11話 百瀬春人はスイーツ男子
ホームルームが終わると早速美玖が春人に話しかける。
「百瀬君それじゃあ行こうか」
「ああ、琉莉とは昇降口で待ち合わせてるから早く行こう」
待たせると後で何を言われるかわからないので春人は早々にカバンを担いで廊下へと進む。その後に美玖も続く。
「桜井なんか機嫌いいな。どうしたんだ?」
「え?わかる?だって百瀬君とお出かけできるのなんて初めてだからすごい楽しみだもん」
「……それは光栄だな」
ニコニコと笑顔を絶やさない美玖に春人もなんだか頬が緩む。改めて考えてもすごい状況である。学校一可愛い女の子と放課後に寄り道……誰もが羨むシチュエーションだ。
「ありがとうな桜井。妹が無理言ったんじゃないのか?」
「え、どうして?」
「多分琉莉が強引に誘ったんじゃないかと思って……あいつそういうとこあるから」
十中八九間違いないと思っている。美玖の行動の秘密を知るために今回この場を準備したと。
そんな春人の言葉に一瞬呆気にとられたような顔を作るも誤魔化しは通じないと思ったのか美玖が苦笑する。
「すごいね百瀬君、確かにぐいぐいと来たからびっくりしたかな。あ、でも嫌だってことはないよ。百瀬君と遊べるのは本当に楽しみだし」
「そ、うか……それなら良かった」
笑顔を向けてくる美玖からは社交辞令といった雰囲気はなく、本心から言ってくれてることが伝わる。春人は照れ臭くなり頭を掻きながらその笑顔から顔を背ける。
(本当にこういうところちょくちょく見せてくるのずるいよな)
美玖がどういうつもりかは知らないが春人も健全な男子、そんな言葉を掛けられては勘違いしそうになる。だが――。
(まあ、普段の調子からみてもそんなことないだろうから早とちりしなくて済むのは助かる)
日常的に揶揄って楽しんでいる美玖にそんな感情は無いのだろう。これのお陰で春人も勘違いをせずに済んでいた。
「百瀬君、琉莉ちゃんのことよくわかってるんだね。流石お兄ちゃん」
「一緒に長いこといれば嫌でもわかるよ。本当に、いらんとこまで……」
家の中での琉莉を思い浮かべる。一体今までどれほどあの傍若無人に振り回されてきたか。苦い記憶が蘇り、遠くを見つめる春人に美玖は首を傾げる。
「百瀬君?どうかした?」
「すまん、何でもないから気にしないでくれ」
少々態度が露骨だったらしい。春人は反省し気を取り直す。
「それより今日はどこに行くんだ?まだ聞いてないけど」
「ふふふ、それはついてからのお楽しみです」
美玖が楽しいそうにもったいぶりながら人差し指を口の前で立てる。一体どこに行く予定なのか春人は余計に気になってきた。
「あ、兄さん、美玖さんこっち」
そうこうしていると気づけば昇降口まで着いており、先に居た琉莉が二人に手を振っていた。
「早かったな琉莉。こっちもすぐ来たつもりだったけど」
「ホームルームが早く終わったから」
相変わらずアンニュイな感じを醸し出している。琉莉はてとてとと美玖に近づくとその手を取る。
「早く行こう美玖さん」
「うん、琉莉ちゃんそんなに楽しみにしてくれたの?」
「うん、美玖さんとたくさんお話しできるのすごく楽しみ」
「わあ、嬉しい!それなら急いでいこうか」
笑顔を作りながら手を繋いで先に歩いていく二人の姿はとても美しく眩しく見える。春人もその光景を純粋に楽しみたいのだが――。
(琉莉の楽しみは桜井のとは多分違うな)
どうしても邪推してしまう。琉莉の本性を知っているせいでこの美しい光景まで裏があると疑ってしまう自分に苦笑いを浮かべる。
とりあえず後に続こうと春人も歩みを進めた。
「こ、ここは!?」
学校を出て電車まで乗り継いできた場所に春人は驚愕していた。
「最近テレビでも紹介された評判のパンケーキの店!」
いつも以上にテンションが爆上げになっているが仕方がない……何せ百瀬春人は――。
「わあ、本当に百瀬君スイーツ好きなんだね」
「言ったとおりでしょ美玖さん。兄さん甘いものに目がないから」
「うん、目的地秘密にしてきて正解だったね。ここまで喜んでもらえるなんて思わなかったよ。やったね琉莉ちゃん!」
サプライズが成功したと美玖は嬉しそうに琉莉とハイタッチを決めている。
「ここ一回行ってみたかったんだよな。男一人で来るのは流石に無理だから諦めてたけど」
「よかったね兄さん夢が叶って」
「夢っていうほど大げさなもんじゃないけど。つうかよく知ってたな。お前甘いものそんなに興味ないだろう」
「前兄さんがテレビ観ながら行ってみたいって言ってたから、行けない距離でもなかったしちょうどいいかと」
「本当にありがとう、めっちゃ嬉しいわ」
「そ、そか、……まあ、嬉しいなら良かったんじゃない……」
春人が心から感謝しているのが伝わったのか琉莉が珍しくぎこちない反応を示す。落ち着かないのか前髪を指に絡めて弄んでいる。
「ふふふ、それじゃあ入ろうか、パンケーキいろんな種類があるみたいだよ」
「ああ、何にしようかすげえ迷うわ」
店の扉を開けると店内は木を基調とした落ち着いたものだった。平日の割にはお客も大分入っているだろう見る限りではほとんどの席が埋まっている。
店員に四人掛けのテーブル席へ案内され。春人の前に美玖、その隣に琉莉が腰かけた。
「まじでたくさんあるな。う~んどうしたものか」
メニューを開くと写真付きで果物と生クリームで彩られたパンケーキがずらっと並んでいた。
「これはすごいね。見て。これ何てパンケーキより生クリームの方が多いんじゃないかな」
「本当だ。やば、マジで選べねえ」
美玖とメニューを覗き込みながらテンションが上がっている春人は眉根を寄せる。本当にどれも美味しそうで選択に困る。
「兄さんそんなに選べないならみんなでシェアして食べたら?」
「シェア?」
「うん、それなら少なくても三つの味が楽しめるし」
なるほど、確かに合理的でよりたくさんのパンケーキが食べれる。
「いいなそれ、そしたら……」
春人ははっと気づく。みんなでシェアするってことは必然的に美玖ともシェアすることになるが……嫌とか思ってないだろうか。そっと美玖の様子を窺うと――。
「うん、私もそれがいいかな。一個に選ぶなんて無理そうだし」
いいのかと春人は目を丸くする。男子と食べ物を分け合うなんて嫌がると思っていたが特に気にしてはいないらしい。
「ならそういうことで私はこの苺が載ったのにしようかな。美玖さんはどうする?」
「私はチョコレートにしようかな」
「なら俺はこの抹茶で」
三人がそれぞれパンケーキを選ぶと店員を呼び注文を済ませる。パンケーキが到着するまでしばらく雑談タイムに入ると琉莉が早速動き出す。
「美玖さんって兄さんと仲いいよね?何かあったの?」
「っ!?んっ、ごほごほっ」
いきなり核心を突こうとする琉莉の言葉に春人は咳き込む。
(こいつ躊躇いなくいったな!)
相変わらず表情があまり動かない琉莉からは感情が読みづらい。傍から見ればちょっと気になって聞いてみた感もある。そんな琉莉の質問に美玖は平然と答える。
「そうだね百瀬君とは仲いいよ」
「さ、桜井……」
改めて仲がいいと美玖に宣言され、照れくささから春人は思わず呼びかけてしまう。
「ん?あれ?もしかして仲がいいと思ってたのは私だけかな?」
「い、いやっ、そんなことないぞ。俺も楽しいって思ってたし」
「わあ、楽しいって思ってくれてたんだ、嬉しいな」
(なんなのこの子!ちょーいい子なんだけど!)
春人はすーと息を吸い表情を固める。そうしなければデレデレと頬が緩んでしまいそうだ。
「それと、何かあったってことはないかな?席が隣で自然と話すうちに仲良くなってたし」
「そうなんだ。話してるうちにか……」
琉莉は少し複雑そうに顔を顰める。事前に聞いていた春人の話通りだったからだろう。新しい情報を期待したのにその思惑は外れてしまった。
「美玖さんたちはいつもどんな話をしてるの?」
それでも諦めず話を膨らませていく。
「どんなかー、授業内容どうだったかーとか、昨日はご飯何食べたかーとか?」
「結構普通のこと話してるんだね」
「あはは、普通ふつう何にも捻りのない日常的な会話だよ」
美玖はおかしそうに笑いながら歯を見せる。そんな美玖のあどけなさに琉莉も言葉に詰まる。
「そ、そうなんだ。へー……」
「私は琉莉ちゃんと百瀬君がどんな話してるのかも気になるな。兄妹って普段なに話すの?」
「私たちは……そんな面白いものじゃないよ。美玖さんみたいに授業内容について話したりもするし、一緒にテレビ見てればそれについて話したりしてるから」
一瞬ペースを崩されるが琉莉は立て直し会話を続ける。そんな琉莉へ春人は冷めた目を向ける。
(すごいなこいつ、言ってること全部嘘だぞ)
息を吸うように嘘をつく妹に感心する。授業内容なんて今まで話したこともないし、テレビは……ないこともないがチャンネルの取り合いで醜く争っている記憶しかない。
そんな琉莉の嘘に気づくこともなく美玖はにこにこと笑顔を作る。
「へー、案外友達と話す内容と変わらないね」
「ふふふ、美玖さんがどんな内容を予想していたのか知らいないけど期待に応えて上げれなくてごめんね」
「ううん、そんなことないよ。他の子から聞くと普段兄弟と会話なんてないっていう子ばかりだから琉莉ちゃんたちみたいな仲のいい兄妹いいなって思ったし」
また笑顔を作り笑う美玖。本当にこの時間を楽しんでくれてるのだろう。琉莉の思惑を知ってるために何とも心苦しい。
(俺のせいではないがすげえ申し訳ないなこれ)
自分にも責任があると心の痛みを受け入れているとスマホが震えた。机のしたでチラッと画面を見てみると――。
『どうしようお兄、なんかすごい悪いことしてる気がする』
視線を戻すと琉莉は普通に美玖と話していた。いつの間に打ち込んだのかと感心するとともに、妹にまだ人間としての良心が残っていたのかと感動する。
(ちゃんと善悪の心はあったんだな。お兄ちゃん嬉しいぞ)
感動のあまり涙ぐみ目頭を押さえると更に通知が届く。
『帰ったら潰す』
(怖えな!何をだよっ!?つうか心読んでんじゃねえ!)
いきなり送られてきた脅迫文に背筋が凍る。しかもこんな文を送っておきながら琉莉は今笑顔を作ってまで美玖と楽し気に話しいるので更に恐怖を感じる。あの笑顔の裏には一体何が潜んでいるのだろうか。
春人が恐々としているとタイミングよく店員がやってきた。
「お待たせしました。ご注文のパンケーキになります」
三人の前にそれぞれ注文したパンケーキが並ぶ。
「わあ……」
美玖が小さく声を漏らすが気持ちはわかる。運ばれてきたパンケーキはどれも綺麗にフルーツや生クリームでデコレーションされており一種の美術品のように美しい。食べるのが勿体ないほどだ。
「すーげっ、抹茶のクリーム?なんかつやつやしてて綺麗だな」
「ねー、琉莉ちゃんのも可愛い」
「うん、わかる。食べ物可愛いと思ったの初めて」
二人の感想の通り、苺がパンケーキのお皿にふんだんに飾られておりとても可愛らしいパンケーキになっていた。
だが折角のパンケーキだ、時間が経っては質が落ちてしまう。美味しいうちに味わいたい春人はさっとフォークとナイフを構える。
「食べていいか?」
「そうだね、早く食べよ」
「うん、いただきます」
琉莉の合図に合わせて三人はそれぞれのパンケーキに口を付ける。
「っ!うっまこれ!やばっ、パンケーキが口の中で溶ける!」
「すごいねこれ……」
「私こんなおいしいパンケーキ初めて食べた」
あまりのおいしさに皆の頬が緩む。琉莉の言う通りこんな美味しいパンケーキは初めてだ。春人の中でのスイーツランキングが更新されていく。
口の中の甘さの余韻に浸っていると琉莉が口を開く。
「兄さんのもちょうだい」
「ん?ああ、いいぞ。こっちもうまいからな」
「ありがとう。……おー、抹茶のほろ苦さがおいしい」
琉莉は美味しそうに目を細める。家ではぐうたらな妹だが、こうやって見てる分には可愛いものだ。
美味しそうに食べる琉莉を見ていると隣の美玖が視線を向けていることに気づく。すると自然と目が合い――。
「あ……、百瀬君、私もいいかな?」
「ああ、そういう約束だったからな、どうぞ」
少々躊躇いがちに言う美玖へお皿を差し出す。すると美玖は顔を輝かせる。
「わあ、ありがとう、いただきます」
綺麗にフォークとナイフを使って切り分けると口へ運ぶ。
「……んー!こっちもおいひー」
幸せそうに頬を押さえる美玖。本当に美味しそうに食べるので見てるこっちまで嬉しくなる。
美玖の顔に見惚れていると琉莉が自分のパンケーキを切り分けながら口を開く。
「兄さん私のもあげる。はい、あーん」
唐突に差し出されたパンケーキを凝視し春人は固まる。
「えーと、自分で食うぞ?」
「もう目の前まで出したんだから、これ食べて、はい」
まあ、自分で取るのも食べさせてもらうのも味は変わらんが……只々恥ずかしい。
(あーんとかいつぶりだよ小学生とかじゃないか?しかも桜井に見られてるし……)
春人はちらっと美玖を見る。そこにはなぜか真剣な眼差しで二人の様子を窺っている美玖の姿があった。興味津々なのだろうとすごく伝わってくる。
(えー、そんなに気になるもの?友達ならともかく兄妹ならこのくらい普通んじゃないのか?)
春人が躊躇っているとじれったくなってきた琉莉がフォークを突き出す。
「もういいから、ほら」
「おぅぷっ!?」
突き出されたパンケーキは綺麗に春人の口に収まる。苺の酸味が口いっぱいに広がり春人の顔が緩む。
「あー、これもうまいな。……じゃなくて、あぶねえだろ」
「兄さんが全然食べようとしないのが悪い。美味しかったでしょ?」
「美味しかったけどそういう問題じゃ――」
「なら良かった」
こっちの話も聞かずに自分のパンケーキへ視線を落とし、再び一口大のパンケーキをフォークに突き刺す。
「美玖さんもはい、あーん」
「え?私も?……あ、あーん」
矛先が次は美玖へ向き、戸惑いながらも美玖は口を開けパンケーキを食べる。
「はー、こっちもおいしいなー」
甘い吐息を漏らし感想を口にする。そんな二人の光景を見て春人は――。
(女の子同士の食べさせ合いって……いいな……)
目の前で広がった微笑ましい光景に口元が緩む。こんな素晴らしい光景を作ってくれた妹に心の中で感謝し、先ほどのことは水に流そうと考えているとスマホが通知を知らせてきて――。
『きっも』
確認するまでもなく妹からのメッセージだ。
(マジでなんでわかるのあいつ?というかきっもは止めよ?流石の兄も傷つくから……)
妹の言葉が胸に刺さり心にダメージを負う。すると美玖が躊躇いがちに口を開く。