102話 どうしてくれるこの空気
その瞬間周りからどよめきが生まれるがもうそれどころじゃない。
(ヤバいヤバいヤバいっ!恥ずい恥ずい恥ずいっ!なんだこれ、もう今すぐ消えたいっ!)
頭の中でパニックを起こして抹茶ソーダの味すらわからない。
(これ想像以上にヤバいぞ!というか美玖は何とも思ってないのか!?)
春人が興奮と動揺に赤くなった顔で美玖を見ると――。
「~~~!~~~っ!」
顔を耳まで真っ赤にする美玖が身体を小刻みに震わしていた。
(めっっっちゃっ恥ずかしがってるし!こんな反応初めて見るけどぉぉぉっ!?)
美玖の反応に春人は驚愕する。
こんな美玖の姿は春人も初めて見た。
(これはむりむりむりぃっ!流石に無理だよこれはぁぁぁっ!だってみんな見てるし!恥ずかしすぎるしぃぃぃっ!)
恥じらいながら両目に涙まで浮かべ美玖は羞恥に耐えていた。
最早春人の前で平静を装うような余裕は微塵も残っていない。
(あれ?これもしかして同時に飲むより恥ずかしい?いやいや流石にそれはない?でもこれ春人君からもされるんだよね?え、ええええぇぇぇええ!?)
頭の中で自分に問いかけさらに混乱する美玖。
美玖の身体が熱に耐え切れなくなり頭がぼーっとなってきたころ春人がストローから口を離す。
赤くなった顔を隠すように口許に手を添える。
「……これで終わり――」
「じゃないよ。次は兄さんの番」
「………っ!」
春人は恨みがましく琉莉を睨む。そんな春人の反応も面白いのか口角を上げ悪魔の笑みをより濃くする琉莉。
(つうかこれ以上こいつに付き合う必要もなくないか。こんなん途中だろうと止めてしまえば――)
春人が強制的にこのイベントを終わらそうと考え始めるのだが、それとは裏腹に美玖が手に持ったコップを春人に突き出す。
「はい……春人君」
「あ、と……美玖、別に無理する必要は」
「無理なんてしてない」
真っ赤になった顔で早口に言い張る。
(えぇー……いやいやいやいや!それは無理があるぞ!)
美玖の強がりに春人は内心で盛大につっこみを入れる。
(そんな顔して何言ってんの!?ほら、手も震えてるし!)
春人に差し出されたコップが震え中の飲み物が波立っている。
それでもどこか意地になっている美玖は引く気配はない。
そんな美玖の様子に諦めが混ざったため息を小さく吐くと春人は美玖からコップを受け取った。
「……い、いいんだな?やるぞ?」
「うん……どうぞ」
春人は唾を飲み込み美玖へと飲み物を飲ませるため口許にコップを近づける。距離が近づくに連れ心臓の鼓動も早くなっていく。
周りからも固唾を飲み見守るような視線を感じる春人。
美玖のつやつやとした小さな唇がストローに口を付ける。
「ん……」
その瞬間これまた周囲がざわつく。最早見せ物となってしまっている二人。
ストロー越しに中の液体が移動するのが見える。少しずつだがコップの中のかさも減っていく。そのまま美玖は抹茶ソーダを飲み干した。
「ぷはっ」
美玖はストローから口を離すと同時に大きく息を吸い視線を右下あたりに逸らし春人の顔を見ようとはしない。
照れや恥ずかしさが限界に達してしまったのかもしれない。その耳は春人から見てもわかるくらい赤く色づいていた。
周りの客や生徒も美玖の反応が予想以上だったのか恥じらう姿があまりにも可愛らしく皆見てる方が恥ずかしいといった様子で視線を泳がせ気まずそうにしている。
そんな周囲の反応に春人はじとーっと湿った視線を琉莉へ向ける、
「あー……琉莉、どうしてくれるこの空気」
「すごい破壊力……私もドキドキしてる」
「なんでお前までドキドキしてんだよ。元凶だろうが」
「仕方ないよ兄さん。美玖さんのこんな姿初めて見たんだから。照れてるところがすごく可愛い」
「~~~ッ!」
琉莉の言葉に反応するように美玖は身体を強張らせる。
「おいやめてやれオーバーキルだぞ」
「まあとりあえず……空いたものお下げしますね」
「え、いや、ちょっとまて琉莉!」
琉莉は空になったコップを持ってそそくさと春人たちから離れていった。
とんでもない状況で二人きりにされ春人は琉莉の背中に向けて手を伸ばすがその手が届くことはなかった。虚しく上げられた手を下ろし春人は美玖へと向き直る。
いまだに俯いて動こうとしない。一体何を考えているのか。無暗に話しかけるのも躊躇われる空気に春人は胃が痛くなってきた。
(マジでなにしてくれてんのあいつ……これどうするのが正解なわけ?)
女子と二人きりになることなど春人にとってはそんなに多いことではない。しかもこんな特殊な状況何をしたらいいのかわからずにいた。
それでもこのままというわけにはいかず春人は躊躇いながらも重い口を開く。
「あの……美玖……大丈夫か?」
「………」
美玖からの返答がないことに春人は目を閉じ難し気に顔を顰める。
(本当にどうすればいいんだよこれぇぇぇっ!)
内心で頭を抱え春人は苦悶の表情を作る。
もう何をしても間違えな気がしてくる。自信も経験も少ない春人にとってまさに地獄のような時間だった。
そんな地獄のような時間も美玖が身動ぎして終わる。
ゆっくりと顔を上げた美玖が春人へ視線を向ける。
「た、食べ、ようか。アイス、溶けちゃうし」
たどたどしい言葉が口から洩れる。必死に平静を装おうとしているのが見てわかる。
それでも一度赤くなった顔がそんなに早く戻ることはなく、いまだに頬が朱に染まっている。
だが美玖から話しかけてきたことは春人にとっては救いだ。
「お、おう。そうだな」
ぎこちなくも返答し、これまたぎこちなくスプーンを使いながら抹茶パフェとクリームぜんざいを食べていく二人。
パフェを半分ほど食べた辺りで美玖が口を開く。
「その……なんかごめん」
「なんで美玖が謝ってんだ?」
「だって変に意識しちゃって。周りからも変な風に見られてたと思うし」
美玖がもじもじと身体を揺らす。
周りの反応は確かに気になる。一体春人たちをどう見ているのか。一見もうカップルにしか見えない二人を。
「気にするな。意識したのは俺も一緒だし。嫌ならもっと強く拒否した」
「嫌なら?」
余計なことを言ったかと春人はスプーンを持った手を止める。
「拒否しなかったってことは嫌じゃなかったんだね」
「そう、なるな……」
春人はパフェに視線を固定する。とてもじゃないが美玖の顔が見れない。自分が今どんな顔をしているのか春人もわからない。
「そうか……そうなんだ」
先ほどと同じで顔を赤くしてはいるが、その顔は少し嬉しそうに和らいで見える。
「嫌じゃなかったんだねー春人君は」
「だからそうだって」
「うん、私と一緒だ」
「え」
咄嗟に顔を上げてしまう春人。春人の目にははにかみながら微笑を浮かべる美玖の顔が映る。
その顔があまりにも可愛らしく春人は言葉も失いただ見惚れてしまった。
一体どれほどの時間そうしていただろうか。体感にして数秒にも数分にも思えてしまう。でもそれも美玖の声で終わりを告げる。
「さっ、早く食べないと本当に溶けちゃうよ」
「……え、え、あ、ああ……」
いまだに夢でも見ているような心地で春人は曖昧に返事を返す。そんな春人の様子に美玖はおかしそうに笑う。
(なんか……いきなり調子が戻ったな。普段とあまり変わらん)
先ほどまでの恥ずかしがってた姿は少し残っているが至って普通に振る舞っている。それどころか少々機嫌も良さげに見える。
(まあ、俺としてもこっちの方が助かるからいいけどな)
あまり深く考えずに春人も残ったパフェを食べる。抹茶のアイスがほとんど溶けてべちゃべちゃになっているがもうそんなとこまで気にならず、何なら味もよくわからなかった。
帰り際、琉莉に本当にさっきのサービスは元々あるものかと聞いたら「カップル限定であるよ」と何食わぬ顔で言ってきたので春人は盛大に顔を顰め琉莉にジト目を向けた。




