、いっ……バカに、すんなっ」


 一向に腰以上の高さに上がらないダンベルと必死に格闘する琉莉。


 春人の興も冷めたところでクッション投げ大会は閉会した。

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