118話 適切な距離感とは
「今後についてちょっと話し合いたいことがあるんだけど」
春人は腕にべったりとくっ付いている美玖に視線を向ける。
「どうしたの改まって」
「……皆の前でもこんな感じでいくつもり?」
今の美玖の態度の変化を見て周りの人間はどう思うだろうか。
少なくても戸惑いや驚愕といった反応は返ってくるだろう。
それだけならいいのだが――。
「いきなりそんな態度で来られたら、多分俺、周りの奴らから殺気を向けられる」
春人は遠い目になり想像する。
谷川をはじめとして多くの生徒の敵意を買うだろう。
春人もまだ平穏な学校生活を送りたい。
「じゃあ、皆の前では今まで通りにしてた方がいいの?」
「できれば」
春人が頷くと美玖が不満げに頬を膨らます。
「折角気兼ねなく一緒にいられるのに」
「一緒にって言うなら今までもそうだったろ?」
「はる君が私のこと思い出してくれた今では状況が違うんです」
何やら自論を述べる美玖。
春人としては何が違うのかよくわからなかった。
春人が困ったように眉尻を下げていると美玖が未だに不満を感じてはいるものの仕方がないといった様子でため息を吐く。
「わかった。皆の前では普通にしてる」
「そうしてもらえると助かる」
「うん。それに二人の時は甘えていいなんてなんか秘密を共有してていいしね」
美玖は自分なりに納得し、にこっと笑顔を向けてくる。
(考え方がポジティブすぎてもうこの子無敵だな)
春人はそんな美玖に感心するように苦笑を浮かべる。
「文化祭、この後はどうするの?」
「まだ少し時間もあるからな。それにクラスの宣伝があるから美玖とずっとここにいるわけにもいかないし……」
「ならとりあえず歩こうよ。歩いてるだけで宣伝になるし、文化祭デートっぽいし」
「っ!デートって……まあ、傍から見たらそうかもだけど」
「なぁにぃ~?はる君はデートは嫌なのかなぁ~?」
「別に嫌なんて思ってないけど」
「じゃあ決まりだね」
美玖はとても嬉しそうに春人の腕に自分の腕を絡めると文化祭で賑わう校舎に向かうので春人はぎょっと目を丸くする。
「ちょっとっ、このままはまずいだろ」
「そこまで……人がいないところまではこのままがいい」
ぎゅっと腕に絡める力が強くなる。絶対に離さないという美玖の強い意志を感じる。
本当に甘える加減を知らないようで二人の時はとことんべったりとしてくる。
春人も正直嬉しいので強く拒否もできない。
だが、人の声が聞こえ始めると美玖はあっさりと手を離してきた。
一応約束はちゃんと守ってくれるらしい。
ただ、あまりにも拍子抜けするくらい素直に離れたので春人は少し面食らっていた。
「なに?」
「いや……ちゃんと離れるんだなって」
「離れないでいいならそうするけど?」
「ごめん。ありがとう」
本当にやりそうなので春人は急いでお礼を口にしたが、それはそれで美玖は残念そうに唇を尖らせる。
(本当に変わったな。もう驚きを通り越して感心するわ)
美玖の急変した態度に春人は驚きはしているものの結構落ち着いてもいた。
というのも――。
(そういえば……昔の美玖もこんなだったっけか)
昔の美玖は公園で春人を見かけると子犬のように近寄ってきて、遊んでいる間はずっとそばを離れなかった。
今のような状況だ。
それを考えてしまうと今は驚きよりも懐かしさが心を占める。
二人は並んで校舎の中を歩く。
まだ文化祭の真っ最中だ。
色鮮やかに飾られた廊下や生徒や一般の客などの楽しげな声が耳に届く。
先ほどまでと何ら変わらない。変わらないのだが――。
「……美玖ちょっと近すぎないか?」
「え、そうかな?」
「明らかに近いと思うぞ」
もう肩同士が触れ合っている。
先ほどまでは身体半分くらいは離れていたのでこの違いは明らかだ。
それでも美玖はわかっていないのか小首をかしげる。
「でも、腕を組んでるわけでもないし、これくらい普通だよね」
「普通……普通かぁ……」
どうなのか春人も答えに困る。
腕を組むのは確かにアウトだがこの距離感はセーフか?
先ほどまでのべったりくっ付いてくる美玖が印象に残っていてこれくらいは春人も普通なのかと思えてきた。
「……まあ、普通か」
「そうそう、普通ふつう」
美玖はうんうんと頷く。
堂々としたその口調に春人も納得する。
でも春人たちが納得したところで他は違う。
ただでさえ美玖のメイド服で目を引いてしまうのに、また違う意味で生徒たちの視線を集め始めていた。
「あれって桜井だよな……?隣の奴と距離近くね?」
「近いな。つうか隣の奴百瀬か。くーっ、羨ましいな!くそっ」
先ほど春人が懸念していた通り早速殺意を向けられ始めた。
(なんか視線が……やっぱり目立つな美玖)
まさかこの二人の距離感に対して視線を集めているとは春人は思わず、呑気にそんなことを考えていた。
この文化祭で春人はまた知らないうちに敵を増やしていた。




