120話 こんなのやる気出すに決まってる
文化祭が終わったと思えば来週には体育祭だ。
同じ祭りだが生徒たちのテンションは文化祭ほど高くはないように見える。
皆でわいわいといったところは変わらないだろうが結局は運動だ。
それもほとんどが走るような競技。普段から運動が好きな生徒でもそんなに乗り気じゃない生徒も多い。
そして春人もあまり積極的に参加しようと思っていなかった。
「一応皆が出たい競技にとりあえず割り振ったけど……春人?」
黒板に体育祭で行われる競技がずらーっと書かれ、その下に生徒の名前が書かれている。
そのまとめ役を行っていた香奈が春人へ訝しめな表情を作る。
「あんた、玉転がしと借り物競争ってふざけてんの?」
「ふざけてねえよ。失礼だな」
「却下よ、こんなの」
「あっ、てめえ」
香奈が黒板に書かれた春人の名前を躊躇いなく消していく。
「好きなところに名前書けって言ったのお前だろうが」
「言ったけど選別はする。どう考えても春人をこんな遊びみたいな競技に出させるわけないでしょ」
「どの競技だろうと真剣だぞ俺は」
「ならもっとふさわしいのがあるよ。百メートルとかリレーとか」
「それは疲れるからヤダ」
「どの競技だろうと真剣にやるんじゃなかったの?」
先ほどの言葉を早速自分で全否定した春人に香奈が、じーっと責めるような視線を飛ばす。
「でも実際百瀬にはもっと得点高めの競技出てほしいよな」
「ああ、百瀬どうせなら一緒に障害物リレー出ようぜ」
香奈の言葉に賛同するように谷川と小宮も口を開く。
次第にそれは教室中に伝播した。
「ほらね」
皆の様子を見て香奈が、ふんっと得意げに胸を張る。
「出れば大体勝てそうなんだから、春人はもっと疲れる競技に出ないとだめ」
「だからその疲れるのが嫌なんだけど」
なんで自分ばかりこんな文句言われるのかと春人は不満げに顔を顰めるが、それも仕方がない。
春人の運動神経の良さはクラス含め同学年、延いては先輩たちにまで知れ渡っている。
なので中途半端な競技で遊ばせるのは勿体ないというのがクラス全体の総意だ。
「ふふふ、大変だね春人君」
「そう思うなら少しは助けてくれないか?」
「それは無理かなー。私も皆と考えはほとんど一緒だし」
美玖は黒板に視線を向けると何か考えるように人差し指で顎を叩く。
「私は春人君には百メートルと二百メートルリレー出てほしいかなー」
「じゃあそれで」
「おい待て香奈」
美玖の言葉を耳ざとく聞いていた香奈が黒板に勝手に名前を書き始めた。
「いいでしょ。美玖のご指名だよ?男子なら泣いて喜ぶところでしょ?」
「普通はそうだけど今は違う。当日の俺の安寧が危ぶまれてんだ」
「あ、障害物リレーも追加しといて」
「おいっ、コラ小宮っ」
さり気なく追加注文を入れる小宮に春人は睨みを効かせるが小宮は視線を逸らして受け流す。
「んじゃ。春人が出る競技は決定と。いやー、皆が出たがらなそうなとこ埋めてくれて助かるよ」
「まだやるなんて言ってねえぞ」
「まだ抵抗する?文化祭の時あたしに借りがあるの忘れてないよね?」
「くっ」
春人は悔し気に眉を顰める。
文化祭の時、春人はほぼ私情で香奈を呼び出し理由も説明しないままあるイベントに参加させた。
そのことを香奈はまだ根に持っているようだ。
「体育館の整理手伝ったろ……」
「あれでチャラになると思わないで。この競技に出るんだったらチャラにしてあげてもいいけど」
「こいつ……」
どうする?と憎たらしくこちらに視線を向けてくる香奈に春人は頬を引きつらせる。
それでも香奈に対する罪悪感も無いことは無いため春人は難し気に考えるようなそぶりをしばらくしていたがついに観念したようにため息を吐き出す。
「はー……、わかった。わかったよ。それで出てやる」
「おぉー、さっすが春人!頼りになる!」
「調子いいなお前」
テンション高めに歯を見せながら笑う香奈に春人はじとーっと呆れたような視線を向ける。
「さてとー……じゃあ残るはリレーの人だね。どうしようかな」
「そんなん谷川にやらせとけ」
「あっ!百瀬なんだよいきなり!」
「お前も運動神経いいのに出る競技、さっきの俺と変わんねえじゃねえか。逃がさんからな」
谷川も運動神経だけで言うなら春人に勝るとも劣らない程いい方だ。それなら春人と一緒で遊ばせておくには勿体ない。
「あ、ほんとだ。春人がいたから全然気にしてなかった」
それじゃあっと、香奈が黒板の名前を書き換えていく。
谷川も春人と同じリレーに出ることになった。
「百瀬なんてことしてくれる!」
「お前だって俺のこと売っただろうが。それにな谷川……これはチャンスだぞ?」
「チャンス?何言ってんだ」
春人が口角を上げ不敵に笑うと谷川は意味がわからないと言った様子で首を傾げる。
「リレーの選手なんて体育祭最大の見せ場だぞ?」
「そう、なのか?」
「そんな見せ場でお前が活躍したら女子はどう思う」
「どうって……」
「誰かはお前に惚れるかもしれんぞ」
「俺リレー頑張りますっ!」
先ほどまで乗り気じゃなかった谷川は打って変わってやる気を出し高々に宣言する。
本当に扱いやすくて助かる。
そんな不純な動機でやる気を出す谷川には絶賛女子から冷めた目を向けられているが。
「まあ、やる気を出してくれたならいいや。そんじゃあこれで体育祭の競技決め終わりねー」
香奈の言葉で一気に教室の空気が緩む。
皆好き勝手にしゃべり始めた。
それは美玖も一緒で春人に話しかけてくる。
「体育祭も楽しみだね春人君」
「俺は今楽しみとか思えないんだけど」
春人はため息を吐く。
教室の端では谷川が「俺はやるぞぁー!」とえらく気合を入れている姿が見える。
春人もあそこまで気合を入れられればとは思わないがせめて半分でもやる気を出したいところだ。
「そんなに体育祭嫌?」
「嫌ではないけど当日疲れそうだなって」
「そうか……」
美玖は考えるように視線を少し上げ、はっと何か閃いたように目を見開くと春人に向き直る。
「ならこうしようか」
美玖は春人の耳元に口を運ぶ。
それだけで美玖のサラサラの髪が春人の頬に触れ、甘いようないい匂いが春人の鼻孔を擽るからドキッとさせられてしまう。
「体育祭頑張ったら私がご褒美あげる」
耳をこそばゆく刺激する声とあまりにも刺激的な言葉に春人はぎょっと美玖の顔を見る。
美玖は楽し気にニコニコとしているので春人は悩まし気に口を開く。
「ご褒美って……具体的には?」
「う~ん、それは秘密かな」
ふふふっと、魅惑的な笑みを浮かべる。
それがまた春人をいらぬ想像を膨らまさせる。
(なんちゅー魅力的な提案を出してくるんだこいつは)
こんなこと言われれば春人もやる気を出さないわけにもいかない。
キリっと顔が引き締まる。
「しゃあない、やるか」
「春人君わかりやすいね」
「こんなんやる気を出すに決まってんだろ」
「……あの……あまり期待しないでよ?なんかこう……えっちなのとかはまだダメだから」
「……期待してなかったとは言わないけど、ここで言うのは止めような」
今は教室だ。皆騒いでいるとはいえ誰が聞いているかわからない。
とういか――。
(まだってなんだよ。止めろよマジで。いろいろ期待するから)
春人は悶々とする気持ちを押さえ、気を取り直す。
とりあえずはモチベーションとしてはかなり上がった。谷川も単純だが春人もわりかし単純である。




