100話 これは文化祭デートでは……
出し物の交代時間になり春人と美玖は教室を出ようとするのだが――。
「あっ、ちょっといい桜井さん」
美玖がクラスの女子に呼び止められ足止める。
「どうしたの?」
「ちょっとお願いがあるんだけど……それ着たまま文化祭回ってくれない?」
女子生徒は「お願いっ」と両手を合わせてくる。そんなお願いをされるとは思っていなかったであろう美玖は驚いたように目を大きく開けている。
「え、この服で?メイド服で?」
「そう!お願い!絶対クラスの宣伝になると思うの」
(あーなるほど、そういう)
春人は得心する。
これからの時間は店の顔である美玖がいない。その分集客を見込めないだろう。
それでもメイド服を着た美玖が文化祭を見て回ればそれだけで大きな宣伝となる。クラスとしてはとてもありがたい。
「でも大丈夫?そんな目立つ服で出歩いたらまた絡まれるんじゃ」
クラスの他の女子から美玖を心配する声が上がる。
(あー、確かにそれはまずいな……こんなの絶対さっき見たいな奴ら放っておかないだろうしな)
普段からその容姿で学校中の噂になる美玖が今は何とも王道的なメイド服に身を包んでいるのだ。さっきみたいな奴らじゃなくても声はかけられるだろう。そうなると文化祭を楽しむところではない。
春人も難し気に美玖のメイド服での文化祭巡りを否定的に考えているとまた女子から声が上がる。
「なら百瀬君と回ってもらったら?」
「は?」
思考するのを中断し春人は素っ頓狂に声を漏らす。
「あ、それいいかも。ていうか一番安全でいい」
「だよね。百瀬君なら不良に絡まれてもどうにかしてくれるし」
女子たちの仲で意見がまとまろうとしているので春人は慌てて割って入る。
「ちょっと待って、そもそも美玖にも予定があるだろうし俺が同行するわけには」
「私はいいよ。一緒に回って」
「え」
まさかの同行の許可をもらい春人は驚き目を丸くする。
「え、いいの?ていうか大丈夫なのか。何か予定とかあるだろ?」
「?別にないよ。というか――」
美玖は頬を少し染めると春人に向けていた顔を自分の足元へと落とす。
「元々誘うつもりだったし」
小声でつぶやかれた言葉は春人には聞こえない。
不思議そうにそんな美玖の様子を窺っていると美玖が再び顔を向ける。
そこには照れを誤魔化すようなはにかむ美玖の顔があった。
「春人君一緒に文化祭回ろうよ。きっと楽しいよ」
「……美玖がいいなら俺はいいけど」
なぜこんなことになってしまったのか春人は困惑するが――。
(マジか。女子と文化祭回れるとか最高なんだけど!)
内心結構喜んでいた。
(つうか美玖と二人で回るとかこれ文化祭デートでは?)
デートと言う単語に春人は過剰に反応する。自分で思っておきながら勝手に身体が熱くなってきていた。
(待って、落ち着け。ただ二人で文化祭を回るだけだ……深い意味なんてない)
必死に平静を装いながら春人は美玖へ視線を向ける。
(てかさっきの俺の言い方はちょっとカッコ悪いか……美玖がいいならって)
自分はどっちでもいいみたいなそんな言い方は男らしくない。ちゃんと言うべきだと。
「俺も美玖と回れるのは楽しいと思うからよかったよ」
しっかり自分の気持ちを入れて言い直す。折角美玖から誘ってくれたのだからこちらも気持ちは伝えるべきだろうと。
そんな春人の言葉を聞いて美玖は驚いたように目を丸くしていた。しばらくあたふたと視線を彷徨わせると落ち着きなく前髪をいじりだす。
「……うん」
消え入りそうななんとも弱々しい声は照れているのがよく伝わってくる声だった。
そんな反応を返されては春人も動揺が表情に出て顔を熱くしていた。
(なに!?何そのいじらしい反応!?ちょっと反則ではぁっ!?)
ぎこちない二人を見てクラスの女子が何やらニヤニヤとし始めた。一体何を考えているのかはわからないがこれはまずいと思った春人は美玖へ声をかける。
「……なら行こうか美玖」
「う、うん」
視線は下に下ろしたまま美玖は春人へ着いていく。
そんな二人をクラスの女子たちは温かく見守りながら見送った。