127話 ここにはまともな奴はいないのか
競技を終え琉莉と香奈が戻ってくる。
その顔は酷く疲れたように、ぐでーっと覇気が感じられない。
「えーと……おつかれ二人とも」
「なんか……すごい競技だったな」
美玖と春人がそんな疲れ切った二人に苦笑交じりに声をかける。
「……ほんとに疲れた。私なんでこんな競技選んじゃったんだろう」
「こんなとか言わないで。あたしが提案した競技」
「でも香奈さんも後悔してるでしょ?」
「してるよ。なんでこんな競技になっちゃったんだろう……」
落胆している香奈は少し気の毒に思う。
本当に本人も予想外だったのだろう。最早一種のトラップだ。
「まあ、気を取り直して昼にしようぜ。食えるよな?」
あんな刺激物を食べた後で大丈夫かと春人は心配になる。
「あたしは食べれるよ」
「私も。というより早く口直しがしたい」
琉莉は手に持ったパンを睨むように顔を顰める。
「それ持ってきたの?」
「うん、兄さんにあげようと思って」
「なんでだよ。いらんわ」
「そう言わずに。捨てるのも勿体ないでしょ?」
「勿体ないとは思うけど、だったら自分で食えよ」
「こんな危険物を兄さんは妹に食べさせるの?心が痛まない?」
「別に」
「ひどい」
琉莉はしゅんと落ち込むように肩を落とす。
だがその姿を見ても春人は全く悪いとは思えなかった。
皆の前で猫を被っている琉莉が本心からこんな態度を取っているはずがない。
あるとすればそれは――。
「あー、春人が琉莉泣かせた」
「泣いてはないだろ。つうか俺悪くねえよな。こんなん誰も食いたくないわ」
香奈が琉莉の肩を持とうとするので春人は反論する。
琉莉は皆からの同情を買おうとわざとこんな態度を取っているのだろう。それがわかったから春人も全然琉莉に対して可哀そうなんて感情が湧きおこらなかった。
「春人君ひどいなー。琉莉ちゃん可哀そう」
「美玖もかよ。これ食わされる俺は可哀そうとは思わんのか?」
「思わないことは無いけど……食べたときの春人君の反応が見たい」
「すげえ私情が入ってんな」
春人はジト目で美玖に視線を向ける。
美玖も少しは悪いと思っているのか少し気まずげに苦笑している。
「ねーねー食べてよ春人~きっとおいしいよ?」
「さっきまでそれで苦しんでた奴がよく言うな。つうかお前のパンはどうしたんだよ」
「食べたよ。あたしが食べ物残すわけないじゃん」
「そういうところは素直に尊敬できるのになんでこいつはこんな残念な感じなんだろうな」
「何それひどっ!」
春人が同情するようなため息を吐くので香奈が思わず声を上げる。
「うわーなんか腹立った。美玖、春人の身体押さえて」
「うん」
眉根を寄せる香奈の言葉に美玖は何のためらいも見せず頷く。
春人の背中に周り後ろから抱き着く。
「っ!?ちょっと美玖さん?何してんの?」
「身体押さえてるんだよ?」
「押さえてんのこれ?」
背中から春人の脇の下に手を通しているが抑えているというよりかは抱き着いているだけだ。
その証拠に春人は全く身体の自由を奪われていない。
(この子……絶対違う方向で楽しんでるだけだろ)
春人にくっ付く大義名分をもらい美玖はそれはもう活き活きとしていた。
にやにやしている顔は見えないように春人の背中に押しつける。
そしてそんなに強く抱きつかれるといろいろと感触も伝わってくるもので。
(めっちゃっ柔らかいもんが当たってんだけど。もしかしなくてもそうだよなこれ)
体操服越しではそれはよりはっきりと感じ取れる。
春人は嬉しさやらを顔に出さないように顔を顰め必死に耐えていた。
「春人それどんな感情なの?」
「なんでもいいだろ。というかいつまで続くのこれ?」
「春人がパンを食べるまで」
「だからなんで食わなかんのだ。つうか人目があるからもうやめろ」
多くの生徒は昼食でテントを離れているがまだまばらに残っている。
当然春人たちはその中でも目立っていた。速いとここの場から離れたい。
春人が周囲の目を気にしていることを知り、香奈は、にやーっと悪い笑みを浮かべ始める。
「そうかー人目気になるんだね春人。それなら速く食べないとねー」
「だから食わんって」
「食べないと終わんないよー」
「こいつマジで……」
本当にいい性格をしている。
楽しそうににやにやしている香奈に春人は頬を引きつりながら鬱陶しそうな顔を作る。
「兄さん、はい」
琉莉がパンを突きつけてきた。
「なんでお前はそんなに俺に食わせたいんだよ」
「私の苦しみを兄さんにも受けてもらいたくて」
「ほんとにどうしようもない奴しかいないなここには」
はーっとため息を一つ付き春人は肩を竦める。
「もうわかったよ。食ってやるから。だからほら、美玖も離れて」
「春人君が逃げるかもしれないから私はこのままでいいよ」
「……いや、逃げんけど」
「まあまあ」
いまだに美玖は春人の背中に顔を埋めたままだ。その顔も先ほどからずっと嬉しそうににやーっとだらしなく緩み切っている。
春人は美玖が何を考えているかうすうす気づいているので冷ややかに呆れるような視線を肩越しに向ける。
(ほんとにまともな奴いねえなここには)
疲れたようにまたため息が漏れると琉莉がパンをさらに近づけてくる。
「ほら兄さん。あ~ん」
「ああ、って、わさび臭っ!」
口許まで来るとよくわかる。
一体どれほどのわさびを入れているのだろうか。
「これ食うの?なんの罰ゲームだよ」
「そうでしょ。私も本当に辛かったんだよ」
「ならこんなもん食わそうとすんなよ」
言ってることとやってることがちぐはぐだ。
春人の言葉を聞いてパンを引っ込めるような優しさを琉莉が見せることもなく、パンはもう唇に触れる位置まで来ていた。
「ほら、口開けて」
「くっ、あーん」
春人が口を開けると琉莉は躊躇わずパンを口に押し当てた。




