101話 こうして見ると着物を着た美少女だな
教室を出て春人はまずどこに行こうかと美玖へ聞いてみる。
「そうだね……とりあえず知り合いのクラスは見てみたいかも。琉莉ちゃんのとことか」
「琉莉か。まあすぐそこだしとりあえず見てみるか」
同じ一年の教室なのですぐ近くにある。春人は琉莉の教室の前に来ると立てられた看板に目をやる。
「和服喫茶……なんかうちとコンセプト似てるな」
「やっぱり喫茶店とかは文化祭じゃ定番だもんね」
「だな。とりあえず入るか」
春人は扉に手をかけ店内に足を踏み込む。するとすぐに和服――着物に身を包んだ生徒に声をかけられた。
「いらっしゃいませ……って兄さんに美玖さん」
偶然にも最初に出くわしたのが琉莉だった。
着物に身を包んだ琉莉は物静かな雰囲気も相まって見事な大和撫子感を醸し出している。
「わあー、琉莉ちゃん綺麗!可愛いっ!」
「ありがとう。美玖さんもそのメイド服似合ってる」
お互いに服装を褒め合いキャッキャッと盛り上がる。そんな二人を目の保養にしながら春人は小さく呟く。
「七五さ――」
「兄さん?」
背筋が冷えるような底の見えない暗い目を向けられ春人は言葉を飲み込む。
琉莉は春人の傍らにピタッと寄り添うと服の裾を掴む。
「二人とも席に案内するね」
「ああ、ありがとう。でも琉莉……服と一緒に俺のわき腹の肉掴んでんだけど」
「気のせいじゃない?」
気のせいの訳がない。今も尚ギリギリと肉をひねる力が増しているのだから。琉莉の力がひ弱だといっても痛いものは痛い。
席まで案内されれば流石に春人も解放され、つねられたわき腹を擦って労わる。
「注文決まったら呼んでね。受けに来るから」
「うん。ありがとね」
一応客だからか綺麗に頭を下げて去っていく琉莉からはどこか気品を感じられた。本当に黙っていれば着物が似合う美少女だ。
春人はメニューを美玖と一緒に覗き込む。
「メニューも和風に統一されてんな。うちとは真逆な感じだ」
「ねぇ。私たちはケーキだとチョコやチーズだもんね」
同じ系統の店があるから客の取り合いにはなるだろうがここまでメニューに違いがあればはっきりと客も好みで別れそうだ。
「春人君どうする?」
「俺は甘いのがいいな。この抹茶パフェとかよさそう」
「なら私はクリームぜんざいかな。折角だしなかなか食べないようなのにしよう」
春人はちょうど近くにいた琉莉に声をかけ注文を済ませる。その際、琉莉が意味深に春人に視線を向けたことは気になったがとりあえずは放っておこう。
それよりも気になることがある。
「一応覚悟はしてたけど……やっぱり目立ってんな」
「あはは……そうだね。なんかごめんね」
「別に謝ることじゃないだろ。友達で文化祭回るなんてみんなやってることなんだから」
春人はチラッと周りに視線を向ける。
所々から好奇な視線が飛んできていた。
美玖と歩いていれば無理もないことだが、しかも今の美玖はメイド服だ。余計に視線が集まる。
(なんだろう。メイド服着てる女の子連れ回してるってなんか金持ちの主人みたい)
また春人はおかしな妄想を始める。
一度視線のことを忘れてそう思えば優越感や高揚感で身体が満たされる。
この刺すような視線も悪くないと思い始めた。
「うん。見られてんのもいいかも」
「え?」
何か達成感のある満足気な顔を浮かべる春人に美玖が怪訝な表情を作る。
そうこうしていると琉莉がお盆に春人たちの注文した品を持ってきた。
「お待たせ二人とも。こちらが注文の品だよ」
琉莉は抹茶パフェとクリームぜんざい――そしてもう一つテーブルに置いた。
「ん?これは頼んでないぞ」
「うん、こっちはうちのサービスだから気にしないで」
「気にしないでって言われてもお前……」
春人は置かれた一品に訝しむような視線を向ける。
琉莉が持ってきたのは緑色でしゅわしゅわと炭酸が弾けている飲み物だ。一見メロンソーダに見える。まあ、そこは別にいい。別にいいが問題はそこに付随しているあるもので。
「なんでストローが二個刺さってんの?」
春人は眉間に皴を作りながら琉莉へと視線を向ける。
「こちらは男女のお客様限定で提供している抹茶ソーダです。二人一緒にお飲みください」
突然お客様相手の口調になった琉莉がサービスという抹茶ソーダの説明を始めた。やたらと“男女”や“二人一緒に”といった部分を強調してくる。これには春人も状況が飲み込めず頬を引きつらせもう一度琉莉へ視線を戻すとお互いの目が合う。
(どういうことだよ一体)
(どうもこうもサービスだって)
(こんな過剰なサービスしてんのかここは)
(結構評判いいんだけどね。カップルに)
(だろうな。カップルならそうだろうよ。でも違うだろ俺たちは)
(絶対店の宣伝になるから飲みなよ)
(なんで俺たちがお前の店の宣伝に貢献しなかんのだ)
(別にうちだけじゃないよ。美玖さんの格好。クラスの宣伝でしょ?そんな美玖さんがやればそっちにもメリットがあると思うけど)
(そんな悪魔のささやきに俺は絶対折れねえからな)
(美玖さんと一緒に同じ飲み物の飲めるんだよ?飲みたくないの?)
(飲みてえよ)
(この男は……)
琉莉は春人から視線を外し美玖へ移す。
「美玖さんどうかな一緒に飲むの?」
「えーと……流石に一緒には」
美玖も躊躇うように苦笑する。これが自然な反応だろう。でもこんな反応が返ってくるのを琉莉が予想していないはずもなく。
「ならお互いに飲ませ合うのはどうかな?さっきよりはやりやすいんじゃない?」
「あー……それなら、いいかな?」
美玖が疑問に思いながらも琉莉の誘導にまんまとはまる。最初に無理難題を押し付け後から簡単な方法を提示する。詐欺のような手腕だ。
見事に丸め込まれた美玖に春人は同情するように顔を顰める。
「そういうことなので、ささ、どうぞ」
琉莉に促され美玖が抹茶ソーダが入ったコップを持ち上げる。
「えーと……はい、春人君」
美玖の頬が少し赤くなっているのは気のせいではないだろう。春人も身体が熱いのを感じる。
(まっじでやんの?この状況で?)
周りには他に生徒や一般の客もいる。そんな中での公開処刑じみた辱めに春人は拳を握り耐える。
(でももうやるような空気だし、そもそも美玖がやる気になっちゃってるし)
視線だけ琉莉に向ければ何とも楽し気ににやにやとした顔を向けてきている。しかも他の人の死角となる立ち位置をしっかり理解しているので春人にしか見せてない。
(こいつ……なんだ?俺が七五三みたいって言ったこと根に持ってんのか?そもそも言い切れなかったけどな!)
春人は歯噛みし覚悟を決め美玖が持つコップに刺さるストローを見る。
今までストローにこれほどの恐怖を覚えたことは春人はなかった。
一度唾を飲み春人はストローに口を付ける。




