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歴戦の騎士  作者: 若葉
四章 ガルトの旅
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魔族領での出来事

 イーヴィル国ではある情報が国内を騒がせていた。炎魔将 フレイアがヒト族に敗北し、重体であるという情報だ。


 フレイアは魔王城の病室のベッドに横たわっていた。そばに置いてある【魔剣 イフリート】を見つめながら。


 その時、病室の扉がノックされた。フレイアが扉の方を向くと、シュラが入ってきた。手には籠を持っている。中身は大量のサクランボだ。フレイアはシュラが来たことに驚き、咄嗟に飛び上がった。


「シュラ様!?何故……」

「調子はどうだ。」

「最初の頃よりは良くはなりましたが……この通り……イッ……」


 フレイアは両手を振って見せたが、まだ完全に痛みは取れていなかった。


「無理をするな。まだ復帰ができないことは承知している。」


 シュラは籠を机の上に置き、フレイアを再び寝かせた。フレイアは不服そうに天井を見つめた。


「……そのサクランボ、どうしたんですか?」

「あぁ、時期だからな。中庭の死桜から採ってきた。死桜のサクランボは魔力を回復させる効果がある。」


 魔王城の中庭には美しい死桜が生えている。シュラは度々死桜を見つめ、近寄ることが多かった。


「……シュラ様は、どうやってそこまでの強さを手に入れることが出来たのですか?」

「……」


 フレイアは不意に質問した。魔族の中で今最も力を持っているのはシュラである。フレイアはシュラの強さの秘密を知りたかったのだ。シュラは下を向き、黙っていた。


「あ、すみません...余計なことを聞いてしまって。」

「……聞いてくれるか。我の話を。」

「あ、はい。」


 シュラ窓の外を見つめながら話しはじめた。


「初めは...そうだな。ただの少年だった。里の人や家族と平穏に暮らしていた...幸せだった。だが、ヒト族が里を襲った。金目のものは全て持っていかれた。子供は殺され、隣人も殺され…母も、殺された。」


 フレイアは目を大きく見開いた。シュラの過去を何一つ知らなかったからだ。自身の過去とは大きく違っている。シュラはそのまま続ける。


「それから、我は初代様に拾われた。今から何百年も前の話だがな。それから数百年、我は剣術に励んだ。……憎きヒト族を絶滅させるために。今思うと、我の強さは全て、復讐心が生み出してしまったのだろう。」

「ちょ、ちょっと待ってください。この前も気になったのですが、数百年って...!?」

「...そうか。お前たちは知らなかったか。余計なことを言ってしまったようだ。」

「魔族は長くて百年程度しか生きられないはず...シュラ様、貴方は一体……!?」

「さぁ。何者なのだろうな、我は。一先ず、元気が少しは戻ったようで何よりだ。完全に回復してから復帰してこい。その間の仕事は我が引き受ける。」


 そう言ってシュラは立ち上がり、部屋を後にしようとした。


「あ、あの!私は、これからも強くなれるでしょうか。」

「…可能性はあるだろう。どんな生物にも限界はない。日々進化するものだ。止まることは無いさ。」


 そう言ってシュラ部屋を後にした。部屋にはサクランボの籠だけが残された。フレイアはサクランボを一つつまみ、口へと入れた。優しい甘さが口の中へと広がった。


 シュラは部屋を出ると、直ぐに外れの村へと出かけた。イーヴィル国は現在魔物の被害が多い。田畑は荒らされ、国民は上に苦しんでいる。事実、餓死してしまう村も一部あるという報告もあった。ドラシエルは余裕のない村に食料を送ったが、魔物という根本的な問題が解決されていない。送られた食料が輸送中に魔物に奪われるという被害も出ている。


 魔物の異常発生の原因は、現在調査中である。最も大きい被害はフォレストボアによる被害と、マウンテンアントによる被害だ。フォレストボアの大量発生に関しては不明だが、マウンテンアントについては判明している。マウンテンアントの新女王が誕生し、各地に新たな巣が誕生した。そして、マウンテンアント達は山々の食料を食べ尽くし、魔族の畑を襲うようになったのだ。


 シュラが外れの村へと到着すると、村人たちが出迎えた。


「やや、シュラ様!!なんとなんと、来てくださったのですか。」

「あぁ。ここの担当の者は居るか?」

「はい。ただいま呼んで参ります。」


 それから少しして担当の者がやってきた。彼はここの村野警備担当である。イーヴィル国では各村に警備の兵が十数名ほど派遣されている。魔物やヒト族対策のためだ。


「お疲れ様です。私がこの村の警備班長です。」

「被害状況はどうなっている。」

「それが……マウンテンアントの数が日に日に増えています。先日は食料庫が襲われました。幸い少しばかり食料が残ってはいますが、直ぐに底を尽きるでしょう。そして、警備の兵士にも負傷者が増えています。現在動けるのは十五名のうち、私を含めて八名ほどです……」


 シュラの予想していた被害状況よりも深刻であった。マウンテンアントは集団で狩りを行うが、ここまで手酷くやられた事例は過去にはなかった。やはり、何か異常事態が起きているのだろう。


「承知した。今日は兵を全て休ませろ。我が警備を代行する。」

「はっ...感謝致します。」


 シュラは村へと入り、建物を見て回った。どの建物にも傷跡があり、食料庫は扉が大破していた。村人たちが建てた外壁も破壊されている。


「...マウンテンアントとは恐ろしいものだ。単体では木の壁を壊すことは出来ないが、数が増えると石壁をも壊すとは...」


 ふと荒らされた畑を見ると、子供たちが笑顔で走り回っている。男女関係なく、年齢も関係なく共に遊んでいる。


 シュラはその光景を呆然と見ていた。突如、ある記憶が脳内を駆け巡ったからだ。


 かつてはシュラ自身も幼い頃があった。春は死桜が美しく咲く里の中を友と走り回った。夏は友と汗をかきながら走り回った。秋は山々の実りに感謝をし、よく食べた。冬は雪の中で隠れて遊んだ。


「おじさん、誰?」


 シュラはハッとして後ろを向いた。物思いにふけすぎていたらしい。後ろには少女が立っていて、シュラを警戒しているようであった。


「我は魔王城から来た者だ。」

「魔王様のところから?じゃあ、あのアリを倒してよ。」

「あぁ、そのために来た。」


 少女とシュラ会話をしていると、母親らしき人が出てきて少女を呼んだ。


「こら、シュラ様は忙しいから、迷惑をかけてはダメよ。シュラ様、申し訳ありません。」

「何、元気なのは良い事だ。」


 シュラが村を見終わる頃、辺りは日が落ちてきた。もうそろそろマウンテンアントが来る頃だろう。奴らは人が寝静まる頃にやってくる。多少の知性はあるようだ。


 シュラは全員を家から出ないように指示をした。そして、自身は畑の中央に鎮座していた。腰には愛刀の【邪刀 闇霧】を携えている。いつでも抜くことが出来る体勢で、臨戦状態といった様子だ。


 それから暫くすると、遠くからガサガサという音が聞こえてくる。それは次第に大きくなっていき、音の数も増えていく。


「……来たか」


 シュラはゆっくりと立ち上がり、刀を抜く。やがて見えてきたのは夥しい数のマウンテンアントである。数は百を余裕で超えているだろう。


「……始まりか。」


 シュラは勢いよく駆け出した。マウンテンアント達もそれに気づき、シュラに向かっていく。


 シュラは近づいてくるマウンテンアント達を次々に切っていく。外骨格のない急所を的確に突き、次々に行動不能にしていった。とてつもない早業である。


「……数が減らない。」


 百二十匹程のマウンテンアントを斬ったところで気がついた。マウンテンアントの数が減らない。むしろ増え続けている。


「奴らめ……今夜で終わらせるつもりだったか。救援が間に合ってよかった。」


 シュラが三百匹程を斬ったところで襲撃は収まった。シュラはそのまま山へと入っていく。女王を殺す為だ。マウンテンアントは女王を殺さなければ増え続けてしまう。この事態を終わらせることの出来る唯一の方法だ。


「……これは」


 シュラが巣を発見した時にはもう遅かった。女王が居ない。逃げられてしまった。幸い、村の方へと向かってはいなかった。しかし、またどこかで巣が再び作られてしまうだろう。


「……遅かったか。」


 シュラは刀をゆっくりと納めた。そのまま村へと駆け足で戻った。村への被害は何も無く、辺りにはマウンテンアントの死骸が転がっていた。


 朝になって、シュラが帰ることとなった。村人達が総出で見送りに集まった。


「本当にありがとうございました。助かりました。シュラ様が来て下さらなかったら、私どもはどうなっていた事やら……」

「これからは警備を増やすことにするように、魔王様に我から進言しておく。それから、マウンテンアントはなるべく傷をつけないように仕留めておいた。外骨格を外して売れば、村を復興できるほどの資金にはなるだろう。」

「なんと……何から何までありがとうございます。」


 村人たちは深々と頭を下げた。シュラはそのまま後ろを向いて魔王城へと帰還した。

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