129話 この程度の誤魔化しは通用しない
「お兄ちょっと」
昼食前にトイレを済ませようとしていたところでいつの間にかついてきていた琉莉に掴まり人気のない廊下の隅に連行された。
「なんだよ急に」
脈絡もなくいきなりこんなところに連れ込まれ春人は怪訝な表情を作る。
体育祭の途中ともあっていつも以上にお腹が空いている。早いとこ要件を済ませてほしい。
「……お兄さ――」
壁に顔を向けていた琉莉がゆっくり振り返る。
その視線は何かを探るような疑うようなそんな目だ。
「――美玖さんの様子おかしくない?なんか……空気が甘い」
「………………気のせいだろ」
「その長い間はなに?」
琉莉の洞察力は大したものだ。思わず春人は顔に動揺が漏れそうになり頬の筋肉をぐっと引き締める。
ただの友人とかならこれでも誤魔化し通すことはできただろう。だが今の相手は琉莉だ。この程度の誤魔化しでは話にならない。
「誤魔化そうとしても無駄だからね。というか誤魔化すってことはお兄は知ってるんだね」
自ら墓穴を掘ったことに春人は冷や汗を垂らしながら顔を顰める。
そんな春人の反応に琉莉は確信する。この兄は何かを隠していると。
琉莉の目の色が変わった。
「さあさあ~、言っちゃいなよ、お兄~。美玖さんと何かあったんでしょ~」
にやーっと顔を近づけてくる琉莉。その顔は新しいおもちゃでも見つけた子供のように楽し気だ。
確かに先ほどの美玖の行動は見る人によっては大分危うい行動だった。友達だからと一括りにまとめれないだろう。
友達以上の何かがあると疑いたくなる気持ちもわかる。
琉莉には昔、美玖に会っていたことは話したが告白されたことまでは話してないのだから。
だが、何があろうと美玖のことについて春人の口から話す気はなかった。
「……まあ、なんだ……確かにあったっちゃあったけど――」
春人はすっと琉莉に視線を合わせる。
その力強い視線に琉莉は思わず気圧され唾を飲んだ。
「俺から話せることは何もないよ」
何かの覚悟の表れなのか春人の言葉は琉莉の心に響くものがあった。これ以上は何を言っても意味がないだろうと嫌でもそう思わせる。
「……なんなのさまったく……わかったよ、もう聞かないよ」
「あっさり引いてくれるんだな」
思いのほか素直な琉莉に春人の方が驚きで目を丸くしてしまった。
そんな春人の反応が気に障ったのか琉莉はムッと口許を結び不愉快さを露にする。
「こうなったらお兄は絶対話さないでしょ。それくらい知ってるよ」
長年春人の妹をしてきたのだ。それくらいわかると琉莉は言う。
「はぁ、折角面白い話が聞けると思ったのに、お兄にはがっかりだよ」
ため息を吐くと琉莉はつまらなそうに視線を春人から外した。
これ以上は何も聞き出せないとわかった途端、いつものような憎まれ口を叩き始めた。
そんな琉莉の変わり身の早さに春人は思わず苦笑する。それと同時にいつも通りの琉莉に安心してしまう。
(本当にこいつは……俺以上に俺のこと理解してそうだな)
何かと春人に絡んでくる琉莉だがここというところでの線引きはしっかりしている。絶対に触れてほしくない部分には踏み込んでは来ない。
まあ、たまに度肝を抜くことをしてくることはあるが。
「そんじゃ美玖さんたち待たせてるから私は行くね」
もう用はないと琉莉は来た廊下を戻っていく。一緒に戻ればいいのにとも思ったが――。
「トイレ行っとくか」
元々の用を思い出し琉莉とは違う道を選んで進み始めた。




