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10話 屋上が解放されてる学校なんてない

 体育の授業が終わり着替えも済ませて春人は椅子の背もたれに深くもたれて脱力する。


(すごい疲れた……)


 春人は長く口から息を吐く。美玖の相手をずっとしていたのもあるが問題は琉莉だ。春人が何か反応すると目ざとく琉莉は気づく、おかげで授業中全く休まる時がなかった。


 ようやく休まるこの時間を春人が満喫していると琉莉からスマホに連絡が来た。


『すぐにこい』


 春人はスマホを嫌悪感たっぷりの目で一瞥するとポケットへしまい込む。


(……無視しとけばいいか)


 考えた末ほっとくことにしたがまた通知が入る。


『もし来なかったらお兄の秘密の全世界へ拡散する』


 これには春人も苦虫を噛み潰したように顔を顰める。


(あいつ……なんだよ秘密って怖えよ)


 やることがえげつないが琉莉なら本当にやりかねないと春人はため息をつき廊下へ出た。

 屋上へと続く階段を上がり足を止める。そこにはすでに琉莉が仁王立ちで待ち構えていた。


「遅い。すぐにこいって言ったよね?」


「なんだ?恐喝か?先生呼ぶぞこのやろう」


「うわあ、すぐに先生とか言っちゃうあたりやっぱりお兄って小物だよね」


 出会い頭から突っかかってくる妹に春人は眉根を寄せる。学校では猫を被っている琉莉がここまで素を出せているのはここに人が来ることがまずないからだ。

 この学校の屋上は解放されていないのでこんな所ようもなければ人が通ることもない。


「それでなんだよいきなり呼び出して」


 面倒なので早く要件を言えと春人が催促すると琉莉が詰め寄ってきて至近距離に顔を寄せる。


「なにあれ?」


 真顔で瞳孔が開いた瞳が春人を捉える。


(え?こわっ!その顔こわっ!)


 一体何をそこまで動揺しているのか春人は恐怖を感じながらも問い返す。


「あれって……いや、何がだよ」


「何がって……」


 春人の返答に琉莉の形のいい眉がピクリと反応する。すると一度大きく息を吸って――。


「美玖さんのことに決まってるでしょ!何あのいろいろと可愛い行動は!構って欲しいアピール全開じゃん!」


 ものすごい権幕の琉莉に春人は後ずさる。いつものことだが感情の起伏が激しいやつだ。


「お兄あれでよく席が隣で話すだけとかほざいてたね。全然話すだけって感じじゃないんだけど。めちゃくちゃ仲のいい友人以上の関係なんだけど」


「いや、だから面白がってからか――」


「うるせえぇぇぇっ!」


「うぷっ!」


 琉莉はいきなり春人へボディブローを叩き込む。その衝撃に春人はその場に膝をつく。


「てめえ……毎回毎回兄を何だと……」


「今はお兄の意見なんかどうだっていいの。マジでお兄、美玖さんに何したのさ?」


「前にも言っただろ特に何もしてないって」


「特に何もしていない相手に取る行動じゃないからね、あれは」


 疑わし気に春人を見下ろす。春人から何を言っても信じてもらえないのではないだろうか。それほどまでに琉莉の感情は荒ぶっていた。


「こうなるとやっぱり気になるな、美玖さん何を思ってこんな兄に仲良くしてんだろ。いろいろ聞いてみたい」


「お前、前に他人の心に踏み込まないとか偉そうなこと言っといて……」


「そう思ってた時期が私にもあったよ」


「いや、昨日の話だから、そんな遠い記憶みたいな感じ出してんじゃねえよ」


 どこか遠くを見つめる琉莉へ春人はつっこみを入れる。


「にしてもなー、美玖さんにあんな顔があったなんてちょっとびっくり」


「お前も大概だろ。家と学校じゃあもう別人なんだから」


「まあねえー、私の変装技術は伊達じゃないよ」


「変装とはちょっと違うんじゃないか?」


 得意げに胸を逸らせる妹だが春人は褒めたつもりはなかった。嫌味のつもりで言ったのに琉莉には効果がないらしい。


「こうなったら私も本気を出すしかないね」


 言うと琉莉は階段を駆け降りだす。


「は?本気って……おいどこ行くんだよ」


「ちょっとねー、お兄また後で」


 そのまま春人の視界から消えていく琉莉。一体何をするつもりなのか想像もつかないがろくなことにはならないことだけはわかる。


「……戻るか」


 いきなり置いてかれた寂しさを感じながら春人はとぼとぼと階段を降りていく。教室の扉を開け中に歩みを進めると――。


「あ、兄さん」


 先ほどどこかへ駆け出して行った妹がまた目の前に現れた。


「は?なんでいるのお前?」


 ぽかんと口を開け固まる春人に琉莉は返答する。


「今美玖さんとおしゃべりしてたの。昨日少し話したからまた話したくなって」


「んー、あー、そうか……」


 なんとか絞り出した声は酷く掠れていた。ついさっきまで美玖についてあれこれ詮索していた人間が本人と話しているのだ、動揺くらいする。


「その、悪いな桜井、琉莉が変なこと言ったりしてないか?」


「え?そんなことないよ。琉莉ちゃんすごいいい子だし」


「兄さん私が美玖さんに変なこと言うと思ってるの?少し心外なんだけど」


 ぷすっと少し頬を膨らませ不満を表している。はたから見れば可愛らしいが正体を知ってる春人にとっては薄気味悪さを感じる。


(マジで人前だと完璧ないい子ちゃん演じるなこいつ……その膨れた頬突いたら怒るかな)


「兄さんなんか変なこと考えてない?」


 妙に勘のいい妹に息を呑み春人は視線を逸らす。


「別になんも考えてないが……それよりなに話してたんだ」


「今明らかに誤魔化したね。兄さん下手すぎじゃない?」


「うるせいもういいだろ。それでなに話してたんだ」


 この状態の琉莉は人目があるのでそんなに春人へ強くは出れない。琉莉もそれはわかっているので一瞬顔を顰めるがそれ以上は何も言ってこなかった。ほっと息を吐くとスマホが通知を知らせ誰だと何気なく画面を見ると――。


『家帰ったら覚悟しておけ』


 いつの間に打ち込んだのか琉莉からの脅迫メッセージを見て春人はすうと息を吸う。ゆっくり目を瞑り、画面を落としてポケットへしまい込む。


(見なかったことにしよう)


 数時間後に待ち受ける自分の末路から目を背け現実逃避する。


「ふふふ、二人って本当に仲がいいね」


 二人のやり取りを見てておかしくなったのか美玖が微笑ましく笑顔を作っている。何も知らない美玖にはそう映ったのだろう。影でどれだけ汚いやり取りをしてるとも知らず。


「そうだね。普通の兄妹よりは仲いいかもしれないね」


「確実に仲いいと思うよ。他の友達に聞いても喧嘩ばかりだって聞くし」


「ふふふ、私たちも喧嘩くらいするけどね」


「そうなの?でも二人の喧嘩ってなんか可愛い感じのものじゃないの?」


(いや桜井、可愛いなんて欠片もないぞ。このぐうたらで傍若無人なわがまま妹にそんな言葉は似合わない)


 美玖の純粋な心を壊すわけにもいかないので口には出さない。


「そんなこともないけどね。あ、そうだ兄さん今日放課後美玖さんと寄り道するから」


「ん?そんなに仲良くなったのか」


 素直に感心する。昨日少し話したぐらいの仲のはずなのにもう二人で遊びに行くとは、対人関係は妹に敵わないと痛感する。


「気を付けて行って来いよ、あまり遅くならないように」


「何言ってんの?兄さんも行くんだよ?」


「は?なんで?」


 突然の情報に春人はきょとんと目を丸くする。


「さっき決まったの。美玖さんもいいって」


「いや、いきなり言われても……」


 春人はチラっと美玖の方を見てその目が合う。


「あ、ごめんね百瀬君、用事とかあったかな?」


「や、用事はないけどさ……」


 女子と放課後に遊ぶ。こんなリア充イベント予想だにしていなかった。しかも相手があの桜井美玖だ嫌なはずがない。


 一体何のつもりなんだと琉莉を見る。

 琉莉の方は何やら企んでいるのか少し口角が上がり気味だ。その辺の人では気づかない変化だが長年兄妹として育った春人にだけはわかった。


(またとんでもないこと考えてんじゃないだろうなこいつ)


 今までの悪行を春人は思い出す。どれもろくなものではない。


(ここで俺が行かないって言うと何しでかすかわかったもんじゃないし、何よりこいつと桜井二人にするのが危険すぎる)


 琉莉の掌の上で踊らされている気もするが、自分の安全と桜井の安全を天秤にかけ春人は口を開く。


「わかったよ、俺も行く」


 結局春人が折れる。それを聞いて美玖が嬉しそうに笑顔を作る。


「本当に?じゃあ放課後はみんなで遊ぼー!」


 片手を天井に向かって突き出す美玖。それに続いて琉莉も「おー」と手を上げるので渋々春人もそれに倣う。


 何かとんでもないことに巻き込まれてしまったがこの際覚悟を決める。


(せめて少ない被害で済みますように……)

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