105話 桜井美玖……私の気持ちは……
疲れ切ってしまった私を心配して春人君は私を休めそうな場所に案内すると飲み物を買いに行ってしまった。
人目を気にしてくれたのだろう。
校舎を繋ぐ渡り廊下のここは文化祭の展示も何もない校舎のおかげで今は人の気配もない。
私は空を見上げて息をこぼす。
「はー……すごい楽しい。楽しいけど……」
こんなに楽しいのはいつ以来だろう。文化祭という空気がそうさせるのだろうか。
空を見上げていた顔を今度は地面に下ろす。
「楽しすぎる。楽しすぎてもう感情がめちゃくちゃだ」
春人君と二人で学校で堂々と遊んでいる。
これだけでもう嬉しいのに――。
和服喫茶といいお化け屋敷といい自分の素を思いっきり春人君に見せてしまった。
恥ずかしかったり怖かったり感情をコントロールするのが難しすぎる。
何より――。
「春人君と二人で文化祭巡りなんて……これもうデートだよね?デートって考えていいんだよね?」
男女二人で文化祭を回るなんてもうデートだ。誰が見たってそうだろう。
「春人君はどうなんだろう。私と一緒で楽しいかな……」
隣にいるからわかる。ずっと周りを気にしていた。
私と一緒にいるのだから当然だ。自意識過剰と思われるかもだけど実際私のせいで視線が集まってきている。
友達にも春人君との関係を聞かれたけど、そこはやんわり誤魔化した。
でも――。
誤魔化す時はなんか胸が痛かった。
本音はもっと別の言い方で皆に説明したかった。
「……まだそんな関係でもないのに……私って独占欲でも強いのかな」
ため息とともに弱音も吐きながら私は今後について考え始める。
このまま春人君が私のこと思い出してくれるまで待つの……?一体いつになるの……?
自分に問いかけながら不安になる。
もしかしたら思い出してもらえないかもしれない。
思い出したとしても高校を卒業してるかもしれないし、その頃には春人君の隣には別の人が……そもそも高校生活中に彼女ができたっておかしくない。
春人君の隣に私がいないことを想像して次第に不安がこみ上げてきた。
「あー……ダメだこの考え方は……すごい悪い方に考えちゃってる」
私は首を振り一度頭のリセットを試みるが一度悪い方に向いた思考はなかなか頭の中から消えてくれない。
すごく気持ち悪い。胸の中で何かが蠢いているような不快感がありすっきりとしない。
……私はどうしたいんだ。私は春人君をどう思っている。
「……私は春人君が好き」
一度声に出して根本的な部分を再確認する。
この気持ちは昔と変わらない。
もうずっと変わらないのだ。
子供の頃、公園で二人で遊んでいた時からこの気持ちに嘘はない。
だからあの頃の約束をずっと信じてもこれた。
でも――。
「春人君やっぱり忘れちゃったかな……」
また弱音をこぼしてしまった。
でも、もしそうなら一番最悪な展開だ。待っても待っても春人君から私に約束について口にすることはないのだから。
再び不安がこみ上げてきたとき近くで足音が聞こえてたことで思考は一度途切れた。
「ごめん美玖。自販機混んでて遅くなった」
顔を向けると春人君が少し息を切らせて戻ってきた。
私のために急いで戻ってきてくれたのだろうか。
もしそうなら嬉しい。
気づけば少し気分が楽になっている。春人君を見て安心したからだろうか。
春人君は私の隣に腰を下ろし、手に持ったお茶を差し出してくれる。
「はい。少しは休めたか?」
「……うん。おかげで大分楽になったよ」
別に嘘ではない。
お化け屋敷で叫びすぎて疲れたのはもう回復した。
それとは別の心配で今少し疲れているけど……それを春人君が知るわけもないし言うわけにもいかない。
「そうかなら良かった」
春人君が安心したのか笑みを零す。
それだけでまた私は安心してしまい。
――あれ?
気づけば瞼が重くなってきていた。
あぁ……これはまずいな。
そう思う頃には私は春人君の方に身体を傾けながら意識を手放していた。




