114話 ゆれ動くそれぞれの気持ち
香奈に連れてこられたのは体育館だ。
中では生徒会の役員と文化祭実行委員の生徒だろうか忙しなく動き回っていた。
「春人に美玖か。手伝いに来てくれたのか?」
体育館の中に入り香奈についていくと生徒たちに指示を飛ばす葵と目が合った。
「お疲れ様です会長。手伝いにはきましたが……何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと放送機器がな……壊れたみたいで演劇部の公演に支障が出てな」
「え、大変じゃないですかそれ」
少し軽い気持ちで来てみたが思っていた以上に深刻な状況のように思える。
それでも葵は落ち着いた様子で肩を竦めながら答える。
「だが業者に連絡も入れて直る目途も立っている。ただ公演の時間には間に合わなくてな。急遽吹奏楽部と時間を入れ替えさせてもらったのだ」
葵は話し終えると短く息を吐く。
緊急の対応に流石に疲れているのだろう。
それでも表に出さないところは葵らしいとも思う。
「なるほど。わかりました。とりあえず俺も手伝いますので何をすればいいですか?」
「ありがとう。美玖も感謝するよ」
「いえ、会長には夏休みの時にお世話にもなりましたしこれくらいのことでしたら」
美玖からも前向きに協力する言葉を聞き葵は表情を和らげる。
「うんうん。あたしは二人ならそう言ってくれると思ったよ」
「お前、こんな大変なら俺なんか探さずもっと近くの人に頼んだ方がよかったろ」
「最初はそうしようと思ったけど、電話に全然でない春人にちょっと憤りを感じ……絶対手伝わせてやろうとね」
「とんでもねえ理由だな」
「まあ、でもよく考えたら悪かったよねー。美玖とデート中なのに邪魔して」
香奈がニヤニヤと揶揄うように笑みを作る。
普段の春人ならここで何かしらのつっこみでも入れるのだが……。
「いや、まあ……」
気まずそうに香奈から視線を逸らせる。
そうしたらタイミングよく美玖と目が合ってしまい。
「――っ!」
お互いに、さっと視線を逸らす。
なんともぎこちない二人のやり取りに香奈は目を丸くした後訝し気に眉を顰める。
「え、何その反応。二人ともなんかあった?」
「いや」
「別に」
香奈の問いかけに春人と美玖が揃って否定する。
否定しているがその素っ気ない言い方がまた二人の間に何かあったことを象徴しているようだ。
そんな反応を見せられて香奈が納得するわけもない。
次第に瞳が輝いていく。
「なに!?なになに!?なんかあったんでしょ!ねえ!ねぇー!?」
香奈の中の好奇心が爆発したように春人たちに詰め寄る。
このままでは面倒なことになると思った春人は急いで葵から仕事を貰おうとする。
「会長!俺たちは何をすれば!?」
「ん、ああ、とりあえず演劇部の小道具を今移動させているからその手伝いを頼む」
「わかりました!」
春人は声を張り上げながら香奈から逃げるように舞台へ駆けていく。
「あ、逃げた!なら美玖、何かあった――って、いない!?」
気づけば美玖も皆を手伝うため舞台へ移動していた。
「く~、美玖まで~」
香奈は悔し気に舞台の方に消えていった二人を睨む。
「まったく……香奈。君も早く手伝ってくれ。時間がないんだ」
「わかってます。あとで絶対に聞き出してやる」
「ほどほどにしておけよ」
葵が呆れたように肩を竦める。
香奈のことだから葵の言葉など聞かずにとことん聞き出そうとするだろうが。
「あ、そういえばくるみ先輩まだ戻ってないんですか?」
「彼女はいつものだよ。見周りに行くと言っていたがもう一時間は戻ってきてない」
「また迷子ですか」
「まあ、危なっかしくて道具の移動なんてさせれないからとりあえずは放っておこう。私たちも手伝うぞ」
「はーい」
葵の言葉に香奈は素直に答え忙しそうに動き回っている演劇部の生徒たちの手伝いに入った。
そして、春人は演劇部の小道具を舞台袖から一旦外に出していく。
真剣な表情で作業に集中しているように見えるが内心別のことで頭はいっぱいだった。
(美玖……やっぱりあの時の女の子なんだろうな)
香奈によって中断されたが春人の言葉に美玖は明らかな動揺を見せていた。
ほとんど確定といってもよさそうだが実際に正確な答えを美玖からは聞けていない。
もやもやとした気持ちのまま春人は手を動かす。今はこうでもしていないと落ち着かない。
不意に視界の端に美玖の姿が入る。咄嗟に視線を向ければ美玖もこちらをちょうど見てきてがっちり視線が合ってしまった。
さっとどちらともなく顔を背ける。
(いやいや、やべー、やべーよ。意識し過ぎだぞ)
傍から見ても様子のおかしさを悟られるだろう。
なるべく見ないことを心掛けながら作業を再開する。
(にしても、なんだろうな……もっとこう……戸惑うと思ったけど)
春人は自分の心が思ったほど乱れていないことに不思議に思う。
春人の人生を大きく変えるきっかけを作った少女に再開したのかもしれないというのになぜかどこか落ち着いている自分がいた。
(昔のことだし、やっぱりこんなもんなのかな)
薄情と思うだろうか。あれほど仲の良かった少女に会ったというのに、この軽薄さ。
もしそうなのだとしたらやはり最後の印象のせいだろうか。
最後に少女から受けた絶望に近い感情が尾を引いているかもしれない。
(はー……早く話したい)
美玖は春人と目が合い咄嗟に顔を背けてしまう。
(どうしよう。どんな顔して春人君を見ればいいんだろう)
ずっと待ち焦がれていたはずだ。
春人が美玖のことを思い出してくれる日を。
だが、実際その日を迎えてしまうと嬉しさとは別に緊張してしまう。
自分でもどうしたいのかわからなくなっていた。
(今すぐ伝えたい。春人君に今までのこと全部。伝えたいけど……)
美玖はチラッと春人を横目に捉える。
演劇部の道具を真剣な面持ちで運んでいる。先ほどまでの会話を忘れているように。
(春人君はそんなに嬉しくないのかな……)
嬉しく思っているのは自分だけなのかと思うと次第に不安がこみ上げてきた。
春人にとってももう大分昔の話になる。
思い出してくれただけでも奇跡みたいなものなのだからこれ以上を望むのは欲張りなのだろうか。
いろいろな感情が渦巻いて美玖の中に留まっていく。
少しでも早くこの不安を取り除きたかった。
(はー……早く話したいなー)




