頭痛の種
ガルトは借りたペンと紙に返事を書くことにした。内容としては、「時間がある時に」という一言であった。さすがに文量が少なすぎるとリナに指摘されてしまったため、ガルトは三時間掛けて、何とか手紙を書き終えた。
「……これならいいだろう。」
ガルトは顔を上げ、方を大きく回した。ここまで長く書き物をしたのは久しぶりで、方が痛くなってしまった。ふと、周りを見るとリナたちの姿はなく、いるのはフィルティアだけであった。フィルティアは台所の釜で何かを調理しているようだ。煙の匂いと、甘い香りが部屋中に充満している。
窓の外に視線を移すと、リナ達四人が闘気の練習をしている。互いに闘気を纏い、木剣で練習試合をしている。
「あ、終わったんだ。」
フィルティアがそう言って、ガルトの目の前にひとつの瓶を置いた。中身はオレンジ色だ。
「……これは?」
「ジャムだよ。さくらんぼ。」
「…桜なんてこの近くに生えていたか?」
「少し遠くにはあったよ。何故か、不自然に木が沢山あった。あ、まだ熱いから気をつけて。」
そう言ってフィルティアは小皿に移したジャムとスプーンを差し出した。ガルトはそれを受けとり、口へ運んだ。
「……どう?砂糖入れすぎた?」
「……不思議な味だ。これだけで食べるのでは甘すぎるだろう。」
「普通はパンに塗ったり、お菓子の材料にするんだよ。今回は味見ってことで。……おいしい?」
フィルティアは心配そうにガルトを覗き込んだ。普段は表情を変えることがあまりないフィルティアが、珍しく表情を変えている。
「……あぁ。うまい。」
「本当に?よかった。もし気に入ったのならまた作るよ。」
ガルトの一言で、フィルティアの表情は一気に明るくなった。ご機嫌な様子で調理器具のあと片付けをしていた。
ガルトは二階の自室へと戻った。机の上には金色に輝く世界樹の果実が瓶に入れられている。これが灯りの変わりにもなっているため便利である。
ガルトの部屋は大分物が増えてきた。普段は持ち歩かない盾、近所から貰った野菜、金貨の袋、ヌマオオガニの鎌、そして、学園の入学試験申込書。
ガルトは椅子に腰を下ろし、世界樹の果実を見つめた。世界樹の果実は何時間見つめていても飽きないほど美しかった。金色の光は生命の温かさを感じることができる。そして、世界樹との対話を思い出しながら考えるにはちょうどいいきっかけとなるのだ。
ガルトは部屋に元々置いてあった世界地図を取り出した。地図に書かれているのは、ヒト族の国、アストラル。魔族の国、イーヴィル。ドワーフの国、ヒフキヤマ王国。エルフの国、イグドラシル王国。竜人族の国、ミズガリア王国。そして、天使族の国、スカイロード。
天使族の国だけは、地図には記載されておらず、名前のみである。というのも、天使を見たという記録は数百年前が最後であるため、本当に天使族がいるのかどうかすら不明なのである。
ガルトは何故か、天使という種族に興味を抱いていた。理由はわからない。だが、何故か気になった。それが、自身に深く関わることであるかのように。
ガルトは、ミズガリア王国の場所を確認した。ミズガリア王国は水上都市で、海の真上に存在している。行くのには船に乗らなくてはならない。そして、新聞によると、最近ミズガリア王国ではクォール文明に関する古代遺跡や遺物が海底から発見されているそうだ。そして、今も尚光り続けている遺跡も発見されている。光り続けているということは、遺跡が起動し続けているということなのだろうか。
ガルトはふと、ミート村の遺跡のことを思い出した。最近あまり考えたことがなかった。あの、【ガーディアン】という存在も、今後のガルトの人生に大きく関わってくるのだろう。
「……あの時とは大違いだ。」
ガルトの口から、自然と言葉が出た。あの時のガルトは孤独であった。五百年間も一人で魔物と戦い、力を手に入れた。あの頃はもっと、復讐心に燃えていた。しかし、ここでの暮らしと、ガルトに関わってきた人達が、ガルトの何かを変えてしまった。復讐心は少しずつ、薄まってきているのかもしれない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。ガルトは扉へ向かった。扉を開けると、フィルティアが真顔で立っていた。
「……何だ?」
「……壁に穴開けちゃった。」
「...は?」
ガルトが階段を降りると、見事に穴が空いている。とても大きな。傍ではリナ達が青い顔をして立ち尽くしている。
「...何をした?」
「実はね...」
フィルティアが話し始めた。フィルティアは片付けを終えた後、リナ達の修行を手伝おうとしたらしい。土属性魔法の【大岩槍】をリナ達に向けて放った。フィルティアはリナ達が闘気で破壊することを期待していたのだが、リナ達は避けてしまったのだ。
「...その結果、家の壁に直撃したと。」
「...うん。」
フィルティアはとても申し訳なさそうな顔をした。リナ達も、この惨状をどうするべきか分からず、下を向いているだけであった。
「……一体なんだい?これは……!!?」
その時、外から低い声が聞こえてきた。リナの母だ。
「ひっ!?」
リナはすぐさま隠れようとした。キッド、ドラン、マサはその場に直立したままであった。崩壊した壁を見て、リナの母は怒りで体が震えている。
「全員正座しろ!!」
その一言で、容疑者五名が正座をした。ガルトは怒鳴られている五人を見て、二階へと上がって行った。