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12話 同性と異性では名前呼びのハードルが違います

「えーと、私もあーんってした方がいい?」


「うん、是非」


 食い気味の琉莉の返事に美玖は苦笑し、一口大のパンケーキを琉莉の口元へ運ぶ。


「それじゃあ、はい、あーん」


「あーん、……うん、やっぱりどれも美味しい甲乙つけがたい」


「ねー、こんなに美味しいと何回も通って全品制覇してみたくなるね」


 嬉しそうにしながらパンケーキを切り分けフォークで突き刺すとそれを春人の方へ差し出す。


「はい、百瀬君もどうぞ」


「え……」


 再び差し出されパンケーキを凝視して固まる。


(いやいやいや、何?何俺何されてんの?)


 美玖のまさかの行動に脳の処理が追い付かない。そんな春人の動揺を余所に琉莉が声を漏らす。


「おー、美玖さん大胆」


「え、そうかな?琉莉ちゃんもしてたしいいかなって」


(いや!俺たちは兄妹だから!桜井がやるのとは意味が違うぞ!)


 兄妹でも結構恥ずかしかったのにこれが友人、しかも異性となると更にハードルが上がる。難し気に顔を歪めていると美玖から声を掛けられる。


「あ、私から食べさせられるのやだった?」


「そんなことは……!ない、よ」


 つい口調が強くなる。心は正直だ、頭であれこれ問題点を上げておきながら期待している。


(だって仕方ないだろ……あの桜井からあーんされるなんて今後ないぞ。前世でどれだけ徳を積んだんだ俺は…………まじで考え方きもいな俺)


 下心全開の自分に嫌煙していると美玖がにこっと微笑む。


「そうかー、よかった。それなら私のも食べてすんごくおいしいから」


「お、おう……」


 心が汚れ切った春人には眩しすぎる笑顔に目を細める。

 もう食べるしかないのかと考えているとスマホが通知を知らせる。


『女に恥かかせるな。さっさと食え』


 色々と言いたいことはあるが妹の言葉にも一理ある。そう考えてしまっては春人を引き留めていた理性はものの見事に崩れていき口を大きく開ける。


「あ、あーん」


 美玖は優しくフォークを春人の口へと運ぶ。口の中に入った瞬間チョコレートの甘みが広がっていくが味がもうよくわからない。


「どうかな?」


「……うん、おいしいよ、すごく」


「そうかー、よかったー……あ」


 美玖は嬉しそうに口元を綻ばしていたが手元のフォークを見て声を漏らす。


「これ間接キスだね百瀬君」


「っ!か、間接、キスぅ!?」


「うん、間接キス。意識した?」


「い、意識何て……してないぞ……」


 思いっきり動揺している姿を晒したがなけなしのプライドが認めることを拒絶した。というのも――。


(またいつもの嘘の可能性もあるしここで簡単に認めるわけにはいかない)


 いつもと同じで揶揄っている可能性があるのだ。大分無理がありそうだが春人は誤魔化すことに決めた。


「意識してないんだ百瀬君は」


「ああ、もう高校生だしこれくらいで――」


「私はすごく意識しちゃって心臓もバクバクなのに」


「っ!?」


 恥ずかしそうに頬を掻きながら美玖が顔を赤くしている。


(ん?これは本当なのか?嘘じゃない、のか?)


 春人は困惑して唾を飲み込む。嘘だとしたらこんな反応できるものなのか……もしできるなら名女優もびっくりの演技力だ。春人が判断に困っていると琉莉がひどく冷めきった目を向けてくる。


「兄さん……最低……」


「な、なんだよ急に」


「美玖さんが正直に気持ち伝えてるのに、兄さんは誤魔化すんだ」


「うっ!」


「美玖さんが正直に気持ち伝えてるのに、兄さんは誤魔化すんだ」


「なんで二回言った!?あー、わかったよ!俺だって意識したしドキドキもしたよ!」


 もうこの際やけくそだ。琉莉の糾弾するような目に晒されながら全て吐き出す。それでも恥ずかしいいものは恥ずかしい、消えていなくなりたい気分だ。そんな春人の様子に美玖はおかしそうに笑う。


「あはは、そうかそうか、百瀬君も意識してたんだね」


「……そうだよ。悪いか」


「ううん、同じだったんだなって……嬉しい」


(っ!?……今日の桜井さんちょっとおかしくないですかねぇ?反応がいちいち可愛いんだが)


 いつもと違う美玖に春人の調子が狂う。いつもならこの辺で嘘とか言い出しそうなのだが……その気配がない。


(マジで?マジで本気で言ったのか……)


 もしそうだとしたら美玖は何を考えているのか。悶々と気になってしまい春人は右足を貧乏ゆすりする。次にどんな言葉が飛び出すのか春人が身構えているとパンケーキに視線を落としながら琉莉がポツリと呟く。


「あ、生クリームが溶けてきた。早く食べないと」


「本当だ!急いで食べちゃおう」


 溶け始めた生クリームに気を取られ二人は食べることに集中し始める。


(え?この話終わっちゃう?待って!せめてどっちかはっきりしてからにして!)


 春人の心の叫びなど聞こえるはずもなく、もうこの話は完全に終わる方向に向かっていた。普段の美玖の行動のせいとはいえ疑り深くなったものだ。素直に受け入れきれないのが歯痒い。


 春人はもう諦め自分のパンケーキに向き合う。だが、一口食べれば、その優しい甘みが汚れ切った春人の心を癒してくれる。


(はー、やっぱり甘いものはいい、食べてるだけで幸せになる)


 口の中に広がる甘みを噛み締めながら春人は頬を緩めていると美玖が口を開く。


「百瀬君――」


 すると春人と琉莉が揃って反応し琉莉がはっと眉根を下げる。


「あ、ごめんつい反応しちゃった」


「いやこっちこそごめんね、ややこしかったよね」


「うん……なんで美玖さんは兄さんのこと名前で呼ばないの?私たち兄妹だからこういうときややこしい」


「あー、前に百瀬君に言ったら拒否されて」


「は?」


 ぎろっと妹から鋭い視線が飛んでくる。あまりの迫力に自然と背筋が伸びる。


「兄さんなんで?名前で呼ぶくらい普通でしょ?」


「ま、まあな」


「ならいいよね別に?名前で呼んでも」


「あ、いや、というよりなんでお前怒ってんの?」


「今は私のことはどうでもいいの。ほら返事は?」


 半分家での琉莉の姿を覗かせている。それほどまでに怒らせる点があったのか。春人は頭をひねるが全く思い当たらない。そして、考えてて返事が遅くなってしまい琉莉が再び視線を鋭くする。これ以上待たせると余計に怒らせてしまいそうだ。


「……わかったよ。名前で呼んでいいよ」


 結局春人が折れる形となりため息を吐く。そんな二人のやり取りにお互いの顔を行ったり来たりと視線を巡らせていた美玖が口を開く。


「あの、百瀬君が嫌なら無理にとは言わないけど」


「別に嫌だったわけではないからな、あの時は急に言われて動揺したというか……ちょっと心の準備がな」


 美玖に名前を呼ばれることが嫌なはずがない。むしろ何か誇らしさまであるくらいだ。だがそれと同じくらい周りの反応がどうなるのか気になってしまいすぐにいいとは言えなかった。


 春人の言葉を聞くと驚いたようにきょとんと口を開けていた美玖だが次第に目尻が下がる。


「そういうことならじゃあ名前で……春人君」


「あ、はい」


「えへへ、なんかこそばゆいね」


「そ、うだな……」


 名前で呼ばれるのはこんなにも嬉しいものなのか。春人の頭の中で美玖の声がリピートされる。そんなだらしない顔を作る春人にじーと美玖が視線を送る。


「ど、どうした桜井?」


 気持ち悪い顔を見られていたかと慌てて顔を引き締める。


「春人君は呼んでくれないの?」


「え?呼ぶって……」


「だから、春人君は私の名前呼んでくれないのかなって」


「……え?俺も呼ぶべきなの?」


「だって、私だけ名前呼びにしたのに春人君は呼んでくれないと思うとなんか壁を感じちゃうなー」


 不満げに頬を膨らませる美玖。


「そんな壁なんてないって、桜井とは――」


「あー、また桜井って言ったー」


「いや……だってな」


「だってなに?」


「………」


 全く美玖が引かない。こうなっては勝ってる気がしないので早々に諦める。小さくため息をつき春人は息を吸う。


「……美玖……これでいいだろう?」


 一瞬目を丸くした美玖が満面の笑みを作る。


「うん、うん!ねえねえ、もっ一回呼んで」


「なんでだよ」


「えー、いいじゃんかー、呼んでよー」


 妙に絡んでくる美玖に眉根を寄せながらも仕方ないと春人は美玖の名前を呼ぶ。


「……美玖」


「うん、なあに?春人君」


 何とも甘たるいやり取りを繰り広げる。


(なんなのこの子ほんっとうに!もう可愛いしかないんだけど!)


 にこにことご機嫌に鼻歌まで歌い出しそうな美玖に春人は緩みだす顔を必死に抑える。


「美玖さんよかったね。嬉しそうで何より」


「うん、ありがとうね琉莉ちゃん」


「私は特別なことはしてないよ。そこにいる男らしくないダメな兄を引っ叩いただけ」


 先ほどの怒りが残っているのかまた鋭い視線が飛んできた。


(確かに男らしくなかったけど……そんなに怒るところだったか?)


 理不尽とも思える妹の所業に春人は不満を覚える。


「でも琉莉ちゃんがいなかったら名前で呼ぶなんてもっと先の話だったと思うし、やっぱり琉莉ちゃんのお陰だよ」


 本当に嬉しいのだろう笑顔が全く絶えない。ただあまりの喜びように琉莉も疑問が生まれる。


「そんなに嬉しかったの?兄さんと名前呼びになって?」


「うん、結構仲良くなったのに全然そんな気配がないなって思ってたから、仲いいと思ってたのは私だけかと思って不安で」


 そこまで聞くと琉莉がまた春人に鋭い視線を向ける。


「兄さん、美玖さんを何だと思ってるの?そんな雑に扱っていいと思ってるの?」


「お前さっきから美玖のことになると怒ってない?なんでいきなりそんな仲間意識芽生えてんの?」


 さっきまで美玖の秘密を暴こうと息まいていた人間とは思えない。一体何が彼女をここまで変えたのか……。


「兄さんそうやって話を逸らさない。私は本気で聞いてるんだよ」


「ああ、わかってるよ。だからそんな無表情で問いたださないでくれ、クソ怖いから」


 本当に何なのかこの妹は……。琉莉の本気の怒り方に春人は冷や汗を垂らす。


「まあまあ琉莉ちゃん、私は気にしてないからその辺に、ね?」


 見かねた美玖が琉莉を宥めてくれる。


「……美玖さんがそう言うなら……」


 美玖の言うことは素直に聞くらしい。一瞬こちらに視線を向けてから身を引く琉莉。何はともあれ春人はほっと胸を撫でおろす。


「ありがとう美玖、おかげで助かった」


「気にしなくていいよ。半分私のせいみたいなとこもあるし」


「いや、美玖は何も悪くないだろう」


 例えそうだとしても半分なんてことはない。九割九分琉莉と春人が悪く残りが美玖くらいの割合でいいだろう。


 それぞれのパンケーキも食べ終わったところで琉莉がおもむろにスマホを取り出す。


「美玖さん連絡先交換しよ」


「うん、いいよ。そういえば交換してなかったね」


 美玖もスマホを取り出し、アプリを起動すると画面を見せる。琉莉がその画面にスマホをかざし交換が完了する。


「うん。ちゃんとできてる、ありがとう美玖さん」


「こちらこそありがとうね」


 すると美玖の目が春人へ送られる。春人は何かとただその目を見ていた。


「そういえば春人君とも交換してなかったね。交換しとく?」


「え?そうだったっけ?」


 美玖の言葉に春人は目を丸くする。なんとなくすでに交換している気になっていた。普段連絡を取り合うことがなかったので気づかなかったが。


 そんな春人の言葉に琉莉が再びぎろっと視線を向ける。


「兄さん……」


「お前いちいち怒んなよ!沸点どうなってんの!?」


 再び理不尽に妹の怒りを買った春人だったが無事に美玖との連絡先の交換は済ませた。

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