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106話 俺は一体何を忘れているんだ

「ん?美玖?」


 突然肩付近に重みを感じた。美玖が持たれてきたのだ。春人は訝し気に顔を向ける。

 そこには規則正しく寝息をこぼす美玖の顔が目の前にあった。


「……寝ちゃったか。まあ疲れてるよな」


 思えばクラスの出し物から今まで動きっぱなしだ。この辺で電池が切れてもおかしくはない。

 春人は美玖を起こさないように身体をぴしっと硬直させる。


(まあしばらくこうしておくか。時機に起きるだろうし)


 こんな状態では寝心地も悪いだろう。春人はすぐに起きると思っていた。


 校舎の間を吹き抜ける風が気持ちいい。

 風が肌を撫でる感覚に心地よさを感じながら春人は目を閉じると美玖が身動ぎする。


「んー……」


 起こしてしまったかと心配になったがそうではないらしい。また規則正しく寝息が漏れだした。

 安心しきったような気持ちよさそうな寝顔に春人の頬も緩む。


(って、あんまり寝顔見るのはいかんか)


 名残り惜しいがあまり褒められたことではない。春人が視線を真っ直ぐ前方に移したときだった。


 美玖の口から声が零れる。


「はる君……早く思い出してよ……」


 バッと勢いよく首を動かし春人は美玖に再び視線を向ける。

 だがそこには先ほどと変わらない瞳を閉じて眠ったままの美玖がいるだけだ。


「ね、寝言?そうか。そうだよな……」


 春人は寝言だったことに安心する反面少し困惑していた。


(またはる君って。そんなに気に入ってんのか?それに――思い出してって……)


 春人は眉間に皴を作りながら思考する。


(何か忘れてんのか俺……?)


 美玖と会ってもう半年ほどが経つ。春人が何かを忘れていたとしても不思議ではない。不思議ではないが――。


(なんだ。何を忘れてんだ……)


 春人は全く思い当たりがない。そもそもだから忘れているのだが。


(俺が美玖とのことで忘れていること)


 春人は再び美玖の顔を見る。

 今も変わらず心地よさそうに寝顔を浮かべている。

 この少女の一体何を忘れているのか。


 心の中で何気なく美玖の言葉を繰り返す。


(はる君……早く思い出してよ……はる君……早く思い出してよ……)


 その言葉の意味を考えていると別の部分で春人は引っ掛かりを覚える。


(はる君……はる君か……懐かしい呼び方だな)


 春人は目を細め遠い記憶を漁り、おぼろげな思い出が脳裏に浮かぶ。

 昔よく遊んでいた少女のことを。突然いなくなってしまった少女のことを……。

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