1.まず一歩前進と言いたい
年の区切りでもない、年度の区切りでもない、学期の区切りでもないある日。
ドの付く晴天の下で俺はふと、青春をあまりにもしていないことに気が付いた。
気づいたところでどうしようもない。この大学の部活動やサークルは、自分にとって特に興味のひかれないものばかりだったのだ。どんなサークルに入って満喫しようか、と入学当初は楽しみにしていたが、自分に合わないサークルにやる気もないのに入ったって迷惑なだけだ。まあそんなわけで友人の輪も広がらない。結局同じメンバーとずっと時間を潰すのみ。
それはそれでいいのだが、圧倒的に、日々にキラキラが足りないのだ。
直球で言うならつまり、女っけがなさすぎるのだ。
「え、いや、合コンとか?今からでもサークル入るとかさあ。すればええやん。」
そのままこの友人に相談したのが馬鹿だっただろうか。休憩スペースのテーブルにへちゃんとつぶれた状態で壮悟が言う。コイツもそれなりにモテそうだが目つきが鋭めで、ゲームやらカラオケオールやらのお陰で寝不足がちなのがそれを加速させているためにちょっと怖い。そんでコロコロ髪色が変わるのも若干近寄りがたい。本人曰く、「染めてんじゃなくて、傷みに使うと色入るしめっちゃ補修されるタイプのトリートメント使ってんのよ。楽しくて」らしい。傷みを心配したんじゃないんだけどまあ、結構派手髪が似合ってるからいいか、と思っている。
「違う。なんか違うんだよそれじゃあ…」
「あーあーそんな事如きで机で溶けんな」
「何が違うのか30文字以内で言え。30、20、10、9、8、」
勝手に俺を液状化させた奴は浩太という。この男は女っけがないというより興味がなさそうだ。それなりにモテそうなナリをしているのに惜しい。しかしそれを本人に言うと静かに調子に乗ってウザそうなのでやめておいている。
というか一人も取り合ってくれちゃいない。真剣な悩みだろ普通に。
「趣味に合致もしないサークルに出会いのみを求めていくのって違うの極みだろ」
「あーね?」
「まってさっきの30文字以内とか言って30秒以内やん」
「気づいてくれたお前最高 ハイタッチしようイエーイ… なんでグー構えた」
「じゃんけん」
こうなったら終わりだ。中身がなさすぎる。こいつらは放っておくとこうなる。内輪ネタの小ボケが多いが別に笑いどころを作ろうの方向性ではなく、コミュニケーションに組み込まれてしまっているため収拾がつかない。という話を以前したら「お前もだ」と言われた。俺もらしい。ただ俺は努力できる限りはツッコんでない?
「じゃあそこはチョキ出せよ負けに行ってどうする… 誰も真面目に考えてくれんやん」
「逆に予想つかんかったマ???」
「あ、ポテチ切れた」
どうしてこいつらに真面目に乗ってくれるのを期待したのか、確かに改めて考えるとわからない。
「ポテチ補充いくべ?」
「行かん次講義」
「俺も講義」
ほらもうさっきの話なんて忘れてるだろ..待て、何で自分も講義なのにポテチの補充提案してんだコイツ。
「次講義俺ら一緒?」
「おん。で澄人だけ違う」
悲しい。真剣な悩みをスルーされた上で俺だけ仲間外れだ。とはいえ自業自得ではある。履修登録が流石に下手すぎた俺は、後期だけよくわからない演習を取らざるを得ない状況に自分を追い込んでいた。
「演習ぼっちは終わりです、明日慰めてあげるからせいぜい血反吐吐いてこい」
「一文の落差すごくておもろい」
酷い。そして冷たい。ただでさえ会話が必要な演習の講義に一人でゆく寒さと言ったらないのに。前期からとっていればよかったものを、後期からなんてもう輪はできているだろう。友人二人とわかれた先で、エレベーターのボタンを押しながら腹をくくった。
***
後期からの演習だなんて。ねえ。
演習の講義というのは、関係性が大事だ。講義とは違って、受けている人同士で話し合ったり発表する機会が多い。だから「終わり」なのだ。大体の場合、前期後期と通しでとっている。馴染めない可能性がこちらをみてニヤニヤしている。
ついてすぐにこそこそと端の席を取った。少し早く来すぎてしまったのか、教室にはまだ数人しかおらず、そこでやっととった席が失敗だったと気づく。端なんかとったら教室の入口の正面にあたる。ぞろぞろと既に結束のある人たちが入って来るのを、静かに見ていられない程には俺は陰だ。気になんてされないだろうとは思えど、それでもそわそわしてしまうものはしょうがない。チャイムがなるまで寝たふりでもしていよう。
えー、「ふり」というのは恐ろしいもので…まあ要するに本当にちょっと寝ちゃったのだ。窓に近い所に座ったのを別の方向で後悔する。肌寒い。9月はまだ半袖でいさせてくれよ。
と、ふと横を見たときその体感温度はさらに下がった。
女の子が座っていたのだ。
もう一度。女の子が座っていたのだ。
そして可愛い。会ったことないのに既視感があるレベルで、不思議なくらいタイプの女の子そのものだ。地雷?と言われるような類の服装だと思う。自分の着たい服を着こなせる人は尊敬しているしかっこいいな~…
しかしそれとこれとは別だ。生身の可愛い女の子、ちょっと怖い。いやだって、何かにおいて凄く努力している人の隣にいるとき、俺なんかがここいてすんません...ってならん?ならんか。そういう方向性の怖さだ。
固まっているうちに、初老の女性教授が教室に入ってきた。もう逃げられない。終わった。前期からの人は後期もよろしく云々、話しているがこちらはそれどころではない。配布されていたデジタルのレジュメをじっと見つめてやり過ごす。しかしそこに悪魔的な指令が聞こえた気がした。耳に入ってこない。え?なんて?横の人と。
ちょっと待って、横の席の人と話してください、って今聞こえなかった?
横の人..横の人だあ。俺は端に座っているので、横の人は一人しかいない。なんだよ、後期でやりたいことって..話続かないのに、その題さらにマズい。切り出し方もわからない。
「あの!」
先手を切ってくれた。
そしてそれはつまり先手を取られた。ホッとしつつも自分が情けないよ。彼女は快活に続ける。
「前期はとってなかったよね??後期からになるの?」
「あ、そうです。履修登録トチって..よりによって演習を後期だけって組み方に。」
あ、え、これ返し方のテンションキモくない??不安になるもつかの間、彼女は彼女の持つ印象よりずっと豪快に笑って言った。
「うわ大ミスだ!!」
鼓動が凄い。心臓やられた?
ま、待て取り敢えず、取り敢えず返事返事何か…
「..な、ほ、ほんとあの時焦ったわ」
ヤバい。あの時なんかじゃなく、現在進行形で焦ってる。ちょっと、可愛いがすぎるかもしれない。その日、その後の講義の記憶は何も残らなかった。
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次にぼんやりとした意識がやっと戻ってきた気がした時、俺は自室のベッドに仰向けで脱力していた。ふと彼女の姿を反芻する。いや可愛いよなあ。でもやっぱり何処かで既視感がある気もする。タイプすぎたからだろうか。
あ。
「中西カノン」に似てるんだ。
カノンは今かなり人気を集めている女性配信者で、俺が今一番見ている人でもある。顔も出さず、声もボイスチェンジャーで変えられている。じゃあなぜ似てると言ったかというと、所謂立ち絵、便宜上アイコンやグッズのために必要なそれのデザインが、顔の造詣といいファッションといい彼女にかなり似ていたからだ。「カノン」は配信中に立ち絵を作った際、自分の好きなファッション等を反映している云々熱く語っていた。それも相まって立ち絵は印象に残っていたため、さっき既視感を感じたのだろう。
まどろみながらいつものように配信を開くとカノンは豪快に笑っている。
あーー、俺女の子の好みの言動とか見た目とか、めちゃくちゃはっきりしてるんだなと思った。
「と、言うことがあったんよ」
次の日、明日慰めてあげるという言葉通り慰める気満々でニヤニヤしながら話を聞きに来た二人に顛末を説明した。
「わあえぐ 自慢やん」
「よしよし♡する気でいたのに」
うそこけ。絶対傷口に塩塗るつもりだっただろ。
「何その目~疑ってない?」
「疑ってる奴しかしない目してる」
顔に出てたらしい。
「まあおもんないけどこれからその子の話聞かせてくれたら許すわ。からかう」
「ただ一定以上仲良さそうな話が出てきたらコイツは瞬間的にリア充消えろに移行するから気を付けろよ」
「お前もだろ」
「俺もかあ」
その時俺はまだ、これから毎週、彼女の「隠し事」に頭を悩ますなどとは考えもしていなかった。