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107話 百瀬春人と過去の記憶

 俺がまだ小学校の低学年だったころ、家の近くの公園によく一人でいる女の子がいた。


 特になにかあったというわけでもなかったが少し気になっていた。

 いつも一人だからだろうかよく視線の中に入れて目で追っていた。


 その日も何気なく公園に遊びに来ていたがやはり女の子をいつも通りいた。


 ただ少しだけいつもと様子がおかしい。

 公園のブランコ。そこで女の子を数名の男の子が取り囲むように立っていた。


「このブランコ俺たちが使うからおまえどけよ」


「で、でも……ブランコはみんなの……」


「俺たちが使うからどけって言ってんの!」


「うっ……」


 男の子たちの言葉に女の子は怯える表情を作る。


 子供ならよく見る遊具の取り合いだ。

 俺も普段ならどうとは思わなかっただろうが、この時は無駄な正義感が働いて気づけばブランコがある方向へ足が進んでいた。

 近づいてくる俺に気づいた男の子たちが不機嫌そうに視線を向けてくる。


「なにおまえ?今からここは俺たちのものだからどっか行け」


 男の子たちの物言いに子供だった俺は素直に苛立ちを態度に出す。


「公園はみんなのものだろ。ちゃんとその子にも使わせてやれ」


 つい強い口調で言い返してします。

 それが気に入らなかったのだろう。

 男の子たちの矛先は俺に向いた。


「うるさいな!大人みたいなこと言うなよ!」


 そういうと男の子の一人が俺に殴りかかろうとするが――。


「っ!」


 俺は逆に男の子を殴り返してしまった。このころ漫画ではまっていた空手を習い始めていてつい気も大きくなっていた。自分ならこんな奴ら倒せると。殴ることにもためらいがなかった。


 俺に殴られた男の子は尻もちをついて転んでしまう。

 何が起きたのかわからなそうに目を丸くしていたが殴られた胸辺りの痛みに気づいたのか瞳に涙を浮かべ――。


「ひくっ、う、うわあああああぁぁぁあああ!」


 公園中に響きそうな声で泣き出してしまった。

 その子はこの男子グループのリーダー的存在だったのかリーダーがやられて他の男の子たちが動揺を露にする。


「や、やばいよこいつ!」


「僕知らないから!」


 すると我先にと男の子たちが逃げ出してしまう。


「うっ、まって!まってよー!」


 殴られて泣いていた男の子も他の子たちを追ってどこかへ行ってしまった。

 俺と女の子だけがこの場に残った。


「君、だいじょうぶ?」


「………」


 座り込んでいる女の子は黙ったまま俺のことを見上げてくる。

 困惑していたのだろう。男の子たちに囲まれてたと思えばいきなりやってきた俺が何のためらいもなく暴力で解決してしまったのだから。


 それでも当時の俺は折角助けてあげたのに何も言わない女の子に少々ムカッときてその場を去ろうとしたが――。


「あ、あの!」


 女の子は立ち上がり俺に声をかけてきて。


「あ、ありがとう!」


 大きな声ではっきりとお礼を口にした。

 これが俺と女の子の最初の会話だった。


 その後は公園で遊んでいたら女の子の方から近寄ってくるようになった。


「はる君!いっしょにあそぼっ!」


 助けてあげたことで懐かれてしまったらしい。

 毎日のように一緒に遊んでいた。


 年相応に楽しくはしゃいで帰りが遅くて親に怒られることもあった。

 そしてずっと一緒にいれば自然とその女の子のことを意識するようになる。


 子供ながらにおそらくこれが俺の初恋だったのだろう。


 女の子と一緒に遊んでいるときがこのころ一番楽しい時間だった。


 特に二人して遊んでいたのは網目を球状に加工した遊具で遊び方があっていたかはわからないが自分たちでぐるぐる回して中に入って遊んでいた。


 後から調べて知ったがグローブジャングルというらしい。


 そこに女の子が先に中に入って俺が回す。

 ただそれだけのことなのになぜかすごく楽しかった。


 いつも時間はあっという間に過ぎてしまう。


 そんな楽しい日々を送っていた時だ。


 いつもみたいに帰る時間になったころ突然女の子が泣き出してしまった。

 本当に唐突で子供ながらに俺は慌てた。

 泣いてる女の子をどう相手したらいいかと。


「どうしたの?」


 ほとんど無意識に出た言葉だ。何て声をかけていいかもわからなかったのだから。


 女の子は目から溢れる涙を手の甲で拭いながら嗚咽交じりに口を開く。


「ぐす、わたし、明日ひっこすらしいの……ママがもうここに来れないって……はる君とあそべないって……うああああぁぁぁああ!」


 理由を教えてくれると女の子はダムが決壊したように大声で泣き出してしまう。


 そんな女の子の姿を見て俺も無性に悲しくなった。

 悲しくて目から熱いものがこみ上げてくるが必死に耐える。

 子供ながら女の子の前で泣くのはなんかかっこ悪いと思っていた。


 だから俺はこの悲しさを別の形で発散させた。


「なら俺が会いに行くよ!」


 女の子の鳴き声に負けないくらいの声で俺が叫ぶと女の子はきょとんと目を丸くしながら俺を見てくる。


「俺が会いに行くからそれならここに来なくてもあそべるだろ?」


「でも……ここからすごくとおいって、ママもだからもうあそべないって言ってた」


「それでもいつになるかはわからないけど、でもぜったいきみを見つけるから。そしたらまたあそぼ」


「……うん。うん!」


 俺の言葉に女の子は嬉しそうに泣き顔を笑顔に変える。

 会える保証なんて何もない。それでも子供の頃の俺は無責任にもそんな約束をした。


 そしてその日はまた明日と言い女の子と別れた。

 だが――。


 女の子と遊ぶ最後の日。その子が公園に来ることはなかった。

 何時間も夕方になっても来なかった。


 俺はこの時ずっと何かダメなことでもしたのかと自分を責めた。

 考えても答えが出ない自分に酷くイラついた。


 そして最後になる日なのに来てくれない女の子に怒りも覚えていたかもしれないがそれ以上に絶望が大きかった。


 その子にとって俺はその程度だったのかと。


 勝手に考え勝手に絶望していた。


 この頃からだ。

 俺が少し人との関りに消極的になったのは。

 あのような絶望を感じるくらいなら友達なんていらないと本気で思っていた。


 軽い人間不信だ。


 それでもある程度の人間らしい生活を送っていたのは妹である琉莉のおかげだろう。

 本当に琉莉には迷惑をかけた。


 誰とも関わろうとしない俺にいつも一緒に着いてきて一人にはならないようにしてくれた。

 琉莉だって他にしたいことがたくさんあったはずなのにだ。


 このままだと琉莉にも申し訳ないと思いだした頃だ。

 俺はこの頃学校のクラスメイト達と遊ぶのを避けるためにいろいろな習い事をしていた。

 誰かに遊びに誘われても断る口実があって楽だったからだ。


 習い事はスポーツ系が多かった。

 身体を動かすことが好きだったし何よりこの時だけは何も考えなくてよかった。


 ただ淡々と習い事に精を出していると、そのいくつかのスポーツの大会で俺は優勝など多くの結果を残すようになった。


 そして同じ人間が多種多様なスポーツで結果を残せば話題にもなる。

 俺は初めて学校の全校生徒の前で校長先生から賞賛の言葉を受けた。


 その瞬間ずっと自分をこの程度の人間だと貶めていた自分が粉々に壊れていった気がした。

 誰かに認められたことで自分にも存在理由があるのだと初めて実感できた。


 少しずつ俺の日常も変わる。


 今まで俺の方から壁を作っていたがクラスメイトが声をかけてくるようになった。

 俺ももう悲観的になることはなくなり友人と呼べる人間も増えていった。


 俺の中ではもう女の子との思い出は遠い過去のものになっていた。


 ――だから、美玖にはる君と呼ばれたときは酷く動揺した。

 過去の思い出したくない記憶が無理やり蓋を開け溢れてきたのだから。


 でもいつまでも無視するわけにもいかない。

 俺もそろそろ向き合うべきなのだろうか。


 この記憶と――。

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