有能な王の隣に王妃はいない
「お姉さま、罪を認めて謝罪してください。そうしたら……」
牢に入れられたわたくしに涙ながらに訴えて来る女に、何の茶番だろうと思う。
先程までいた、学園の卒業パーティーをしていた大広間では──多くの人がいる中では「お姉さまは何もしていないわ。きっと何かの間違いよ」と同じ様に涙ながらに訴えていた筈なのに。
人の目が無くなり、二人だけになった途端に、罪を認めろ?謝罪しろ?自分が可笑しなことを言っている自覚はないのだろうか。
幼い頃から、人前ではわたくしを庇う良い子になり、二人になるとわたくしを苛めっ子の様に言ってきたから、もしかしたら自覚はないのかもしれない。
女──クラリスは、わたくしの家に暮らす人間。
家族と思ったことはない。彼女と彼女の家族がそうは思わせてはくれなかったから。
わたくしが生まれてすぐ両親が不運な事故で亡くなり、後見人となり、代理として我が家の主人となったのがクラリスの父──リオット子爵だった。
子爵は、わたくしの父の義理の弟だが、血縁関係はない。わたくしの様に両親を亡くし、友人だった父が引き取ったから。
赤ん坊のわたくしには何も出来ないから、後見人となってくれたことも、領地を代わりに運営してくれていることにも感謝している。
しかし、子爵家の者達は我が家──公爵家に入り込んでからは我が物顔で、後継であるわたくしを後継として扱わなかった。
まるで、わたくしの方を只の貰われ子の様に……いや、使用人の様に扱ってきた。
その所為で、事情を詳しく知らない者達は、わたくしを卑しい者とし、クラリスを正式な公爵家の娘として見た。
王が決めた婚約者──第二王子殿下であるレオナール=バスチエにまで、自分がそんな卑しい者と婚約しなければならないのかと文句を言われたことがある。違うと言っても、まともに話も聞いてはもらえず。
レオナールはクラリスにばかり寄り添い、エスコートする相手も彼女を指名し、婚約者を蔑ろにした。
屈辱ではあった。
けれど、レオナールにもクラリス達にも別に何も期待していないから、嫌がらせなどする必要性は無い。
だというのに、レオナールやクラリスに懸想する男達はわたくしがクラリスに嫌がらせをしていると言う。大方、クラリスが泣きついたのだろう。「あたしが悪いの」と言いながら、わたくしに怒られただの、私物を盗られただの。
実際は、家族でもない身分の上の者に対しての礼儀を教えただけ。私物を盗られたと言うが、先に盗られたのはわたくしの方。亡き、大切な家族がわたくしの為にと贈ってくれた物をクラリスの両親が「お前には不相応」「クラリスの方が似合う」と言って奪い、クラリスに与えたのだから。「お姉さま、それ素敵ね」「あたしも欲しい」と彼女に言われた時も奪われた。
それを後にクラリスが平然と着けていることに怒りを覚えても仕方のないことだ。
それでも、階段から突き落とすなんて命の危険を及ぼすことはしない。
人は呆気なく亡くなるから。
残された者の哀しみをわたくしは知っているから。
幾ら、嫌いな者でも死ねば良いとは思わない。
──が、クラリス達は違うのだろう。
わたくしに罪を着せて、罪人としてこんな牢に入れたのだから。
この後、重い罰でも与える気なのだ。
その上で、罪を認めろ、と言う。罪を確定させる為に。
謝罪しろ、は更なる屈辱を与える為か。
「そうしたら、何?罪が無くなる?」
「それは……」
「無くならないわよね?お前達はわたくしが目障りなんだもの」
「そんなことありません!目障りだなんて……お姉さま、もうヒドイことを言わないでください!」
ポロポロと涙を流す。
その涙は無限なのだろうか。
「酷い、ね。じゃあ、お前がわたくしにしてきたことは酷くないのかしら?」
「……え、あたしが、ヒドイこと?」
目を丸くして、きょとんとした表情。
やはり、自覚はなかった様だ。解っていてやるより、更に質が悪い。
「お前がわたくしの家に来てから、ずっとわたくしの居場所を奪い続けてきたのよ?」
「何を言っているの?お姉さまの家?居場所?」
「無知って怖いわね。公爵家はわたくしの家よ。わたくしだけがドラン公爵家の正式な子なの」
「そんな……じゃあ、お父さまが浮気……」
「じゃないわよ。あんな男が父親だなんて虫酸が走る」
「ヒドイ!」
「五月蝿い。公爵家の唯一の後継者であるわたくしの後見人になって、乗っ取りを図った男よ。お前の父親は」
「ウソよ。お父さまは優しい方だもの。お姉さまが可哀想だから引き取ってくださったのよ」
「優しい人間は、その可哀想な子供を家族の様に接するのではなくって?食事は自分達が食べる物より質素にして、一人で部屋で食べさせたりしないわ。使用人の様に掃除をさせたりもしないし、事ある毎に鞭で打ったりはしない」
「それはお姉さまがワガママばかりだから、あたしたちを困らせているからでしょう!?」
「何もしていないわよ」
そう何もしていなかった。
自分が公爵家の正式な後継だとある方から教えてもらったから、それを言ったら殴られた。
使用人の様に掃除や洗濯をする必要がないのに、と訴えたら鞭で何度も何度も打たれた。泣いても止めてはもらえなかった。
使用人達は両親がいた頃からの者達だから、影では助けてくれていて、何とかやって来れた。逆らおうとしてくれたが、わたくしが止めた。わたくしを庇えば辞めさせられてしまうから。実際、何人も辞めさせられていて、奴らに従順な者に差し替えていた。
わたくしは……一人になりたくないから、傍にいてもらう為に我慢してもらった。
それだけ、何もせずにいた。
「でも、あたしの大事にしてた宝石とかを奪っていったわ!」
「あれは元々わたくしの物よ。わたくしの両親がわたくしの為に遺してくれた物だった。なのに、あなたが羨ましそうにするから、お前の両親はわたくしから奪ってあなたに与えたの。……今着けている、そのネックレスはお母様の形見ね?嬉しい?わたくしのお母様の血に濡れたネックレスを着けられて」
ヒッと小さく声を上げて、周章ててその首にしていたネックレスを外して床に投げ付けた。
血に濡れた、という下りが気味が悪かったか。
「形見と言っているのに、酷いことするわね」
傷が付いていなければ良いけれど。
「お前はいつもそう。口ではわたくしを姉の様に慕っていると言いながら、わたくしの大切なものを簡単に奪って……壊す」
他にも多くの物を奪われたが、そのどれもが後に壊された。落として割れた、皹が入ったと言って使い捨てていた。
確認出来た物は全て回収したが、取り零した物もあるだろう。
「口ではわたくしを庇いながら、すぐに忘れてしまう。わたくしを始めからいないものとして」
「そ、そんなことない!あたしはお姉さまのことを想ってきたわ」
「なら、何故最後まで訴えないの?食事の時や出掛ける時、お前はわたくしのことを確かに一度は気にするわ。一緒に、と言うけれど、周りに言い含められてすぐに諦めるじゃない?そして、わたくしのことを微塵も感じさせずに周囲の者と笑っていたわね。戻ってからもわたくしを気にもせずにずっと笑っていたし。お前にとっては所詮わたくしは取るに足らない存在ということ。違うなら、どう想ってきたの?周囲の者と笑っている時にわたくしのことを想ってくれた?戻ってからわたくしがどんな気持ちでいたか考えてくれた?」
真っ直ぐ見据えるわたくしに対して、クラリスは視線を逸らす。
そうよね?その間、お前はわたくしのことを一切考えなかったのだから。頭の片隅にもおらず、過ることも唯の一度として無かったのだから。
「考える必要の無い存在な様ね。自覚しなさい。お前は自分が可愛いだけよ?先程もそう。周りに自分が良い子だと見られたいからわたくしを庇っただけ。誰もいないここでは庇う必要が無いから、罪を認めろなんて言い変えられたのよ」
「違う!違う違う違う。あたしはちゃんとお姉さまが大好きで、お姉さまを想ってる。お願い、信じて?お姉さま」
「信じてほしいなら、証明してみなさいよ。そう信じられるお前の想いがどれ程なのか」
お姉さま、お姉さま。
呼ばれるのも鬱陶しいわね。わたくしはクラリスの姉ではないし、そんな育ち方もしていないし、そう呼んで良い許可も与えていないのに。
今は言わないでおくけれど。
「い、今すぐお姉さまを許してもらえるようにレオに言って来るわ!」
ほら、また間違えた。
許してもらえる様に、じゃない。
そもそも、わたくしは無実なのだから。
期待するだけ無駄。
──と思ったところで、複数の足音が降りて来るのが聞こえた。
レオナールが取り巻きを連れて来たのかと思ったのだが、姿を見せたのは別の人物だった。
「その必要は無い」
凛とした声が地下牢に響く。
低過ぎず高過ぎず、淡々としてはいるが、聞き心地が良い。
「あ、ジル様」
ジルまで愛称で?
ジルことジルベール=バスチエは、レオナールの二つ歳が上の兄で王太子だ。
愛称呼びに、共に来た側近達がピクリと反応したが、当人の反応を待ってからにするのか口は出さなかった。代わりに、視線が五月蝿い。
ジルもそれを感じてか、一度肩を竦めた。
「君にそう呼ぶ許可は出していないが?」
「え、でも、お姉さまが呼んでいらしたから……」
自分は妹だから当然同じ接し方で良いのだと思っていたかの様に、わたくしの方をチラチラと見て来る。
「ヴィニーが良いと言ったか?」
「わたくしが言う筈ないでしょう」
許された者の家族だからと、許された者が勝手に良いと言っても、同じ呼び方をして良い理由にはならない。勿論、彼の実弟のレオナールが許可してもだ。許可は当人同士で取るものなのだから。
「ならば、馴れ馴れしく呼ぶな。不快だ」
「す、すみません……お許しを」
「許すかは私が決めることだ。それに、姉でもない者を何故姉と呼ぶ?」
「なぜって……あたしとお姉さまは姉妹です」
「ヴィニーを蔑ろにしてきた者の言葉とは思えないな。……何をしている。早く鍵を開けろ」
涙で目を潤ませて、ジルに訴えるが、効果は無く。視線も向けることもない。流石。
ジルの親友で右腕と呼ばれる侯爵令息が牢の鍵を開け、扉を開いた後は一歩下がるとジルがわたくしに手を差し出してくる。
今少し汚いのだけど、と考えあぐねていたら牢の中に入って来て、わたくしを抱き上げた。
「汚いのに」
「こんなところにいたらね。一緒にお風呂に入ろうか?」
「遠慮しますわ」
「父にも言ったから、レオナールはもう婚約者じゃないよ?問題は無い。つまりは私が君を口説くのも自由だ」
「なら、段階を踏んで下さる?というか、問題ならあります。わたくしは公爵家を継がなくてはいけませんし、ジルは王になるのですから」
「そんな些細なことは気にしなくて良いって」
何が些細なことか。
王太子の座を譲る気か?レオナールに?
不安しかない。あれはそんな器ではないから。
話しながら、階段を上がって行く。
昔はおんぶの一つも出来ないひ弱な子供だったのに、いつの間にこんな逞しくなったのか。
廊下に出て、まだ下ろされなかった。
「兄上!」
ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきて、レオナール達が現れた。
わたくし達の間に透かさず、側近達が立ち、近付けない様にしてくれる。
「レオ!」とクラリスはレオナール達に駆け寄り、レオナールに抱き留められるのが見えた。わたくし達の後を追って来たのだろう。相も変わらず、目を潤ませ、肩を震わせていた。
そして、レオナールがわたくしをキッと睨み付けてくる。
「ヴィルジニー=ドラン!クラリスに何をした!?」
いい加減にしてほしい。
面倒臭くて、相手をしたくなくて、身体から力を抜いてジルの肩に頭を乗せたら、クスリと笑う声が聞こえた。
ジルは、レオナールの視線からわたくしを庇う様に少し向きを変えてくれる。
「ヴィニーに何かしたのはお前達だろう?」
「兄上!その女はクラリスの命を狙うような、卑しい女ですよ!?」
「卑しいのはそちらの方だ」
ジルが親友に視線を送ると、彼は拾ってくれたのか布にくるんでいた母の形見を開いて見せた。
「それはクラリスの」とレオナールはハッキリ口にした。卒業パーティーに着けていたから、そこにいた皆が知っているだろう。
「これは公爵夫人──ヴィニーの母の形見だ。肖像画にも共に描いてもらう程に気に入っていた物らしい。そんな物を何故そちらの令嬢が身に着けていた?大切な母の形見を渡す筈が無いだろう。ヴィニーから無理矢理奪った物を平然と公の場に付けて行ける程に人の気持ちも考えられない女が、この国で……王妃の次に貴い女性を卑しむなど有ってはならないことだ」
「何を言っているんです?クラリスは公爵家の令嬢ですよ?我々王家の親類になる。卑しいのはその女──ヴィルジニーでしょう?公爵に引き取られたのに自分が公爵家の嫡子のように振る舞って、心優しいクラリスを虐げてきたのですから」
「何を言っているのか聞きたいのはこちらだな。お前は何を学んで来た?ドランはヴィニー──ヴィルジニーの実父であるドラン公爵と我々の従叔母が守ってきた家だぞ。その女の父、ドラン公爵の親友というリオット子爵がヴィニーの後見人となり公爵の代理をしているが、その女は子爵令嬢でしかないのに自身が公爵令嬢の様に振る舞っていただろう?」
こっそり覗き見れば、まさか、という表情を彼らはしていた。
わたくしの方が、まさか、と言いたい。
これから、国の中枢を担う者達が無知過ぎる。
クラリスもクラリスだ。
我が家の本当の侍従は子爵家の者を公爵家の者としては扱ってはいない。彼らを「旦那様」「奥様」「お嬢様」とは一度として呼んだことはないのだ。わたくしにだけ「お嬢様」と呼んでいたのだから。
王も王妃もわたくしだけを城に呼んでいた。頻繁ではなかったけれど。レオナールが勝手にクラリスへの招待状も出していた所為か、レオナール個人でも招待していた所為もあるだろうか。勘違いはしてしまいそうではあるが、わたくしにだけ家族の様に接し、クラリスには飽く迄も一令嬢として扱っていたのだ。
夜会などではリオット子爵令嬢と呼ばれていたのだけど、無視していた。もしかしなくとも、自分のことだと気付いていなかったからだ。
自分のことではなく、わたくしをリオット子爵令嬢と思っていたのかもしれない。
だから、わたくしが挨拶をしてくれる者達を無視していたと思ったのだろう。レオナール達にもそのことを話したからこそ、わたくしを公爵令嬢になって気を大きくした馬鹿な勘違い女と陰で蔑んでいた。
勘違いに気付いたら、恥ずかしいのはクラリスの方だ。
「ヴィニーは自分が公爵令嬢だと理解していたから、子爵令嬢に振る舞いを注意していたに過ぎない。立場を羨む必要はないから、その無礼な女を害する必要も無い。命を狙った?仮にも王家の婚約者だ。護衛の為にも王家の影が付いているが、素行についても問題があれば報告はある。そんな報告は上がっていない。偽証は確実。工作した者がいるかはこれからの調べで判るだろう。レオナールも簡単に踊らされて公の場で醜態を晒したんだ。厳罰はあると思え」
言うだけ言って、ジルは歩き出した。
レオナール達が言葉を無くしているのを待ってやるつもりはない様だ。
「……王家の影」
「ヴィニーも知らなかった?」
「そこまでの知識を教えてくれる人はいなかったもの」
「そう。でも、やはり女の影もいた方が良いね。男しかいない所為で入ることが許されない場所もあるから」
レオナールと婚約してから、手を上げられたり、鞭で打たれるのが限定された場所でだけだったのはその為だったのか、
用意された浴場は屋敷より安心出来た。
手を貸してくれる侍女達の手も優しく、身を任せることが出来、身綺麗にする。
尚も共に入りたがったジルの頬をグーで殴ってしまったけれど、淑女と風呂に入ろうとした当然の報いだから文句は言わせない。
ドレスも用意してもらった物を着た。
ただ、見事なドレスで驚かされたけれど、他にはないから仕方がない。
ジルの瞳の色──空色の布地に、ジルの髪の色──金色の刺繍が施された美しいドレス。
少し、ジルを意識してしまう。
待っていたジルに散々褒められた後、エスコートされて王と王妃が待つ部屋へ。
「うちの馬鹿息子達がごめんなさいね?」
お二人の座る向かいの席に何故かジルと並んで座ってから、謝罪された。
達、ということは隣に座る彼のことも含まれているのだろう。ジルには助けてもらったから、謝罪の必要はないと思うのだが。
「でも、レオよりジルの方がマシでしょうから、考えてやってくれないかしら?」
何を?
「あぁ、公爵家の心配はしなくて良いわよ。孫が立派に育つまでは私も現役で頑張るから、あなたは公爵として働いてくれて構わないわ」
え?え?
王も、うんうんと頷いていないで説明をして下さいませんか!?
あれよあれよという間に、話は進んでいった。
学園も卒業し、成人したわたくしはすぐに公爵位を継いだ。その際、公爵の名を好き勝手利用し詐欺まがいのことをしていたリオット子爵夫妻を断罪した。クラリスも知らなかったとはいえ、利用してきたことには違いなく、修道院に入れられた。
彼女にご執心だったレオナールは王族の籍には置かれてはいるが、継承権は剥奪。しっかり、ジルを支えられる様に学び直しが必要だと王家に古くから仕えてきた辺境伯家に預けられた。現在の辺境伯は鬼の様な人だと噂なので、鍛え直されて無事に帰って来ることを祈るだけだ。
他──レオナールの取り巻き達も鍛え直しが決定され、各地に。ただ、一人はわたくしがクラリスの命を狙ったと偽証させていたので重い罰が下った様だ。
全員の処遇が決まってから、わたくしとジルの婚約が発表された。
どうやら、本気だった様だ。
ジルには婚約者はいないから良いが、現公爵が婚約者なのは如何なものか。
そもそも、ジルに婚約者がいなかった理由は他国から妃にと申し込まれ、話が進んでいた筈が気付いたら破談になっていた。一度お目に掛かったが、物凄く睨まれたので、あんな性格が悪そうな姫君を迎えなくて良かったとは思ったけれど。
婚姻も半年後という早さ。
公爵になったばかりのわたくしは領地と王都を行き来する忙しさなのに、半年後なんて大丈夫なのかと思ってしまう。
それに……。
「王太子がこんな頻繁に王都を離れて良いの?」
領地に帰る度に一度はジルが来るのだ。
負担になっている筈なのに。
「大丈夫だよ。持って来られる物はこっちでするし」
「わざわざ持って来てまで?」
「わざわざじゃないよ。私は一秒でも長くヴィニーと一緒にいたいんだから」
そう言われて嬉しくない者はいない。
比べるものではないが、わたくしに良い感情を持っていなかったレオナールよりずっと……ジルの方が好きだった。婚約だって、するならジルの方が、とも思ったことはある。
だが、ジルは王太子だから、公爵家を継ぐわたくしとは一緒になることは絶対にないと思っていた。
王や王妃まで一緒になって無理を通すとは。
「わたくしも一緒にはいたいけれど……」
「私のこと、心配してくれているのかな?無理していないから大丈夫だよ」
ぎゅうと抱き締めて来る。
それだけでも嬉しくなってしまうから、大人しく受け入れたのだが……。
「子供も作っちゃおうか?」
「!?」
耳元で囁かれて、思わずビクリとしてしまう。
「こ、子供って!わたくしは公爵になったばかりでそれどころではっ」
「身籠った時は私が公爵の代理をして良いと王から許可を貰っているから大丈夫。それに、早い内に子供を作った方が安心だよ?私が王になってからだと公爵の代理は難しいし、王妃も今は元気でも年が経てばどうなるか解らないからね」
それはそうだけれど……。
抱き締められたまま、ベッドに引き摺り込まれてどうしようもなくなった。
好きな相手には弱くなってしまう。
これが原因で婚姻が早まることになるが、言い出したジルに全て押し付けることにした。
本当にやってしまうから、憎々しい。
有能な男が王となったならば、国は繁栄するだろう。
その時、わたくしが常には隣にいられないことを少し残念に思った。
【有能な王の隣に王妃はいない】