110話 まさかのダークホース
『生徒会所属の水上選手!こちらもすごい食べっぷりだぁぁぁ!食べているというかカレーパンが吸い込まれているぞ!』
実況を聞いて相撲部に意識が向いていた観客も香奈へ視線を向ける。
その食べっぷりは壮絶なものだった。カレーパンが口の中に吸い込まれるように次々消えていく。
唖然として皆が香奈に注目している。
「は?はぁぁぁっ!?何それ、水上そんな食えんの!?」
「ふふ、どうだ谷川。俺たちの秘密兵器は」
瞠目する谷川に春人が口角を上げ自慢気に胸を張る。
「いや、どうって、どうなってんだよそれ!?」
「仕組みは俺にもわからん」
吸い込まれるようにカレーパンが消えるので最早噛んでいるかもわからない。そしてその身体のどこに収まっているのかも。
「「――っ!」」
横目に香奈を見ていた相撲部の二人から余裕が消え真剣な表情になる。
食べる速度も先ほどより上がっていく。
『ここで谷川チームのペースが上がる!だがいいのか!?このまま最後までもつのか!』
大食い勝負が始まって早々、勝負は相撲部二人と香奈の戦いになってしまっている。
実況も観客もまさかのダークホースの登場にこれまで以上の盛り上がりを見せる。
「すごいな香奈。いや、すごいのは知ってたけど」
「やる気出してたもんね。私もういらないくらい」
美玖は三個目を半分くらい食べて苦しそうにしている。
「百瀬お前ずるいぞ!水上ばかり食ってんじゃねえか!」
「お前だってそっちの二人しか食ってねえだろ。そもそもチーム戦なんだから文句はないはずだけど?」
「こいつ……っ」
谷川が悔し気に春人を睨みつける。
今回の発端の二人はここに至るまで特になにも活躍していない。
香奈たちが食べている量に比べたら本当にわずかなものだ。
「う……すまん。もうむり……」
「伊藤っ!」
相撲部の一人伊藤が椅子から仰向けに転げ落ち、佐々木の焦るような緊迫した声がステージ上に響く。
『おっとぉー!伊藤選手ここでギブアップかぁ!?対する水上選手はペースも全く落ちてないぞ!』
香奈がカレーパンを口に運べば即座に消えてなくなる。何かのマジックでも見せられているようだ。
谷川チーム以外はもう諦めたように香奈の食べっぷりを見て呆然としている。
「くそっ!伊藤、お前の仇は俺が取ってやるからな!」
仲間の犠牲を糧に佐々木が必死にカレーパンに食らいついていく。
みるみる皿のカレーパンが無くなっていく。
「頑張るなあ佐々木。香奈は大丈夫か?」
「むふ?ごくっ!余裕!」
「あはは……そうか。なんか楽しそうだな」
「そりゃあ、タダでこんなにいっぱい食べれるんだもん。楽しいに決まってるよ!」
「お前が楽しんでくれてるなら俺はもう言うことないな」
無理やり参加させたので罪悪感はあったが香奈の美味しそうにカレーパンを食べる姿を見て春人の罪悪感も薄れる。
時間が経過するにつれて両者の差が開き始めた。
徐々に香奈の方が食べた量が増えていく。
この状況に焦りを覚え谷川の表情も血の気が引いてきている。
「嘘だろ……こんなことで俺は負けんのか」
「いや、お前こんなことって。頑張ってんのそっちの相撲部二人だろ」
「俺だって必死で食ってたわ!六個は食ったぞ!」
「あ、じゃあ俺八個だから結局勝ってんなお前には」
「クッソがぁぁぁっ!」
悔し気に歯をむき出しにしながら谷川は目玉が飛び出さんほどに目を見開き叫ぶ。
面白いようにリアクションを取ってくれるので春人もついつい揶揄いがちになる。
程なくして試合終了を知らせる機械音が中庭中に鳴り響いた。
『はい!ここで試合終了になります!本来なら皿の数を数えて勝敗を決めるところですが――誰の目から見ても一目瞭然ですね!』
声量をどんどん上げ周りの熱も上げていく放送部。
ステージ周辺のボルテージも最高潮だろう。
放送部は溜めに溜めた言葉を爆発させるようにマイクを握る。
『優勝は百瀬チーーームッ!水上さんの目をみはる食べっぷり、本当に素晴らしいものでした!』
結果と同時にステージを揺らすほどの割れんばかりの歓声が上がる。
主に香奈を称える言葉だ。
それほどまでに香奈の食べる姿はここに集まった人たちの目に焼き付いていた。
「わ、わ、わ、なんかすごいことになっちゃった」
「まあ、あんなん見せられたらな。ありがとう香奈。おかげで助かったわ」
「まあ、あたしに掛かればこれくらいどうってことないけどね」
むふっと鼻息を吐き自慢気に胸を張る香奈。
いつも通りの調子の乗りようだが今だけは何でも許せる。
「くっ、まさか水上がこんなに食べるなんて予想外だ、次はもっと別の方法で……」
「お前まだなんかやる気かよ。面倒だからいいって」
谷川が悔し気に机の上で拳を握りしめながら性懲りもなく次回のことを考えている。
「うるさい!俺は会長だからな。こんなところで諦めるわけにはいかないんだよ!」
「お前が会長って時点でいろいろ間違ってるし、付き纏われる俺の身にもなれ」
心底辟易とした様子で春人は肩を落とす。
一体こんなことが何回続くのか。考えただけで億劫になる。
『それでは優勝した百瀬チームの皆さんには賞品として学食の一か月無料券を贈呈します。どんだけ食べても無料ですよ!』
「え、一か月無料?食べ放題?嘘、やったー!」
放送部の言葉に香奈がその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
そういえば優勝時の賞品など何も聞いていなかった。
予想外のご褒美に香奈だけじゃなく春人と美玖も笑みを作る。
「なんか香奈のおかげで得したな」
「ほんとだね。ありがとう香奈」
「えへへ、いやー、それほどでも?」
後頭部を掻きながら嬉しそうに歯を見せ笑う。
「でも大丈夫なのか。一か月学食食べ放題って食料全部香奈に食べつくされるぞ」
「失礼だな。流石に無くなるまで食べないよ。ちゃんとぎりぎりで止める」
「ぎりぎりまでは食べるつもりなんだな」
この先一か月は学食で働く人達は大変だろうなと、春人は内心気の毒に思ってしまう。
――そして、その危惧は現実になり学食が学校にできて以来、この一か月は今までに類を見ない地獄のような忙しさとなった。




