炎将軍の帰還
「……!?」
カエンはその時、シュラの目では追えぬほどの速度であった。
「【炎龍連撃】」
そして、カエンは炎を纏った拳で何度も修羅の胸部から腹部にかけてを殴打する。一撃一撃が速く、重い攻撃だ。
「ガァァッッッ!!!」
「オラァァァッッ!!まだまだ終わらねぇぞォォォ!!」
シュラは防御に切り替える暇すらなかった。止まらず繰り出される連撃に対応ができない。
「トドメだ……オラァ!!」
カエンは連撃の最後の一撃を、力を込めて放った。シュラの胸部に命中し、シュラは遠くへと飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
「……今のはイカヅチの分だ。外道が。」
「イカ……ヅチ?何の話だ……?」
そう言って、シュラはゆっくりと起き上がった。甲冑には傷一つ付いていない。シュラ本人もそこまでのダメージではなかったようだ。
「あれだけの攻撃喰らっておいて大したダメージにはなってない……か。まぁいい、丁度いい。次はアイシクルの分も殴らなきゃならねぇからな……」
そう言ってカエンは再び構える。しかし、実はカエンの体力は残り少なくなっていた。肉体の全盛期は既に通り過ぎ、さらには長い獄中生活で筋力も体力も衰えてしまったのだ。
「……その様子では長くは持つまい。続きはまたの機会としよう。フレイアの借りは返した。さて、お前の名を聞いておこう。」
「俺はカエンだ!!逃がすかよ!!」
カエンはシュラへと近付こうとするが、シュラは森の中へと隠れてしまった。
「待……グゥ!?」
カエンはその場に倒れ込んでしまった。膝を見ると、数箇所斬られてしまっている。そして、疲労が蓄積したことにより、足が動かない。
「いつの間に斬られた……!?クソが……クソがァァァー!!!」
◇◇◇
シュラが逃走した後、勇者全員、アイシクル将軍、カエンがライオネルによって招集された。
「戦死した兵は既に家族の元へと送りました。遺族には十分な金貨を送る予定です。」
「……遺族にはできる限り早く送ってやれ。」
兵士からの報告を受けたライオネルはそう返した。ライオネルは悲しそうな顔をしている。
「さて……カエン。急遽の対応、感謝する。」
「いえ……」
カエンがライオネルに跪こうとすると、ライオネルはカエンを止めた。
「よせ。跪かんでよい。傷が痛むであろう。」
「はっ……では失礼して…」
カエンは再び立ち上がり、ライオネルの方を向いた。
「あの……すみません。この方は……?」
ジュラドがそう尋ねた。実際、この場にいる多くの者はカエンが何者であるのか知らない。得体の知れない強者に対して、勇者と兵士達は警戒心むき出しであった。体のあちこちから汗が流れている。それほどまでにこの男の覇気は凄まじいものであった。
「……こやつはカエン。元炎将軍じゃ。」
「……!?」
アイシクル将軍がそう告げると、周囲が騒がしくなった。この者が元将軍であるとは信じられないからだ。
「皆の者、少し静かにしてくれ。混乱しているであろうことはわかる。」
ライオネルの一言で直ぐに騒がしさは無くなった。しかし、誰もがカエンを不審に思っているという事実だけは変わることは無かった。
「コホン……アイシクルから紹介があったように、この男はカエン。アストラル国の元炎将軍じゃ。……まぁ、訳あって投獄されていたがな。しかし、余はこのカエンに信頼を置いておる。皆、そう警戒せずともよい。」
ライオネルの言葉に、全員は困惑した。いくら国王の言葉であっても、投獄されていた人間をすぐに信用することはとても難しい。しかし、一先ず落ち着くことにした。
「さて、カエンよ。此度の敵は何者であった。」
ライオネルがそう尋ねると、カエンは額に汗を垂らしながらゆっくりと答えた。
「……とても恐ろしい。奴からは何も感じられなかった。いや、唯一感じられたのは、明確な殺意と深い憎悪の感情のみ……全盛期の俺でも勝てるかどうか……」
「……やはりか。あの魔族は危険だ。四十年前と同じ結末にならなければ良いが……」
四十年前、という言葉を聞いて、アイシクル将軍とカエンは険しい顔つきへと変わった。勇者を含め、兵士たちはなんのことか分からず、困惑の表情を浮かべている。
「……さて、このような危機的状況を打破するため、カエンを再び炎将軍へと任命する。これは国王命令じゃ。異論はあるまいな。」
「はっ……謹んで、お受けいたします。」
カエンは再び、ライオネルへと深く頭を下げた。国王命令とあっては誰も異論を唱えることは出来ず、全員が沈黙して終わった。
その後、兵士が全員持ち場へと戻り、勇者と二人の将軍だけが残された。まだまだ重体のフウマ以外の勇者たち五人が揃った。
「……先程も話した通り、今この国は危機に瀕している。そこで、余はガルトにもう一度助けを借りようと思う。」
「それに関しては儂も同意見です。しかし……」
アイシクル将軍が言葉を詰まらせると、ライオネルは「うむ」と言って大きく頷いた。
「ところがガルトはまるでどんな人物なのかが掴めん。なぜあのような桁外れの強さを手に入れたのか。そして、目的もいまいちよく分かってはおらん。奴はヒフキヤマ王国とイグドラシル王国を救ったにもかかわらず、なんの褒賞も望まない。」
これに関しては全員が共通している疑問であった。ガルトの以上なほどの強さ、知識。普通、何かを極めるには他の部分が必ず劣るのだが、ガルトは戦闘技術も、知識も、どちらも極めて高度なものだと言える。この国の勇者であっても、王国に仕える学者であっても、ガルトは負けてしまうだろう。
「……たしかに、我々はガルト殿を何も知りませんね……」
「うむ……言われてみればだな。」
「俺もよく知らないです……」
「私もね……」
「わしも詳しくは知らんな。」
全員が口を揃えて同じことを言ったところで、ライオネルが咳払いをした。
「コホン、では、お主らに命令する。ガルトとの仲を深めるのだ。手段はなんでもいい。やつの強さの秘密と、目的をなんとしてでも聞き出すのだ。」
「「……えぇ!?」」