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123話 少しは手加減してくれ

(関節きっ、いや、今更間接キスくらいで動揺するな)


 間接キスくらい今まで何度かやってきた。

 ここでいちいち反応するようなことではない。


 春人はゆっくり箸から口を離すと卵焼きを味わう。

 しっかりと出汁の効いた卵焼きは春人の好みの味だった。

 美味しく思わず声が漏れる。


「美味しい」


「ほんと?」


「ああ、美味しいよ。出汁が丁度俺好みですごく美味しい」


「そ、そうか。そうかぁ。えへへ」


 美玖は嬉しそうに形相を崩す。


 春人の言葉に本当に幸せそうな反応を返すので春人も嬉しくなる。

 ついつい頬が緩んでしまうが春人は美玖の様子に再び怪訝な表情を作る。


 じーっと自分の箸を見たまま固まる美玖。


 いったい何を考えているのか。


「美玖?」


「ふぁっ!?」


 春人が声をかけると面白いように動揺する姿を晒す。


「な、なにかな?」


「いや何って、箸がどうかしたか?」


 ずっと食い入るように見ていたので春人も気になる。

 すると美玖は何やら気まずげに視線を逸らしてしまう。


「あー、えーと……どうかしたっていうか、ちょっと気になったというかね?」


「おう」


「……か、間接キスしちゃったなーって」


(……美玖もかよ)


 なんでお互いに今更気にしているのかと春人は思わずおかしくて笑ってしまった。


「え、ちょっとなんで笑うの?」


「いや、なんか……同じことで意識してんのが面白くてな」


「……はる君も意識したの?」


「まあ、今更なに意識してんだって思うけどな。それでもやっぱり少しは、な」


 春人が恥ずかしながらも正直に自分の感じたところを話すと美玖は最初は目を丸くして驚くような反応をしていたが次第に嬉しそうはにかむような笑みを作る。


「そうなんだ……はる君も意識したんだ。えへへ」


 もう何をしても喜んでくれそうなほど美玖は楽しそうな様子だ。


「あの……一つお願いがあるんだけど」


「なんだ?」


「えーとね、はる君にもやってほしいなーって。その……あ~んって」


 恥ずかしそうにもじもじと身体を揺らしながら可愛らしいおねだりをしてくる美玖。

 春人はいよいよ顔がにやけるのを我慢できなくなってきた。


「それくらいなら別にいいけど……」


 少し恥ずかしさはある。異性の口に食べ物を運ぶのは男子高校生としては刺激が強い。


「ほんとに?」


 だが、そんな春人の内心など露知らず美玖は嬉しそうにぱっと顔を輝かせる。

 今更やっぱりやめようとかとてもじゃないが言えない空気だ。


 春人はそんな喜ぶ美玖に苦笑しながらも自分の弁当のおかずを一つ箸で摘まむ。


「はい美玖。俺のは自分で作ったわけじゃないけど」


「ううん。はる君が食べさせてくれるだけで嬉しい」


 目尻を下げとろんとさせる美玖は本当に幸せそうだ。

 そんな美玖の姿に春人は一度唾を飲み込み、緊張しながらもゆっくりと美玖の口許までおかずを運ぶ。


「じゃ、じゃあ……あーん」


「あ~ん」


 美玖の小さな口が開き、春人が差し出したおかずをゆっくりと口に含む。

 箸から口を離し何度か咀嚼して飲み込む。


「ふあぁ~……」


 瞳をとろんとさせたまま甘い吐息を漏らす。

 何とも色っぽい姿に春人はつい視線を逸らす。


(美玖のことを意識しているってのもあるけど、その反応はわざとなのか?これが素なのか?)


 美玖の女としての部分を嫌でも意識してしまい春人は悶々とする。


「美味しい。ありがとね、はる君」


「あ、ああ。お気に召したなら良かったよ」


 一度落ち着いた方がいい。

 春人は自分の弁当に視線を戻す。


 唐揚げやほうれん草のお浸しなどのおかずを無心で食べていく。


(早いとこ食べて戻った方がいいな。美玖には悪いけど)


 春人の理性がもつうちにこの二人きりの甘い空気から抜け出さなければ。


 そんなことを考えていたが美玖がこのシチュエーションを簡単に手放そうとするわけもない。


「はる君、はい、あ~ん」


 再び卵焼きを箸で掴んで春人の方に向けてきた。


「あの、美玖……自分の分無くなるから……」


「私ははる君に食べてもらえればそれでいいから。食べて」


 とびっきりの笑顔を浮かべながら有無を言わさず美玖の箸が近づいてくる。

 春人は息を呑むも観念して卵焼きを口に含む。


「おいし?」


「うん、美味しいよ」


「そうかぁ、美味しいかぁ」


 美玖はにこにこと本当に幸せそうな表情を作る。

 これには春人も理性がどうのとか気にするのも忘れてしまう。


(まあ、こんなに喜んでくれるなら俺としても嬉しいけど。もう少し加減してほしいな)


 内心苦笑しながらも美玖からの好意に春人も満更ではない様子だ。

 ここまでしてくれる女の子に対して男子が嬉しくないわけがない。


 少しは手加減してほしいが。


「ねっねっ、次ははる君ね。あ~ん」


 美玖は小さな口を大きく開け目を閉じる。

 それだけで美玖が何を言っているのかは理解できる。


(……これ、もしかしてずっと続くの?)


 もう美玖はエンジン全開でスピードを緩める気はないらしい。


 口を開けて待つ美玖は雛鳥のようで可愛らしいのだが春人は後々の展開などを考えると今の状況をとても楽しめなかった。


 昼休みが終わるギリギリまで春人は理性とせめぎ合い必死に自分自身と戦う羽目になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、甘い。体が砂糖になっちまった。 [気になる点] やっぱり昔の事を思い出した事と自分の気持ちを素直に伝えた二人は今までと同じ事をしたとしても、こう意識してしまって見てて微笑ましいですね。…
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