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128話 おかしいな。元凶ですよね、あなたたち

 一瞬にして口の中がわさびの辛さでいっぱいとなり、刺激が鼻から抜けていく。


「っ!う、わぁっ!これ、やばっ!」


 つーんとする鼻の痛みに春人は顔を顰める。


「どう?おいし?」


「おいしいわけあるか……うわぁ、まじでなんてもん作ってんのお前」


「あたしじゃないって!文句はくるみ先輩に言って」


 本当にただの危険物になっているパンを春人は凝視する。


「これ全部食えるか?香奈唐辛子のパン食べたんだから食えない?」


「いやだよ。食べるの好きだけど別に辛いのとか好きなわけじゃないからね」


「だよなー」


 少し期待はしたがやはり香奈でもダメらしい。

 少々このパンの処理について困り始めると春人の目が一瞬何かを追うように動く。


「……なあ琉莉」


「なに?」


「お前自分の食べかけのパン他人に食われても気にしない?男子とか」


「?別に気にしないよ」


 そういうことなら、と春人は手を上げ声を上げる。


「おーい!谷川ぁ!」


 手を振り春人は視線の先にいる谷川に呼びかける。


 すると谷川は気づいた様子でこちらに視線を向ける。

 春人と目が合うとその周りにも視線を向けて、はっと驚いたように目と口を大きく開く。

 そしてなにやら気恥ずかしそうな照れるように頭を掻きながら近づいてくる。


「ど、どど、どうした百瀬?」


「お前こそどうしたよ。何そんなきょどってんだ」


「う、うるせえよ!それで……なな、なんだよ」


 近くに琉莉がいるからだろうか。

 気持ち悪いくらいに谷川は落ち着きなくきょどり始める。

 だが、春人としてはこの反応は少し期待していた。


 これだけ琉莉を意識しているのなら間違いなくうまくいくと。


「あのさ、琉莉がこのパン食べきれないって言うんだけど谷川いらないか?」


 処理しきれないので谷川へ押し付けようという春人の魂胆に香奈と琉莉が少し冷たい目を向けてくる。


 おかしいな。そもそもこの二人がこの事態の根源なんだが。


 そして、当の谷川というと、先ほどよりもさらに大きく目を見開きえらく興奮した様子で口を開く。


「え、えっ!?俺が!?も、貰っていいのか!?」


「ああ、食べてくれるなら俺たちも助かる。なあ琉莉」


「え……う、うん、谷川さんが食べてくれるなら私も嬉しいな」


 こてっと首を折り可愛らしく笑顔を作る琉莉。

 普段から猫を被っている琉莉にはこれくらいのアドリブお手の物だろう。


 その証拠に谷川は今まで見たこともないくらいに鼻の下が伸びだらしない顔をお晒していた。


「ま、マジですか!?いいんですかっ!?」


 えらく興奮した谷川は目が血走り始め従来の顔の怖さも相まって男でも泣いて逃げそうな迫力を出し始めた。

 これには琉莉や香奈も一歩後ずさる。


 春人は琉莉からパンを受け取ると谷川に渡した。


「琉莉もこう言ってるから貰ってくれよ」


「百瀬お前……俺お前と友達になって本当に良かったよ」


「俺もちょうど同じこと考えてたよ」


 谷川と春人はお互いに、にっと歯を見せて笑う。

 お互いの友情を再確認したように。


「じゃ、じゃあ俺はこれで。ありがとな百瀬」


「ああ、こちらこそ」


 嬉しそうに手を振りながら去っていく谷川に春人も手を振り返す。

 そんな春人には冷えっ冷えの視線が突き刺さっていた。


「春人あんた……流石にあたしもどうかと思うんだけど」


「うん私も。兄さん友達を何だと思ってるの?」


「うるせえ。こうなったのもお前らのせいだからな。つうか琉莉に関してはしっかり谷川をその気にさせてたじゃねえか」


「兄さんが急にこっちに振るからでしょ。どうするの?パンの中身知らないかもよ?」


「まあ、食べてから知っても谷川なら意地で食うだろ。心配ないって」


「いや、食べ切ってくれるかの心配じゃないけど」


 春人の視点が少しずれていて琉莉は呆れたような顔をする。

 それでもとりあえずパンの問題は解決した。


 だから今度はこっちだ――。


「美玖いつまでくっ付いてんの?」


 肩越しに背中を見ればいまだに美玖がしっかり抱きついた状態で身体を固定していた。


「そういえば美玖、全然春人のこと押さえれてないじゃん。それ抱きついてるだけだよ」


 今更だが香奈がそう指摘する。

 香奈の声に反応したのか美玖が春人の背中でもぞもぞと動き出し、春人の後ろからちょこんと顔を出す。


「ちゃんと押さえてるでしょ?ほら、春人君この場から動けないし」


「あたしはもっと手とかの自由も奪う感じで押さえといてほしかったけど。こんなの後ろから抱き着いていちゃつくカップルだよ」


 香奈も他意は無いのだろう。傍から見ればそう見える。春人もそう思っていたのだから。

 そんな指摘を受けた美玖は再び春人の後ろに隠れてしまい小さく呟く。


「カップルなら……よかったんだけどな……」


 震える声音から恥ずかしがっているのが伝わってくる。


 大分危うい発言だったが幸い聞こえていたのは抱き着かれている春人だけだ。

 そんな春人は恥ずかしさが思わぬ飛び火をして絶賛顔が緩むのを必死に耐えているが。


「美玖?どしたぁ?」


 再び春人の後ろに消えた美玖を訝しみ香奈が近づいてくるが春人が先に声を上げる。


「そういえば昼だったな。香奈、早くしないと食べてる時間が無くなるぞ」


 昼休みに入ってもう十分以上が経過していた。

 春人の言葉に香奈は目を丸くして慌て始める。


「そうだった!皆速く!ご飯食べる時間なくなっちゃう!」


 言うと香奈は真っ先に駆け出してしまう。

 そんな香奈を追うように春人も動き始める。


「ほら行くぞ美玖。琉莉も」


「……うん」


 琉莉はまだ春人と美玖に怪訝な顔を向けているが春人の言葉に頷くと香奈の後を追っていく。

 美玖と二人になり春人は、ほっと胸を撫でおろす。


「はー……ったく、あまり怪しまれることすんなよ」


「だって合法的にはる君に抱き着けるチャンスだったから」


「合法って……それでも大分危うかったけどな」


 さっきのは本当にぎりぎりのラインといってもよかっただろう。

 香奈からの指示があったとはいえ、あまりにも大胆な行動だった。


 そんな春人の言葉になぜか美玖は不機嫌そうに、むっと頬を膨らます。


「はる君だって嬉しかったくせに。ドキドキしてたの知ってるんだからね」


「おまっ!?」


 春人は驚きに声を詰まらせ目を見開く。

 図星だった。心臓が速く鼓動を刻んでいるのも自覚していた。


「ずっと背中にくっ付いてたからね。わかるよそれくらい」


 美玖は、にひっと小悪魔的な笑みを浮かべる。

 その笑顔に春人はまた心を乱される。


「あ、顔赤くなった」


「っ!お前本当に――」


 春人が何か文句でも言ってやろうかと思うと美玖は軽い足取りで先に歩いていく。


「ほら、春人君置いてくよ」


 何事もなかったかのように振る舞う美玖に春人は口を開けたまま行き場所を失った言葉を飲み込む。

 今回はいいように美玖のペースに振りまされた。


「……はぁー」


 春人は一度息を吐き美玖の後に続く。

 火照った顔が治まってきたのを確認してから美玖の隣に並んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 谷川君、おこぼれもらえて良かったなw(邪悪な笑み) 自分も中身はなんでアレ女子からもらった物は食べると思います。 [気になる点] 前回の抱きつきから怒涛のコンボを発動させてきました~ 「カ…
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